【エピローグ】秘密基地っぽいっすね!

──ジムでの事件解決の翌日、夕方前。


静かな住宅街の外れ。

シャッターが降りたままの商店街の一角、狭い階段を上った先──

2階にぽつんと残る、色あせた看板。


Siempreシエンプレ


その前で、かなめ 浩介こうすけが鍵を回していた。


「おー! なんか、秘密基地っぽいっすね!」


早音女さおとめ 颯汰はやたが無邪気な声を上げる。


「ここが、私たちの拠点になるの?」


逸味へんみ 玲奈れなが腕を組み、無造作に尋ねる。


「正式な予算はまだ下りてないが、仮でな。しばらくは空き家の間借りで“繁華街治安対策室分室”って扱いになる。」


鍵をいじりながら、要が肩をすくめる。


「昨日、“別件がある”って言ってたのは……これだったのね。」


玲奈が細く目をすぼめ、わずかに口角を上げた。


「まあな。」


カチャ。

錠前が外れる音。

古びた扉が、きしむように開いた。


中は、つい最近まで使われていたのか、想像よりずっと整っていた。

埃ひとつなく、テーブルも椅子もきれいに並べられている。


「うわ……ふつうにオシャレっすよ、ここ!」


颯汰が声を上げながら店内を見渡し、奥へ駆けていく。


「豆もマシンも残ってる……これはありがたいねぇ。せっかくだし、淹れてみようか。」


カウンターを覗きながら、香井かい 真人まさとが顔をほころばせた。


その様子を見て、玲奈が肩をすくめながらぼそりと漏らす。


「香井さん、ほんとコーヒー好きよね。」


「いいじゃないっすか。香井さんがここにいてくれたら、毎日コーヒー飲めるってことっすよ。」


颯汰が笑いながら言うと、玲奈は呆れたように言い返す。


「……あんた、やる気あるのか無いのか分かんないわね。」


そう言いつつも、彼女は店内をぐるりと見渡し、ふと表情を緩めた。


「でも、悪くないわね。こぢんまりしてるし、出入りも目立たなそう。」


要がうなずく。


「だろ? 前から思ってたんだよ。“裏”向きの空間だって。」


玲奈が小さく鼻を鳴らす。


「地味に、そういうとこ見てんのね。意外と。」


「……素直じゃねえな。嬉しいなら嬉しいって言えって。」


「は!? ちがうし! まぁ……まぁまぁって思っただけよ!」


玲奈がぷいっと顔をそらすと、要は肩をすくめて笑った。


「……でも、ここって署からは少し離れてるでしょ?なんでわざわざこんな場所に?」


玲奈が探るように問うと、要は鍵束を指で回しながらニヤリと口元を緩めた。


「ここ、昔から知ってる喫茶店だったんだよ。知り合いのオヤジが長年やっててな。先週店じまいしたって聞いて、空くなら使わせてくれって話をつけた。

──それに、ここにいれば面白いことが起こるかもしれねぇしな。」


「……また、なんか悪巧みしてる顔してるわね……」


玲奈が小さくため息をつきながらつぶやく。

その視線の先──誰も座っていない椅子がひとつ、ぽつんと置かれていた。


静かで、落ち着いた空間。

人の気配が絶えていたこの場所は、まだ出会って間もない彼らが“共にいる理由”を持つ最初の場所として──


古びた木の床がきしむ音、湯気の立つコーヒーの香り、そして交わる笑い声──そのすべてが、この場所に新たな息吹をもたらしていた。



【第1章・第3話 香井真人 完】

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