Day 5 記憶の刻 ヴィクトリア
ウィンドフルを出て丸一日が経った。
ナナシムが追手がくるかもしれないから警戒するべきだと言うので、少し早足で移動をし、結構離れた所で飯を食べている。
結論から言うと、追手は来なかった。
急ぐ旅でもないし、時間はほぼ無限にあるから警戒に時間を使う事は決して嫌じゃない。
捕まる方が、いや捕まる事こそ一番恐れるべきだろう。
「美味しいね、このパン!」
今日はかなりのペースで歩いたし、走った。
なのにヴィクトリアさんは汗一つかいていないし息切れすらも感じられない。
これが戦争で戦ってきた人。
ここまで身体能力が高い人が集まっても勝てなかった戦争……きっと俺がそこに居たら、すぐに死んでしまうに違いない。
ナナシムから人は見た目じゃないと子供の頃に教わった記憶があるが、まさにその通りだと感じた。
だってヴィクトリアさんは……見た目だけなら可愛い少女にしか見えない。
「はい、ヴィクトリアさん」
水を渡し、彼女に話の続きをお願いする。
移動中は彼女のぼやけた記憶の整理の為、昔話をしてもらっていて、これがとても面白い。
彼女の為と考えついたのはかなり最近で、本当は彼女の話に興味があっただけだ。
でも結果的には役に立っている、いい事をした。
「ぷはー、えっと、どこまで話したっけ」
ヴィクトリアさんが思い出そうとしている横で、空を眺めて動かないナナシムの姿があった。
彼女は機械人形だ、だが時々人間のような行動をとるが、この行動は人間でもしないものだ。
「何してるんだ、ぼーっとして」
「……いえ、ただファスタニアは遠いなと思いまして」
解除の都。
母の遺産がある街。
そして。
「王がいるんだっけ、会ってみたいな」
自分達の、人間の代表である王は見たことが無い。
自分達の代表を見た事が無いというのは変な話だと思うし、一度見てみたい。
絵でなら見た記憶があるんだが……金髪の女性だという事しか分からないレベルの荒さだったし、あの時はそこまで興味が無かったし……つまり、何も覚えてない。
「ま、まだ王がいるのでしゅか!? ……噛みました、すいません」
ヴィクトリアさんが驚いている。
そんなに驚く事なのだろうか。
「今の王は、だ、誰だかわかりますか?」
「ファスタロッテと名乗っていると聞いたことがあります」
ナナシムがそう答えると、ヴィクトリアさんは目を大きく見開いて。
良かったと一言、そして泣いた。
「私はファスタロッテ様に助けてもらいました。そっか、まだ生きてた、まだ恩を返せるんだ」
目をゴシゴシと拭いて、スッキリとした顔になった……目元は当然赤いが、そんな彼女はゴホンと咳払いをする。
「どこまで話したか忘れてしまったので、ファスタロッテ様に関係する話をしようと思います!」
「関係するって、まさか知り合いだったりするの?」
笑いながら返した俺の言葉は、肯定で返ってきた。
「……少し思い出しました。戦争はどんどん不利になっていって、私達は反撃の為に機械人形の生産工場を破壊しに惑星Aqilaに向かいました」
ヴィクトリアさんはゆっくりと、自分の戦いについて話し始めた。
これまで聞いた話では、彼女は最前線で戦う事も、防衛に行く事のどっちもあり、自分を"優れた所が無い、でも劣るところも無い"と評価していた。
「そこでは沢山の仲間達と一緒に戦って、何とか破壊する事に成功したんです!」
「仲間って、どんな人がいましたか?」
「私です!」
頭の中が"?"で埋め尽くされる。
会話が急に成り立たなくなった。
「クロ君、彼女の名前を思い出して下さい」
ナナシムに言われ、彼女の名前を声に出す。
「ヴィクトリア・F・306」
「私はシリーズ:ヴィクトリア、オリジナルのヴィクトリアのクローンの306番目なんです。だから私がいっぱいいました! でも、みんな仲良かったんですよ? クローンだけど性格は地味に違って、喧嘩したり笑ったり」
高かったテンションはみるみる下がり、彼女が作り笑いをする所まで落ちていった。
「つらい時代でしたけど、あのなんでもない時間は幸せでした」
今日は、もしかしたらつらい事を聞いてしまったのかもしれない。
ヴィクトリアさんの話は続いた。
悪い事を聞いたかなと思っていたが、彼女はあまり感じさせない笑顔と、声のトーンを聞かせてくれた。
「工場を破壊して戻ってきた私達は、あ! この工場を一緒に破壊した仲間は私じゃなくて別の人ですけど。それで確か……私は王宮に向かいました」
「そこで王と知り合ったのか」
俺の言葉にヴィクトリアさんは両の手のひらを開いて振っている。
それよりも前、から知っているらしいがそれは思い出せないという。
「何で王宮に行ったんですか?」
「……あれ、何でだっけ?」
まだ記憶がぼやけているのか、記憶がついばまれるように抜けている。
悩む彼女もまた、魅力的だ。
「それで帰ろうとした時……空に、アンドロイドの」
言いかけて彼女は口を手で塞いだ。
モゴモゴと何を言っているのか聞こえない。
聞こえないよと言うと、ペコリと頭を下げた。
「アンドロイドは昔の言い方でした、ナナシムさんに教えて貰ったのに……今は機械人形でしたね、すいません」
ナナシムがそんな事を教えてたのか?
前に、機械人形にとってアンドロイドは差別的に聞こえると聞いたことがある。
人を超えた存在でありつつ、人をモデルに作られた機械人形は人型にこだわる。
ただのアンドロイドだと、人型じゃない物も指しているので、人型には不快に聞こえる、だったか。
「いえ、ここに機械人形はいませんし、続けて下さい」
機械人形がヴィクトリアさんに笑顔を送る。
あれは、ちょっと不機嫌な顔だ。
「空に機械人形の浮遊要塞が出現しました。あんなに大きな物を見たのはおそらく、最初で最後だったと思います」
もぐもぐとパンを頬張り、水で流し込むと、彼女は続けた。
「それで私達は要塞に乗り込んで……乗り込んで? 何で乗り込んだんだっけ、えっと、えーっと」
「ゆっくりでいいですよ」
寝袋を用意しながら、仮眠の時間を決めて交代で見張りをやる事にした。
本来ならナナシムは眠る必要が、意味が無いのだがヴィクトリアさんに人間だと話している手前、睡眠を取らせる必要があった。
実際には眠らず、俺が眠っていても彼女が常に警戒してくれているし、ヴィクトリアさんが起きている時間も彼女はしっかりと起きている。
「あっ……」
寝袋に入ろうとしたヴィクトリアさんが声を出した。
「何か思い出しましたか?」
「か、勘違いかも。あはは、眠くて夢でも見てたのかな、今日の話はおしまい! おやすみなさい」
彼女は寝袋に入ると、スースーと寝息を立てて眠ってしまった。
寝付きがいいんだな、どんなところでも眠れるのは戦争経験のおかげなのだろうか。
「最後、嘘をついていました」
ナナシムが俺に教えるように言うが、俺でもそれぐらいわかる。
だが、嘘を付かれたという嫌な気持ちは一切無かった。
きっと、つらい、話したくない事を思い出したのだろう。
「嫌な思い出、話したくない事なんて誰でもあるさ。そもそもお前だって何も話してくれないじゃないか、一番身近にいるのに謎だらけのお前が人の嘘をどうこう言うなっての」
「む……ふーんだ、そんな事言うなら性欲を解除しても繁殖相手になってげませんから」
いや機械人形と繁殖ってほぼ真逆の言葉だろ。
「俺も疲れた、寝るから見張りをよろしくな」
「おやすみなさい、良い夢が見られるといいですね」
夢なんて見たくない。
現実に戻って落差に絶望したくないからな。
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