第6話 道端に咲く花

スピードを落とし、ゆっくりとエミーリアの前で止まる。人見知りな僕がエミーリアに声をかけた理由。もちろん、エミーリアがボマー・ビーに囲まれていたってこともある。けど、一番は僕ら似た者同士。本能的に分かった。僕らは同類。陰陽別々なのも相性がいいように思える。


「凄いのね。あなたのスキルは魔物のスキルを魔石から引き出せる」


僕はうんと頷いた。通常、魔力の属性を変換するために魔石は使われる。僕の場合はそれプラス、その魔石の持ち主だった魔物のスキルを我が物に出来る。


「教会の地下では多くの人がまだ命を繋いでいる。守るのはわたしたち二人以外いない」


そういうことか。エミーリアが突然目抜き通りに現れたのはボマー・ビーを誘導するため。教会の上っ面が無くなったとしても、あの爆発だ。エミーリアが他に誘導しなければ地下室なんてどうにかなってる。


「一緒に、いいわね、カケラ」


い、一緒に?


告白されたぐらいの衝撃が僕を襲った。口から飛び出してきそうなくらい心臓が飛び跳ねている。可笑しな人になってしまってはいまいか。今、返答をすれば事故るのは確定。僕は逃げ出した。


どんどん空を登っていく。気温もまぁまぁ下がって、頭も体も冷めたのか我に返った。見下ろすとダンジョン都市、辺境のダウラギリは豆粒だった。


身をひるがえし、急降下。


音の速度でゴーレム=ハイに向かって一直線、その胴体に突っ込む。大きな風穴が空き、ゴーレム=ハイは己の魔石と己を縛り付けていた神木を残して消えた。


僕はというと勢い余ってダウラギリからかなり離れて行ってしまっていた。急いでエミーリアの下に向かう。眼下にはワーグという魔狼の群れ。ワーグは人の匂いを嗅ぎ取ったか、騒ぎを聞きつけたか、目指している所は僕と同じようだった。僕はワーグに攻撃を仕掛ける。


半分ぐらいは刈り取ったと思う。ワーグは風属性の魔物。真空の刃では甚大な被害を与えるまでにはいかない。そうのこうのしてるうちに幾つか他の群れも合流して僕が刈り取った分などなかったことになる。僕はワーグの大群をぶっちぎった。


神木が見えて来る。速度を落とし、ゆっくりとエミーリアに近付く。エミーリアのスキルも反応している。テリトリーにワーグの群れが入って来ているんだ。バフが際限なく掛かっていっている。一方で僕はというと逆にスキルを解除する。


「今度はワーグだよ」


「なら、氷属性ね」


エミーリアは青色の魔石を鞭の柄尻の受け金物にはめ込む。僕は新たにジャック・オ・フロストの魔石を手の甲にセット。


「迫真! スキル躍動!}


ぎゅっと縛る。極寒の吹雪と霜でワーグをやっつけてやる。


ワーグは甲殻類や昆虫種と違って知能が高い。リーダーが居て陣を敷いたり群れに役目を与えたり、攻めたり引いたりと作戦行動的な動きをしてくる。対処するのに僕らも連携しなくては。


果たして、僕の心配は杞憂に終わる。ワーグを蹂躙する。思い上がってるつもりはないけど、やはり僕らは相性がいい。今まで力を合わせて戦った経験がないにもかかわらず、完璧な連携。あの貴族二人が調子に乗るの、気持ちがよく分かるよ。彼ら貴族は自らを冒険者じゃなくハンターと称した。


そういうことなんだろ。僕は戦いがこんなに楽しいなんて思ってもみなかった。かくして朝日が昇ろうとした頃、僕らはワーグを全滅させていた。


「あっちの方も、そろそろ終わりそうね」


エミーリアの視線は郊外の森にある。あっちとは勇者とバルログのことだ。ここからでも分かった。天を焦がすほどのバルログの炎に、勢いが失われている。空に見えるのは煙ばっかりで、吹き上がる火の粉も全く無いし、熱風も感じない。


バグログを倒す。それはスタンピードが終わるってこと。スタンピードは起きたその時、最も強い魔物、つまりはボスってことになる。言い伝えではそいつを倒せば魔物は散ってどこかに消えていくという。


「これで地下の皆は一安心」


「よかった。実はもういっぱいいっぱいだったんだよ」


僕もさすがに疲れた。腰を下ろす。風の音も、火がはぜる音も、何の音もしない。嵐の前の静けさはよく聞くけど、嵐が去った静けさもあるんだなぁと思った。朝日が僕らを刺している。言い伝え通り、もう魔物が集まって来る気配はない。僕は眠たくなってきた。今日を入れて三日は寝ていない。


「お疲れ様、カケラ」


睡魔に抵抗することなく全て任せる心地よさ。深い闇に落ちてくところをどっか遠くから、お疲れ様って言葉が聞こえたように思う。エミーリアの声だ。


それは感謝とねぎらいの言葉? それとも仕事終わりに使う別れの言葉? なんとかまぶたを引っ張り上げて、必死でエミーリアに焦点を合わせる。


「ゆっくりお休みなさい、カケラ。わたしたちはもうパーティよ。これからはわたしのことをエミと呼んで」





人の声と足音で目を覚ました。僕はいつものようにバックパックをクッションにして寝ている。煤まみれ、泥まみれの人々が石と炭の荒野を徘徊していた。皆、途方に暮れているんだろう。


命以外全てを失ったって感じだ。旦那や息子の遺骸を探しているのかもしれない。それはそうと、エミーリア。


いた。僕のずっと後ろの方で数人の騎士と話してた。騎士の一人、その肩当てにはユグドラシルと金星の紋章が刻まれている。“明けの星団”の紋章だ。他の人も防具に紋章が刻まれていた。防具の肩に紋章がない場合、大抵は胸当てに刻まれている。


“明けの星団”は、全てのダンジョンの所有者にしてギルドの守護者エヴァンジョエリ卿の私設騎士団。居城バトゥーラ・サールからこの辺境のダウラギリに派遣された。


この戦いで生き残ってるのは彼らと僕らだけってことか。普段街で見かけた冒険者たちは誰も見かけない。


小さい女の子が僕の前に現れた。五歳くらいか、知らない子だ。涙交じりの煤だらけな顔で僕に小さな花束を差し出す。


花はすべて野の花。こんな小さい子になかなか集められるものではない。ましてや大惨事の後だ。


「これ、僕にかい?」


女の子はうんと頷く。この僕のために? なんで? 僕はやれることを精一杯やっただけ。そんなにしなくていいのに。躊躇してると女の子は花束を押し付けるように僕に渡す。そして、手のひらで涙をぬぐうと噛みしめるようなぎこちない笑顔をつくる。


「ありがとう。私の家族は皆たすかった」


女の子は踵を返すと行ってしまった。そうか、それはよかった。僕は改めて花束を見た。赤や白や黄色。どれ一つ同じ花はない。道端に咲く花。僕にとってこれ以上のプレゼントはない。

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