田舎住みで無名探索者の少年、ダンジョンで有名配信者を助けたら世界中から注目されてしまう〜規格外の力を持ち、世界で唯一魔物を従えた少年をS級や国家権力級は無視できないようです〜

きのこすーぷ🍄🥣

プロローグ


 今でも鮮明に覚えている。

 世界中にダンジョンが現れた、あの日の事を。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 窓枠に切り取られた満天の星空を眺めつつストーブの前に座っていると、母さんが焼いたクッキーの香りが部屋いっぱいに広がった。

 今日は僕にとって特別な日。十歳の誕生日だった。


 父さんも今日は早く帰って来てくれて、三人でいつもより豪華なご飯を食べて、トランプをして、談笑して、楽しい時間を過ごしていた。


「ねぇ、もう一回ババ抜きしようよ!」

「負けず嫌いだなぁ、れんは」

「ふふっ、でもその前にもう一回って言ったの、父さんでしょ?」


 皆で笑った。小さなコタツに足を入れて、母さんの作ってくれたクッキーを食べながらぬくぬくと過ごす。

 そんな家族団欒な幸せな時間が流れていくなかで──ふと、地面が揺れた。

 コタツの上のコップがカタカタと揺れ、ジュースが少しこぼれる。


「……地震?」

「まぁ、小さかったし問題ないさ」

「そっか! じゃああと一回だけやろ!」


 そう言って僕は机に散らばったカードを集めてシャッフルする。


 その時、外からカラスの鳴き声が聞こえた。

 最初は一羽、すぐに二羽、三羽……まるで何かから逃げるように、バサバサと羽音を立てて星空を横切っていく。

 こんな夜にこれだけの数が纏まって飛び立つなんて、見たことがなかった。


 珍しいなぁ、なんて思いつつカードを配り終えた頃──再び地面が揺れる。揺れは小さい。だけれど揺れは収まることなく、やがて地鳴りへと変わっていき窓から軋む音がしはじめた。


「ね、ねぇ。なに……この音」

「なんだろうな……ちょっと外を見てくる」


 そう言って父さんは家を出て行った。

 ドアが閉まって数秒後、外から耳をつんざくような咆哮が轟く。それに少し遅れて、父さんが切羽詰まった様子で戻ってきた。


「二人とも、逃げろ!」


 父さんの声が響いた刹那、玄関の向こうに巨大な影が現れた。

 一瞬、父さんの背中がぴくりと震える。何かに気づいたように振り返ろうとして──。

 轟音、嵐のような風。そして、紅い飛沫。

 見る間に父さんの頭が、地面へ転がった。


「あなたっ!」


 母さんが立ち上がった瞬間だった。

 家の壁が、崩れた。つたのような大きな触手が入ってきて、母さんの身体を掴み宙に持ち上げる。


 そして、


「か……あ、さん」


 母さんの身体がいとも容易く引き裂かれた。

 頭が真っ白になる。目の前に、母さんがいた場所に血が広がる。音が、匂いが、全部まじって、何が起きてるのか分からなかった。


「ガアァァァア!!」


 二人を殺した元凶が、崩れた壁からヌウッと顔を覗かせる。

  “ソレ”は球体が集合した真紅の顔に植物を模したような身体をした異形の化け物だった。


「い……いや、だ。やだ……やだ、やだ!」


 気が付くと僕は家を飛び出していた。

 飛び出して、逃げて、絶望した。


 生まれ育った村が、燃えていた。

 さっき見た化け物とは違うヤツらが、村を闊歩かっぽしていたのだ。


「あぁ……あああぁぁぁぁあ!!!」


 感情がぐちゃぐちゃになって、訳も分からず叫ぶ。後ろから化け物が迫っているだとか、もうどうでもいい。どうせ僕も殺される。ヤツらには逆立ちしたって敵わないし、逃げることも出来ない。本能で悟った。


 でも、だったら最後に──、


「……」


 ──一矢報いたい。


 瞬間、荒れ狂う衝動が駆け巡り、視界が赤く染まった。

 いや、それだけじゃない。自分が自分じゃなくなるような感覚。見えるものがいつもと違って映り──……、





 ……──いつの間にか、僕は壊滅した村の中で倒れていた。

 衝動に呑み込まれてからのことは何も覚えていない。けれど、身体中が痛たい。

 とにかく周りを確認しよう。そうして起き上がろうとして、初めて気が付いた。


「なんで僕……こんなの持って……」


 右手に一振の漆黒の刀が握られていた。

 刀を杖代わりにし立ち上がってみれば、村を襲っていた化け物達が斬り刻まれ、絶命しているのが見える。


「そう、だ。父さん……母さん……」


 誰がやっただとか、今は気にしている余裕は無い。

 僕はよろ付きながら歩き出し、家に辿り着く。

 そこには記憶の中の光景と変わらず、ボロボロになった我が家の姿があった。


 彷徨さまようように家に足を踏み入れる。ぶちまけられた血が床一面に広がっていた。

 父さんと母さんは……居ない。他の化け物が喰らったのか、死体すら見当たらなかった。


「……っ」


 見渡す最中、無造作に散らばっていたトランプが、視界の隅に映る。瞬間、脳裏に数刻前の記憶が過ぎった。


「うぁ……あぁ、あ……あ、あああああぁぁぁぁあ!!!!」


 そこで僕の心は、壊れた。


 膝を付いて泣きじゃくる。

 ついさっきまで幸せだったあの時間は、もう二度とやってこない。父さんと母さんとも……もう会えない。

 その事実が、現実が、どうしようもなく辛かった。


 拳を床に何度も叩きつける。額を床に当てて、胸を抑えてみっともなく大声で叫ぶ。

 夢であって欲しい。そう何度も願ったけれど、血の匂いや拳から伝わる傷みが、その願いを否定してくる。


「ぅ、ぐぅ……ぁ……」


 ──それからどれだけ時間が経ったのだろう。涙も出なくなって、空が明るくなり始めた頃だった。


「きゅう、きゅう……」


 何処からか、鳴き声が聞こえてきた。

 少なくとも人ではない。もしかすると化け物がまだいるのかもしれない。

 ならばいっその事、僕も殺してもらおう。そうすればまた父さんと母さんに会えるかもしれない。どうせ僕には何も残っていないんだ。


 そう思い立ち、よろよろと起き上がって声の聞こえる方へ向かう。


「きゅう……きゅうきゅう」


 茂みをぬけた先、そこには三匹の銀色の狐がいた。

 見たところ大人が二匹、子供が一匹。鳴いていたのは子供の狐だった。

 小狐は、血まみれで倒れている二匹の狐のお腹や顔を、鼻や足を使って優しくつついている。


 何度も、何度も。

 起きてほしいと願っているように。僕と同じように──もう二度と叶わないって、分かってるのに。


「……」


 僕の足は無意識に狐たちの元へ向かっていた。


「きゅっ!? きゅきゅっ!!」


 小狐が二匹を庇うようにして、僕を威嚇する。

 普段だったら野生の動物に威嚇されれば小狐だろうと怖かったけど、今は全く恐怖を感じない。


「君も、一人になったのかい?」

「きゅうっ!!」


 手を差し出す。

 噛みつかれたが、僕はもう片方の手で頭を撫でた。すると小狐は戸惑ったように口を離して、ちろちろと傷口を舐め始める。


「優しいんだね、君は」


 小狐を抱き上げる。

 冷たい。それに震えている。小狐に真冬の外は堪えるのだろう。

 僕は暖められる物がないか、家へと向かう。

 小狐が不安そうに二匹の狐を見つめたことに気がついて「大丈夫」と声をかけつつ足を早めた。


「ストーブはなんとか無事みたいだ」


 家に付いてストーブに火をつけ、近くから毛布を持ってきて小狐に巻いてあげる。


 しばらくすると、小狐からきゅ〜っと音が鳴った。鼻をすんすんと動かしきょろきょろと周囲を見渡すと、毛布からぱっと抜け出して二つのクッキーを持ってくる。


「くれるのかい?」


 小狐が僕の前にクッキーを一つ置いてくれた。

 話しかける僕をよそに、小狐はクッキーを食べ始める。

 僕もそれに続いて口に放り込んだ。


 母さんの味がする。

 その瞬間、喉がきゅっと締め付けられて、呼吸が上手くできなくなった。

 温かくて、優しくて──だけどもう、二度と味わえない。


 枯れたはずの涙が、また溢れ出した。


 「うっ……く……ぅ、ぅぅっ……」


 嗚咽が止まらない。クッキーを口に入れたまま、声を押し殺すように泣いた。


 その様子に気が付いた小狐が僕の元へやってきて、顔を舐めてくる。

 慰めているつもりなのだろう。


「……ありが、とうっ」


 僕は小狐を抱きしめて、暖かさを感じながら泣いた。




 これが “六年前”、世界にダンジョンが現れた日。

 そして──僕のもう一人の家族、セツとの出会いだった。


 

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