Day 8 ムユリ・O・ルールー・Ⅴ


 

 ナナシムはいつものメイド服ではなく、ワンピースを着ている。

砂がついていて今は洗濯中だと言うが、彼女がこんな服を持っていたのを俺は知らない。

けど……似合ってるな。

 

「それで、どうしたんだ?」

 

しかし寝る前だと言うのに何故そんな服に着替えたのか疑問だが、言うと多分怒るので何も言わない。

まぁそもそも機械人形が服を着るってのが間違ってると言われたらその通りなんですけどね。

 

「最近ヴィクトリアさんにばっかりかまって、寂しいです」

 

彼女はそう言いながら俺のベッドに入り込んで来た。

彼女は機械人形だが表面は人の体温ぐらいに保たれていて、ベッドの中で抱きつかれても変な感じはしない。


「そう言われても……彼女は魅力的なんだ、仕方ないだろ」

 

「む……育てかたを間違えましたね」

 

そういえば昔、俺が初めて人を殺した時。

震えて、泣いて、何もかもがぐちゃぐちゃになって、断末魔を叫ぶ相手の顔が頭の中で何度も再生されて、怖くて眠れなかった時もこんな風に一つのベッドで眠ったっけ。

 

「それで、それとは別に何か話があるんだろ?」

 

「あの砂嵐を操る男はかなりの強敵でしたね、今のクロ君ではどう頑張ったって勝てませんでした、落ち込んでいるのではないかと思いまして」

 

頭を撫でられるのは恥ずかしいが、彼女に抱きしめられているこの状況では避けようがない。

後、ヴィクトリアさんに見られていなければ……悪い気はしない。

 

「……貴方のお父さんとお母さんはとても強かったんですよ」

 

俺の、両親の話?

今まで、何も話してくれなかったのに。

急に……何で?

 

「あの二人の子供なんですから、絶対に将来は強くなりますよ」

 

「何回聞いても答えてくれなかったのに、何でいきなりそんな、両親の話をしたんだ」

 

「可能性を伝えたかったんです。貴方には可能性があるって」

 

可能性か。

可能性はどこまで行っても可能性。

目に見えそうで、見えなくて。

掴めそうな程近くに、なんなら掌に浮かんでいるのにつかめない。

それが可能性だ。

 

「あの男が何故私達を襲ったかわかりますか?」

 

「勘違いだろ、男と機械人形……って、アイツはお前を一目で機械人形だって見抜いてやがった。何でか分かるか?」

 

質問に質問で返すなと言われてしまったが、ナナシムの回答は"おそらく機械人形と人間を見分ける魔法"のせいだと言う。


「私自身に魔法は通じませんが、見分ける魔法を使う彼から見れば、私はきっと人では無いけれど機械人形でもない何かに見えたのでしょうね、魔法を反射できる訳でも、曲げる訳でもありませんので。それで、私の質問に答えて下さい」


抱きしめる腕に力が入った。

これは不機嫌の証拠だ、これ以上質問をすれば……どうなるか考えたくない。

 

「探してる男と機械人形だったから……とか? でも俺達はファスタニアに行った事無いし、探されるような事は何も……」

 

ぎゅっと抱きしめる力が弱くなった。

よくわからないが、ナナシムの満足いく答えだったのか?

 

「私は、貴方をお守りします。絶対に見捨てませんし、助けます。私だけは、どんな事があっても貴方の味方です……それで、話なのですが……」

 

ナナシムが何か話している。

だが、頭がフラフラとして、瞼が重くて。

何より、一番安心できるナナシムの腕の中のせいで心すら落ち着いてしまって。

話の途中で眠ってしまった。

 

「まさかアウグーラを……思いませ……まだ……」

 


 次の日、俺達は街を案内してもらっていた。

三人で回るつもりだったが、ソレビアが案内役を買って出てくれたので、彼をガイドに進んでいる。

 

この革命都市はほぼ崩壊したと思っていたが、一部のエリアだけまったくの無傷だった。

そこについて訪ねてもあまり良い反応は帰ってこなかったが、ソレビアは快く答えてくれる。

 

「偉大なる革命同志の質問にお答えします。その場所は……」

 

ただとんでもない量の飾り言葉を頭に付けて話すのは止めて欲しい。

それに俺はこの世界をどうにかしたいなんて思っていないし、機械人形と争うつもりなんてこれっぽっちも無い。

 

「あの家です」

 

ソレビアが案内してくれた場所は道も、景観も全てが綺麗な場所だった。

そんな場所の一番大きな屋敷をソレビアが指差している。

 

「あの屋敷はルールー家の所有物で、双子が住んでいます」

 

屋敷の主、ムユリ・O・ルールー・Ⅴ

そしてその姉、ムウマ・C・ルールー

この二人があの屋敷に住んでいて、二人は科学者らしい。

 

「科学者、ですか」

 

ナナシムが反応し、ヴィクトリアさんがぴょこぴょことしている。


「やっと魔法より馴染みのある単語が聞けた!」


腰に手を当て、髪の毛をぴょこぴょこと揺らしながらヴィクトリアさんが"うんうん"と頷いている。

 

「私結構科学には詳しいんだよ」

 

戦争中、科学の塊である機械人形を相手にしていた彼女達は科学についてかなりの教育を受けているらしい。


「まぁ殆どは脳に無理矢理詰め込んだ物だけどね」

 

クローンの製造工場の近くにあった学校で自分と同じシリーズが沢山集められて教育を受けたと言っているが、まったく想像がつかない。

 

「彼女達姉妹は自分の土地を守る為、砂を寄せ付けない電磁気の壁を作り出していました。……自分達の場所だけを守って、他のみんなの為に戦わなかったので、あまり良く思われてませんし、私も……そう思います」

 

ソレビアから説明を受けた後、彼はやるべき事があると言って昨日男達が集まっていた場所へ戻って行った。

何かあったら呼んでくれてもいいと言われたが、正直彼と話すのは疲れるのできっと呼ばないだろう。

 

「では、行きましょうか」

 

ナナシムが平然と柵で囲われた屋敷の入口を開けている。

そんな何か問題がありますか?

みたいな顔するな、説明しろ。


「昨日、ベッドの中で話しましたよね」

 

「聞いてない」 


そんなムッとした顔するな。

本当に聞いてないんだから、嘘つくより全然いいだろ。


「あわわわ……二人はやっぱり……」

 

「はい、ヴィクトリアさんが入り込む余地の無い仲です」

 

真顔で嘘をつくな。

機械人形は人間と違って無意味な行動をあまりしないと聞いた事があったが、怪しい所だ。

ナナシムなんて無駄だらけだ。

 

「嘘をつくな。ヴィクトリアさん、嘘ですからね」

 

「お似合いだと思います!」

 

なんだろうこの気持ち。

つらいのと悲しいのが一緒に襲ってきて、膝から崩れそうになるこの気持ちをうまく言葉に出来ない。

 

「人の家の前で、漫才をしないで。」

 

紫色の長い髪の女性が入口に立っている。

俺より小さくて、ヴィクトリアさんと同じぐらいの身長なのに髪型のせいなのか、彼女とは違って雰囲気が落ち着いている。

だが、第一印象は暗そうだと感じていて、ヴィクトリアさんの方が魅力的だ。


「は、はじめまして私は」

 

「久しぶり」

 

暗そうな女はヴィクトリアさんの言葉を無視してナナシムを見て久しぶりと言った。

ナナシムに知り合いがいたのか。

確かにこの都市に寄る事を提案してきたのはナナシムだったけど……。

 

「この子が例の? ずいぶん可愛く育った、ね。」

 

「いえ、そちらはヴィクトリアさんです。未開封のスクトラで発見し、同行してもらっています」

 

ナナシムに紹介され、ペコリと頭を下げるヴィクトリアさん。

それを無視して、女は俺の顔ををじっと見て、"ふーん"と笑った。

 

「確かに似てる、でも、あの人の影はあまり感じない。殆ど……」

 

人の目の前でブツブツと自分の世界に入らないで欲しい。

この人、苦手かも……いや、苦手だ。

 

「私は、ムユリ。ムユリって呼んで。」 


ムユリの案内で屋敷の中の、無駄に広く、大きなシャンデリアが輝き、見るからに豪華なソファーのある部屋に案内された。


「どこまで話してあるの。」

 

「殆ど何も」

 

「酷い育て方、よくここまで育ったね、えらい。」

 

ムユリはナナシムの方をじっと見た後、俺を見て。

 

「君の母親から、君の事を頼まれてる。」

 

会ったことも無くて、ナナシムの話の中でしか存在しない母親の話が出てきた。

一瞬、何を言っているのか分からなくて、少し経ってからムユリの言っている事が分かった。

 

 

 

 


 

 

 



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