第2章-第3社 入学式

 制服開封の儀が終わり、一夜明けた今日は入学式。結論から言うと、悠とは同じクラスになった。そして、熾蓮しれんとも案の定クラスが同じになり、中学校の頃と変わらず出席番号は秋葉、熾蓮の順番だ。

 

 悠は苗字が千草ちぐさのため、真ん中らへん。秋葉は北桜ほくおう、熾蓮は御守みかみなので後ろから数えて3番目と2番目となった。

 

 出席番号順に並んで講堂へ向かい、尋常ではないほどに綺麗に揃えられたパイプ椅子へ着席したところで、入学式が開始。


 まず初めに、舞台の袖から背の低い初老のおばあさんが出てきた。銀髪を後ろで団子にし、右目が前髪で隠れた金眼に着物姿のおばあさんは、壇上に上がるとマイク越しに話し始める。


「皆さん、初めまして。既にご存じの方もおられるかとは思いますが、私が学園長の西園寺さいおんじ美和子みわこです。本日は入学式にお越しくださり誠にありがとうございます」

 

(この人が西園寺学園長……。んー、推薦状が来た時もそうだったけど、やっぱりどこかで見たことあるような……)


 話を聞きながら頭を捻っていると、背後に白い光が発生。そこからマスコット姿のエルが現れた。


 ちなみにエルの姿は本人の意思で視えるようにしない限り、他の人には視えないようになっている。中学1年の頃にエルから頼まれて周囲に視えないように姿を消す不可視の術を設定に追加したのだ。


 流石に声を出すと怒られるので、秋葉は念話を飛ばして話しかける。


『ちょっと、なんで出てきてんのさ。式中は出てこないでって言ったよね?』

『せっかくの我が子の入学式だよ? 見に来ない親がどこにいるってのさ』


 エルは秋葉の周囲を左右に飛びながら、念話で返してくる。


 いつ私の親になったのだこのマスコットはと思いながら、秋葉は翼を広げて自由に飛ぶエルを睨む。


 すると、隣にいた熾蓮にも視えているようで、彼も念話に混ざってきた。


『なぁ、秋葉。なんでこんなところにエルがおるんや? 神社におるんとちゃうんかったんか?』

『あー、それが実はね……』


 熾蓮の指摘に秋葉は苦笑を浮かべながら、念話で事情を語り始める。


 何故、神社にいるはずのエルがこんなところにいるのか。それは遡ること半日前のことだった。

 

 

 ◇◆◇◆


 

 制服から部屋着に着替えた後、ダンボールを開封して中の物を整理しながら、悠と雑談していたときのこと。何の前触れもなく、寮室に白い光が現れ、エルが出てきた。

 

「え、ちょっとエル⁉ 神社にいるんじゃなかったの⁉」

「もう営業時間は過ぎてるからね。来ちゃった☆」

「来ちゃった☆ じゃないっての……!」


 秋葉は小生意気に舌を出して話すエルにツッコむ。


 現在は18時。確かに神社の営業時間は17時までなので、過ぎているのは過ぎているが、こうも易々と学園の厳重な結界をすり抜けてきて良いものなのだろうか。エルの自由過ぎる行動に溜息をつく。

 

「あ、秋葉……ふわふわ浮いてる狼みたいなそいつ何⁉」

 

 秋葉とエルの様子を傍で見ていた悠が、唖然とした表情で問うてくる。

 

「あー、このふわふわ浮いてる胡散臭そうなマスコットはエル。私の自称・保護者代理兼神獣だよ」

「し、神獣⁉ てか保護者代理って何⁉」

 

 秋葉がエルを見ながら説明すれば、悠はすかさず声を上げる。


 何と言われてもな……と、秋葉は困ったように視線を横に逸らす。黙っていても仕方ないので、エルとの関係を最初から話してしまうかと思い切る秋葉。

 

「えっとその……話せば長くなるんだけど」

「気になるから勿体ぶらずに今すぐ話せぇー!」

「は、はい……!」

 

 悠に急かされた秋葉は、これまでに両親と祖母を亡くして実質独り身なこととエルとの出会いについて語り始めた。ひとまず祖母が亡くなったところまで話し終えたところで、エルに念話を送る。

 

『エル、悠にあんたが神様だってこと伝える?』

『いいも何も、もう熾蓮や結奈、舞衣たちも知ってることだし今更だよ。別に知られたところでこれと言って害はないからね』

『分かった』

 

 エルから了解を得た秋葉は、エルとの出会いや正体について語り始めた。悠との解釈を一致させながら話すこと十数分。

 

 一通り、話を聞き終えた悠は考え込むように唸り声を上げた。

 

「んー、なるほどそれでか……。あ、そういやまだエルに名乗ってなかったや。あたしは千草悠。よろしくね」

「よろしく~。後、そんなガチガチに固まられても困るから、気軽に接してくれていいよ~」

「おっけー」


 宙を飛びながら緩く話すエルに、悠は返事をする。話がひと段落したところで、秋葉は宙で頭の後ろで腕を組み、寝転ぶようにして浮いているエルへ尋ねる。

 

「それで、なんでエルはここに来たわけ?」

「ん? あぁ、秋葉の様子を見に来たってのもあるんだけど……」

 

 エルは起き上がると、まだ開封されていないダンボールへと近づいた。


 何をする気だろうと秋葉と悠が2人して思っていると、封をしていたガムテープを外し、ダンボールの蓋を開ける。

 

「これの処分に来たんだよっと!」


 エルが指を鳴らせば、中に入っているものが紫の炎に包まれて燃え始める。

 

「あぁっ!? ちょっと何すんのさ!? 私の大事な荷物がぁー!」

「ちょっ! 急にどうしたのエル!? てか、火事になるっての!」


 秋葉と悠は慌ててエルの元へ向かう。一応、火災報知器が寮室に設置されているため、このままだと反応してしまう。入居早々、あまり騒ぎにはなりたくない。


 と、エルが燃えている炎へ視線を落としながら口を開く。

 

「大丈夫、火事にはならないよ。本物の炎じゃないからね」

「本物の炎じゃないとか関係ないから! エル、今すぐ元に戻して!」


 秋葉がそう強く言うと、エルは仕方ないと言った表情で炎を消す代わりにダンボールへ透明の幕を張り、こう告げた。

 

「本当にこれがそんなに大事な荷物なのかい?」

「えっ……?」

 

 エルに訊かれた秋葉は勿論、悠も一緒にダンボールの中を覗いてみる。


 すると、透明の幕に覆われた中には非常に濃い黒いもやのかかった壺のようなものが入っていた。


 それを目にした悠は、何かに気づいたようで目を見開きながら話す。

 

「こ、これって……まさか……」

「悠は分かるみたいだね。そう、呪物じゅぶつの類だよ。それもかなり強力なものだ。結界で封じてるから今は大丈夫だけどね」

「ど、どうしてこんなものが……」

 

 秋葉はエルの言葉に戸惑う。呪物とは文字通り、まじないのかかった物で、禍福をもたらすとされている。今、目の前にあるものは邪の気配を纏った黒いもやがかかっているので、災いをもたらす物だ。

 

 呪物にはさまざまな効果があるが、いずれも生身の人間が触れたり、長時間呪物の近くに居続けると悪影響を及ぼすものが多い。今回のそれはその空間に放置するだけで、周囲にいる者の身を害する。

 

 そして呪物というのは、年月が経つにつれてその強さを増す。エルの見た限り、ダンボールの中に入っていた壺は作られてからざっと500年は経っているらしい。

 

「秋葉、これ誰から受け取ったんだい?」

「んーっと、引っ越し業者の人に手が空いてないから持っていくように言われて、ここまで運んできたんだけど……」

 

 ダンボールを受け取った時のことを思い出しながら、答える秋葉。帽子を目深にかぶっていて、顔は分からなかったが、若い男性だったのは間違いない。

 

「うーん、その引っ越し業者が知らず知らずのうちに運んでいたか、祟魔が引っ越し業者に化けていたか……どちらにせよ学園外部の者による犯行であることには変わりない。秋葉なら分かるだろう? これがどういうことを意味しているのか」

「う、うん。間違いなく狙われてる……よね」

 

 学園の中にいれば絶対安全ということでもなさそうだ。敵はあらゆる方法を使って秋葉を殺しに来ていると見て良いだろう。

 

 と、傍で話を聞いていた悠が、怪訝な表情をしながら口を開く。


「ねぇ、秋葉。狙われてるってどういうこと?」

「あっ……」

 

 つい口が滑ってしまったことに気づき、咄嗟に口元へ手を当てる。


 どう言い訳しようか迷っていると、悠がぐいっと顔を近づけて、秋葉に話せという目で見つめてくる。


「ちゃんと説明して」

「は、はい……」


 悠の圧に冷や汗を搔きながら返事をする秋葉。


 とは言っても、この件に関しては、代報者や天界でも一握りしか知らないことだ。そう簡単に話してしまって良いのだろうか。


 秋葉はチラッと横にいるエルへ視線を送る。

 

「守り手は多いに越したことは無い。話して良いと思うよ」

「わ、分かった……」


 秋葉は、クリスマスイブにエルから伝え聞いたことを少し簡略化して悠へ話し出す。


 予言から始まり、秋葉が狙われてる理由、今まで陰ながらエルと幼馴染の熾蓮が守っていたことを順を追って伝えれば、悠は顎に人差し指を当てながら口を開いた。

 

「まさかルームメイトの傍にマジの神様がいて、尚且つ、祟魔に命狙われてるだなんてね……いや、要素多すぎない?」

「それは私もつくづく思う……」

 

 秋葉は苦笑交じりにそう答える。

 

 エルから一気に説明されたときには情報過多で頭がショートするかと思ったぐらいだ。悠には小分けにして話したが、それでも多少混乱が生じるぐらいにはややこしい。

 

 頭の中で話の内容を整理し終わったのか、悠が頷きながら喋り出す。

 

「とにかく話は分かった。まだ代報者になってもないあたしが言うのもなんだけど、あたしも秋葉を守るの協力する。せっかく大神学園でできた初めての友達だからね。こんなところで失うわけにはいかないよ」

「悠……ありがとう」

「うん! 任せといて!」


 秋葉がお礼を言うと、悠は笑みを浮かべて返事をした。


 出会って早々、こんなことに巻き込まれた悠には申し訳ないが、それでも協力を申し出てくれたことは嬉しい。秋葉は、尚更、頼ってばかりではなく、強くならなければと意思を固める。

 

「それで、2人とも身体に異常はないかい?」

「うん、特には」

「あたしも大丈夫」


 エルに訊かれて、そう答える2人。


 大体、呪物の入ったダンボールをこの部屋に置いて2時間が経過しているが、頭痛や吐気、だるさといった症状は出ていない。エルの登場がもう少し遅ければ、2人ともお陀仏の可能性があっただろう。

 

「ならボクは学園にこのこと報告するから、今日はもう外に出ないこと。良いね?」

「わ、分かった」

 

 エルはそう言うと、壺をダンボールの中に入れ、ダンボールごと部屋から消し、自らも姿を消すのだった。


 

 ◇◆◇◆



『まさか入居初日にそないなことになっとったとはな……』

『不運というか何というか……』


 一連の話を聞いた熾蓮が宙を見つめながら念話で話す中、秋葉は眉を下げながら返す。

 

『で、その悠って子は前の方で寝かかってる子でええんよな?』

『え? あー……うん』

 

 熾蓮の視線の先を追って見たら、そこには頭がぐらぐらと揺れている悠の姿があった。


 きっと昨日のことがあって眠れていないのだろう。秋葉自身もかなり寝つきが悪く、睡眠不足気味になっていた。

 

『ほな今日学校終わり次第、話しかけに行ってみるわ』

『あ、私も行くよ。どうせ寮室一緒だし』

『分かったわ』

 

 念話越しでの会話がひと段落したところで、諸々の祝辞が終わり、生徒一同は席を立つよう言われて立ち上がる。


 悠がワンテンポ遅れて立つ中、舞台の真下に立っていた教頭先生がマイク越しに話し始める。


「これで2021年度大神専修高等学校京都本校入学式を終了します。1年生の皆さんは退場し、教室に戻ってください」


 礼をしたところで、式は終了。全員教室に戻った後には、自己紹介や今後の授業や学校生活での説明があるらしい。みんなが講堂を出ていくので、秋葉と熾蓮もそれについて行く。


 すると、どこからか念話が繋がり、秋葉はその場に立ち止まる。

 

『北桜秋葉さん、少しこの後お話よろしいでしょうか?』

『え、あ、はい』

『では、学園長室にてお待ちしております』


 そう西園寺から告げられた後、念話が切れた。入学早々学園長に呼び出され、何かしてしまったかと内心、焦る秋葉。


 と、立ち止まった秋葉に気づいたのか少し先にいた熾蓮が振り向いた。

 

「秋葉? どないしたんや?」

「あー、その学園長に呼ばれたから、先行っといてもらえない?」

「お、おん。分かった」


 学園長から呼び出されたことに熾蓮も若干驚いた表情を浮かべる。1年生が講堂を出てまっすぐ教室へ向かう中、秋葉はエルと共に学園長室への道を進むのだった。

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