【パート2】全部食べたかったから。

──午後、繁華街。


ビルの陰に身を潜めながら、かなめ 浩介こうすけの背中を見つめる3人の姿があった。

玲奈れな颯汰はやた、そして香井かい


「……尾行なんて、人生で初めてだよ。」


香井が小声で笑いながら言う。


「おれもっす。なんかスパイ映画っぽくてテンション上がるなぁ!」


颯汰がスマホを構えかけた瞬間、すかさず玲奈の小突きが飛ぶ。


「やめなさいよ、バレるでしょ。」


「いてっ……!」


そのやり取りの向こう、要はまるで気づいた様子もなく、落ち着いた足取りでパン屋へと入っていった。


「……パン屋?」

玲奈が眉をひそめる。


数分後、要が紙袋を手に店を出てくる。

彼の姿が見えなくなったのを見計らって、3人はそっと店内を覗き込んだ。


棚には、鮮やかなマーブル模様の食パンがずらりと並んでいる。


「あぁ……おいしそうだなぁ。」


香井が思わずつぶやく。


「香井さん! のんびりしてる場合じゃないってば!」


玲奈が小声で肩を押しながら急かした。


その後も、要は次々と店をめぐる。

和菓子屋、洋菓子店……甘いものを買い集めていくその姿に、3人の眉間のしわは深くなる一方だった。


「なによあいつ……ひとりでスイーツ爆買いツアーでも満喫してるわけ?」


玲奈が、どこか悔しげに目を細めてつぶやく。


「要さん、実はめちゃくちゃ甘党なんじゃ……?」


颯汰が真面目な顔で言い、香井は腕を組んで考え込むように首をかしげた。


「うーん、たぶん誰かにあげるつもりなんじゃないかなぁ。」


「えっ……まさか、子ども!? 要さん子供いたんすかね!?」


颯汰が驚きの声を上げると、玲奈が半眼で冷ややかに続ける。


「女かしら……いや、あんなボサボサ頭の冴えない奴にそれはないわね。」


妄想が膨らみつつも、要はエスカレーターを上り、高層ビルの展望テラスへと向かっていく。


玲奈が身を乗り出し、じっと目を凝らした。


「……本当に密会だったりして。」


テラスにたどり着いた先には、ガラス張りの展望といくつかの椅子が広がっていた。

陽光のなか、ひとりの人物が静かに座っている。


──明るいブルーのニットロングジャケット、碧色のスラックス、白いシャツ。

アイスをすくうたび、まつ毛の影が頬に落ち、首筋のラインがふと陽に透けた。


「……女? それとも男……?」


玲奈がぽつりと呟く。


「どっちっすかね……めっちゃ美形なんすけど……」


颯汰も見とれたようにつぶやく。


その人物──月視つきみ あおが、アイスを口に運びながら言う。


「……遅い。」


要が苦笑しつつ歩み寄る。


「指定した店、多すぎんだよ、碧。」


「全部食べたかったから。」


その声はやわらかく、けれど芯がある。不思議と耳に残る響きだった。


感情の起伏をほとんど感じさせない眼差し。

それなのに、透明なそのまなざしは妙に印象に残る。


「ありがとう。どれも、美味しそう。」


「お前が礼を言うなんてな……熱でもあるのか?」


要の皮肉にも、月視はまったく動じずにアイスをすくう。


「……アイスは、あげないけど。」


「お前なぁ……ほんと、変わんねぇな。」


「うん。」


飾らない会話の端々から、かつての時間の名残が、ふと滲んだ。


──その様子を、少し離れた場所から見つめる尾行チーム。


香井がぽつりとつぶやく。


「……ただの知り合いって感じでもないね。」


「なんか……空気が違うっす。」


颯汰が真顔で頷く。


玲奈は腕を組みながら、低くつぶやく。


「……このまま、聞いてていいのかしら。」


──声をかけることすらためらわれるような、張りつめた静けさが漂っていた。


やがて、要の口から、“本題”が語られようとしていた。

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