第2章-第7社 偶然の重なり

「うひょ~! 人でいっぱいだ」

「これちゃんと食券ゲットできるかな」


 長蛇の列の最後尾に並びながら驚く悠に、食券の残りを心配する秋葉。


 無事に4限目が終わり、今は昼休み。学園内にある学生食堂へやってきたのだが、新年度明けということもあり、食堂には多くの生徒が昼ご飯を求めて殺到していた。


 悠が食堂の場所を知っているというのでそのまま着いて行ったのだが、案の定、悠の方向音痴が発動。結果的に食堂にたどり着くのが遅くなり、気づいたら1時間ある昼休みのうち15分も消費してしまっていた。


 順番がくるまでだいぶ時間あるので、秋葉は先ほどの授業で気になったことを悠に尋ねる。

 

「あのさ、さっきの授業の話なんだけど、なんであの複雑な省庁組織図、教科書も見ずに答えられたの?」


 あれほどの組織図を寝起きでしか教科書やカンペらしきものを見ずに答えるなど、普通入学したばかりの新入生にできるわけがない。

 

「あー、それはあたしのお父さんが日輪に入ってるからってのが大きいかな」

「日輪ってことは……警察官⁉ 凄いね!」

「でしょ?」


 目を丸くする秋葉を見て、悠は得意気に返すと同時にこう続けた。

 

「代報者になろうと思ったきっかけもお父さんでさ。代報者になりたいんなら覚えておいて損はないぞって言われたから、必死に覚えたんだよね」

「ほぇ~、だからあんなにすらすら答えられてたんだ」

「ふふーん、そういうこと。……当てられた時はマジで危なかったけどね」


 誇らしげに口角を上げたかと思えば、付け足すように話す悠に、苦笑を浮かべる秋葉。


 確かに、組織図以外の問題を解くように言われていたら、答えられてないか間違えていたかもしれないだろう。改めて寝起きでよくあそこまで答えられたなと感心する。

 

 その後も話し続けること15分。秋葉は唐揚げ定食、悠はハンバーグ定食の食券をゲットし、出来上がった料理の乗ったトレーを持って席の方へ歩き出す。

 

「よし! 食べよ食べよ~!」

「と言っても、席空いてなくない?」

 

 上機嫌に話す悠に、秋葉は食堂全体を見回しながら告げた。

 食堂の座席は目視で100席以上はあるのだが、昼休みもピークを迎えているおかげかほとんどの席が埋まっており、座れない状態になっている。

 

「えー、どうしよっか……」

「んー……どっか空いてるところは……」


 このままだとせっかく食券をゲットしたのにもかかわらず、食べることなく昼休みを終えてしまう。


 どうにかして2人分の空席を探そうとテーブルとテーブルの間の通路を歩きながら、辺りを見回す。すると、前の方から声がかかった。

 

「なぁ、そこの2人。ここ空いてるけど座らへん?」

「あ、熾蓮」


 声の方へ目を向ければ、そこには席に着いて食事をしていた熾蓮がいた。熾蓮のいる6人テーブルにはちょうど2席分の空きがあるようだ。

 

「悠、どうする?」


 秋葉は後ろを歩いていた悠へ尋ねる。

 

「ちょうど2人分空いてるしお邪魔させてもらお。相席する人も知らない人じゃなさそうだしね」

「ん? あ、ホントだ」


 悠に言われて、6人テーブルをよく見てみると、そこにには秋葉と同じクラスの生徒が熾蓮を含めて4人座っていた。

 

「お邪魔しまーす」

「ごめんね4人とも」

「気にせんでええよ」

 

 1番通路側の席に向かい合わせに座りながら話す悠と秋葉に、熾蓮は箸でメンチカツを割りながら返した。

 

「あー! それ期間限定のやつじゃん!」

「ええやろ~」


 悠が熾蓮のトレーを見て声を上げれば、熾蓮はニィっと笑いながら最後の一切れを口に運んで定食を食べ終わる。

 食堂にはいくつかの期間限定のメニューがあり、今月はメンチカツ定食がその1つに入っているようだ。


「うぬぬ……明日授業終わったら、速攻で食堂に行ってやる!」

「くれぐれも迷子にならないようにね~」

 

 意気込む悠に、箸を持って手を合わせながら忠告する秋葉。

 

「にしても、2人も学食だったんだね」

「うん、そうだよ!」

 

 茶髪ショートウルフに金眼の女子生徒がそう口にすれば、悠が真っ先に頷いた。

 

 秋葉の斜め向かいに座るショートウルフの彼女は龍月りゅうげつかおる。奈良にある春日たいしゃ大社の神職で、普段から男装をしている。


 初めて話した時、男装に加えて声も低いので本気で男子と間違えてしまい、恥ずかしい思いをしてしまったのは記憶に新しい。


「まぁ、誰かさんが道間違えて遅くなっちゃったけどね」

「もういいでしょ、それは」

 

 口の中の物を飲み込んだ秋葉が茶々を入れると、悠はムッとした顔をしながら味噌汁を啜る。

 

「けど、さっきの授業、2人とも凄かったな」

 

 親子丼を口にしている薫の横で、ラーメンを食べ終わった男子生徒が感心したように言ってきた。


 栗色のショートカットに緑の瞳の彼は神城しんじょういつき。茨城県にある息栖いきす神社の神職で、高校入学と同時にこっちに引っ越してきたらしい。

 

「いや~、お褒めに預かり光栄だよ」

「結構ギリギリだったけどね」

 

 樹の言葉にドヤ顔で返す悠に対して、秋葉は困ったように笑いながら答えた。

 

 すると今度は、秋葉の横に座っていた、白に水色のメッシュの混じった長髪をポニーテールで纏めた女子生徒が、シアンの瞳を秋葉へ向けながら話し出す。


「全く、先生も先生だわ。まだ入学したてだっていうのにあの質問。答えられないのが普通だって言うのに」

「確かに。特に秋葉のところなんかまだ先の範囲だったしね」

 

 親子丼を完食した薫がそう返せば、白髪ポニーテールの女子生徒は、頷きながら自身のお皿に残った白身魚の切り身を口へ運ぶ。


 彼女は市ノ瀬いちのせ白澪しられ。滋賀の日吉ひよし大社の神職で、先の交流会で行われた腕相撲大会では、クラスの男子を差し置いて1位に躍り出ていた。

 

「それにしても変わった面子だね」

「ホントだ。あんまり関わりないように思えるんだけど……」


 ハンバーグとご飯を口にして飲み込んだ悠が話すと、秋葉は周囲を見回しながら呟く。


 秋葉と悠、熾蓮は先日の交流会の後で情報共有がてらかなり喋ったので仲良いのも当然だが、残り3人に関しては出身も別で、これといって共通点は無いように見える。

 

「一見したらそう思うんも無理ないよな。まず俺と樹が同室で」

「私と薫が同室なのよ」

 

 熾蓮と白澪しられが順番に説明すれば、そこへ樹が付け加えるようにして話し出した。

 

「で、俺と薫が小学生からの幼馴染でな。先に俺と熾蓮が席に着いて食べてたんだが、薫と白澪も席がないって困ってたんで、相席しても良いぞって声かけて」

「しばらく食べてたら、秋葉たちが来たってわけ」

 

 樹の話に続くように薫が答える。確かに、同室同士でかつ相方同士が幼馴染とあれば、このような面子になっていてもおかしくはないだろう。


 事実、秋葉と悠も熾蓮に声をかけられなければここに座ることは無かったのだ。縁や繋がりは大事だなと思う一方で、芋づる式にみんな集まってくるこの構図はちょっと笑えるなと感じる秋葉。


 と、向かいに座っていた悠が箸を置いたかと思えば、軽く息を吸ってから口を開いた。

 

「そ・れ・で、2人が幼馴染って聞いてないんだけど!?」

「そりゃ言ってないからな……」

 

 グッと詰め寄ってくる悠に、気圧されつつ樹は答える。


 普段から部屋でも少女漫画に読んでいるからか、悠はそういう話題に敏感なようだ。秋葉もその手の話は気になるタイプなので、ひとまず静観しながら食べる手を進める。

 

「出身は2人とも全然ちゃうやんな?」

「そうだね。わたしは奈良だし、樹は茨城だから」

 

 熾蓮の問いに薫が答えるその横で首を縦に振る樹。なら尚更、どうして幼馴染なのだろうか。秋葉は薫と樹に尋ねようと口を開く。


「え、シンプルに気になるんだけど、どういう経緯で出会ったの?」

 

 秋葉が訊くと、お茶を飲み終えた薫が切り出した。

 

「実はわたしたち小さい頃から剣術やってて、同じ流派なんだよね。中学卒業して以降は道場通ってないんだけど」

「うちの道場と薫んとこの道場で毎月合同稽古があって、初めて会ったときは対戦相手同士だったな」

「そうそう。確かその時10歳とかだったからもう5年前になるのか~」

 

 薫は樹の話に同意しつつ、しみじみとした表情を浮かべた。

 

(何だその出会い方! 熱すぎるでしょ!)


 高ぶる気持ちを抑えつつ、2人の話を耳にする秋葉。そもそも2人が剣術をしていること自体もなかなかの驚きだ。


 スポーツとしての性質を持つ剣道とは違い、剣術は実戦における戦術を習得するもの。


 知識だけはあるが、全くと言って良いほどそういった武術を経験したことがない秋葉にとって、剣術をやっている2人に魅かれるのも無理はない。

 

「つまり、剣術が無かったらこうして話すことも無かったっちゅうわけか」

「何それ、運命じゃんッ!」


 同じく聞いていた熾蓮が感心したような表情で話す傍ら、薫と樹の出会いに悠は1人悶えていた。

 

 悠の暴れように秋葉は顔を引き攣らせながらも、内心で激しく同意する。

 

「けど、何で茨城からこっちに? 東京の方にも大神学園ってあるわよね?」

 

 話が変な方向に逸れていく前に白澪が樹へ問いかける。

 

「両親が京都で3年間の長期任務に呼ばれてな。俺1人が茨城に残るのもあれだから着いてきたんだよ」

「あ、そうなんだ」

「え、薫知らなかったの?」


 樹の回答に声を上げる薫。それに対して、危うく召されそうになっていたところへ戻って来た悠が薫へ訊く。

 

「樹がこっちに来ること自体は知ってたんだけど、その理由までは知らなくて。後、大神学園に来ることもね」

「引越し準備やらでバタバタしてたからな……すまん」

「いいよいいよ」


 眉を下げて謝る樹に、薫は手を左右に振って許す。

 

 1人暮らしであればまだしも、家族総出となるとかなり忙しくなる。連絡を入れる暇が無かったとしても不思議な話ではないだろう。

 

 やり取りを目にしながら秋葉が唐揚げと付け合わせのキャベツを頬張るその横で、白澪が樹の方へ視線を向ける。

 

「それで、関西での生活はどう? ずっと関東住まいだったから大変じゃないかしら?」

「いや、案外そうでもないぞ。何度も合同稽古でこっちに来てたし、ある程度は慣れてるからな。……まぁ強いて言えば、時々関西弁が分からなくなるところか」


 白澪の問いに答えつつ、樹は正面に座る熾蓮へ目線を移す。

 

「なんでこっち見んねん」

 

 視線に気づいた熾蓮がジト目を向けながら言う。

 

「主な原因がお前なもんでな。『それテレコになっとるさかい戻しといて』とか言われても分かんねぇよ……」

「へーへー、悪うございましたぁ」


 樹がそう指摘すれば、熾蓮は半ば拗ね気味に謝る。


 テレコは入れ違っているとか順番が逆などの意味があるのだが、関東出身の樹には分からなかったようだ。かくいう秋葉もあまりそのような言葉は使わないので、多分地域差や育った環境によるのだろう。

 

 と、樹が今度は秋葉と熾蓮の2人に顔を向けた。

 

「そういや、秋葉と熾蓮もだいぶ仲良さげだけど、どういう関係なんだ?」

「確かに、2人ともよく教室で喋ってるもんね」

 

 樹の問いに薫が同意しつつ話した。白澪や悠も気になる様子で、一斉に4人の視線が2人に集まる。

 

(何となく予想はしてたけど、やっぱりこうなるかぁ……)

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