魔法少女の又三郎

蛇草苹果

プロローグ 「記憶の書板が閉じた夜」

―――私は黒野紗智くろのさち、魔法少女。

 これは、私が理想の世界を手に入れるまでの物語。



 ある冬の日、私は、この世界を歪める“黒雲の影シャドウ・クラウド”からみんなを守るため、親友の柊深雪ひいらぎみゆき、マスコットのミクロとともに敵と戦っていた。

 深雪は私の一番の親友で、黒髪のボブカットに幼い顔立ちのお姉さん。顔にはいつも静かな笑顔を浮かべていた。それでいて、芯の強い人物で、仲間想いで、正義感が強かった。彼女は、宮沢賢治の物語が好きだった。「みんなのほんとうの幸いを守るんだ。」と、賢治の言葉を口癖のように言っていた。私も、深雪と一緒なら「雨にも風にもどんな悪にだって負けない!」と、楽観的に信じていた。

 私たちは二人と一匹で、廃工場に現れた“黒雲の影”と戦っていた。その影は、まるで炭素よりも黒く、そこにあった光を空間ごと消したような闇だった。


「きっと私たちならあんなやみだって怖くない!ほら、敵が来るよ!しっかりやろうねぇ!」


 私は武器を構えて、“黒雲の影”から飛来する敵を迎え撃つ。


「ひゅう、ひゅう、ひゅう、凍り付け!〈水仙月の吹雪〉だよ!」


 深雪が必殺技を放つ。彼女の赤いブランケットも白く染まるような猛吹雪。これで一網打尽だ。


「今度こそやれる!“記憶の書板スクライド・リコード”展開!」


 私は、“黒雲の影”を封印するため、“記憶の書板”を開いた。





……それが隙になった。


「紗智!!」


 深雪の声が届く間もなく、黒雲の中から黒く鋭いサソリの針が私の急所を狙う。


「深雪ちゃっ……!!」 


 その攻撃は私には届かなかった。その針が私をかばった深雪の左胸を貫いたからだ。私は思わず泣き叫び、辺りがいっぺんに真っ暗になった。





 それからしばらくの記憶は曖昧だ。その中で、深雪が自身を犠牲に敵を封印してほしいとマスコットのミクロに懇願していたこと、それを何にも躊躇う様子もなく実行した化物がいたこと、深雪が最後に「紗智、ありがとう。私の本当の幸いは……」と、何か言い残そうとしていたことだけがはっきりと焼き付いている。





 気が付くと、私の前には真っ暗な闇が閉じ込められた南極石アンタークチサイトの結晶が横たわっていた。近くに落ちていたペンダント(深雪がつけていたものだ)を拾い上げると、どこからか声がした。


「記憶の痛みを消してやろう。感情を捨てれば楽になる。」


 私は狂ったように泣き崩れてその声にすがった。(この言葉が深雪の言葉なのか、黒雲の影の言葉なのかはわからない。でも、私はその言葉に縋るしかなかった。)





―――私は、“記憶の書板”を閉じ、自らの記憶を封印した。

 そうだ、幸福などを求めて希望なんか持つから苦しむのだ。希望などない管理されたすばらしき新世界をつくろう、ブリキの機械のように感情を持たぬ魔女、リリス・デコードとして。 



―――次回、第一話「魔法少女の又三郎」





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