Day 1 ダルク・マート
空が暗くなった頃、ようやく街の近くまでたどり着いた。
最近は……いや戦争が終わってからずっとだが、治安はあまり良くないからな、なるべく人の居ない大通りを通らず、人目を考え、襲われても迎撃できるように構えながら進むのは非常に疲れる。
こんな生活に慣れたとはいえ、疲れは慣れない。
「おんぶしましょうか?」
ナナシムがニコニコしながら俺を子供扱いする。
俺はもう大人だと言ってるのに、全然聞いちゃくれない。
それにもう身長だって俺の方がデカいし、体は自慢じゃないがそこらへんの賊の正面から殴り合えば勝てるぐらいには鍛えてるんだ。
「子供扱いするな、お前が鍛えた俺を信じろ」
「うーん、私にも勝てないよわよわご主人様ですから信用はできかねます」
「……お前が鍛えたんだぞ、あのキツイ筋トレや魔術の修行に耐えたんだぞ?」
「あれがキツイようでは……まだまだ子供ですね」
呆れた顔を横に振りながら、ため息をついてやがる。
コイツ……!
機械人形ってそんな顔しねーだろ!
本ッッ当にコイツは他の機械人形と違いすぎる、あまりにも人みたいな機械人形だ。
「お前って本当に機械人形なんだよな? 他の機械人形と話した事は何回もあるけどよ、みんなもっと冷たくて落ち着いてたぞ?」
「それはつまり……グヘヘ、お前が機械人形ならどんな事してもいいんだよな、いつもエロい尻を揺らして見せつけてんだろこのダメイドが! 俺のご立派様をその体で慰めろ、機械なんだから何の問題も無いだろ? ……と、いう事でしょうか」
どう切り取ったらそう考えられるんだ。
機械人形なのかどうかと質問しただけなのに、どうしてそこまでユニークな……いやウザい回答が出来るんだよ。
「……お前と話をしてると疲れる」
「成る程、否定はしない……と」
ナナシムが胸元から取り出したボロボロのノートの表紙には、ご主人記録ノートその18と書かれている。
こういう所も機械らしくない。
そんなノートを取らずとも、記憶なんて簡単に出来るだろうに、何故そんなに人を真似たような事をするんだ?
本当に、変わってる。
「ナナシム、そろそろ準備しろ」
「えっ、ご奉仕のですか?」
「二人しか居ないのに会話が噛み合わない事があるのかと言いたい所だが、街の入り口が近いんだよ、見りゃわかんだろ」
街の入口には兵士らしい格好の人間が二人、駄弁りながら立っている。
ここから見た感じ……この街はあのスクラップで作られた壁に囲まれてんな。
いやに真っ直ぐな壁が続いているから、円形の街じゃなくて三角とか四角の壁に囲まれた街に違いない。
「ナナシム、用意しろ」
「既に用意しております」
ナナシムが取り出した小さな正方形のブロック。
これが身分証明をする記録石だ。
人工的に作られたこれは、科学の力か魔法の力、どちらでも読み込めるように作られている。
製法が特別なのか、素材が特別なのかは分からないが偽装記録石の話は聞いた事が無いし、改ざんも成功したという話を聞いた事もない。
まぁこんなの政治機械人形と呼ばれる役人に言えばすぐに用意してもらえるんだ、偽装する意味が無い。
偽装は死刑だし、リスクしか無い。
「一応確認するぞ、俺とお前は姉弟で旅をしている、この街には食料の補充の為に寄った、話はこれで合わせろ」
「分かりました、機械人形を姉と呼び、さらにその姉にメイド服を着せるなんて、随分趣味のいい弟ですが……そもそもこの理由を作る必要ってありますか?」
「変な質問攻めにあったりこの間みたいに取り調べで数時間取られるとか面倒な事を防げる確率が上がる、やるだけ損ってもんじゃない、ならやるべきだろ」
「本当は他の人に姉にメイドコスさせる事が出来るんだぞと自慢したいだけでは……ちょっと、クロ君、置いていかないで下さい!」
俺がどれだけ着替えろと言っても聞かないくせに、こういう時には変な事を言ってくる。
そもそ姉弟だという訳のわからん設定を言いだしたのはお前だろうが。
本当に調子のいい奴だ。
「止まれ」
入口の近くで兵士が俺の前に出てきた。
金属製のアーマープレートに大戦前に使われていた空気銃に実弾を込めたアンティーク物の拳銃を腰に装備してる。
遠目で分かってきた事だが、随分旧式の防具を使ってんな、この街は金ねぇのか?
次に言われる事は分かっているので、準備しておいた身分証の石を取り出して兵士に渡す。
「何をしに来た」
随分横柄な兵士だな……。
「姉弟で旅をしています、食料が切れたので補充したくて寄りました」
「旅? どこを目指しているんだ」
「ファスタニアを目指しています」
ここから遠い、遠い場所にあるこの星の首都と呼べる場所、ファスタニア。
ここを目指す理由を素直に話す事にした。
「随分遠いな、昔みたいに電車や飛行機があれば一週間でたどり着いただろうに。ここにはテレポートの魔法が使える魔法使いもいるから、頼ってみるといい……金があるなら、だがな」
へぇ、情報をタダでくれんのか。
見た目によらず、いい人なのかもしれない。
「貴重な情報、ありがとうございます」
「えーっと、こちらのメイド服の方がSO7746様と……おい兄ちゃん、名前が真っ黒に消されてっけど……これは」
「名前をまだ解除してないんです、ですが出身地や個人IDは確認出来ますし、問題無いと聞いていますが……ダメでしょうか」
兵士は少し悩んでから、石を握っている手とは逆の左手を軽く振った。
手首に付けられているブレスレットみたいなあの機械で、誰かと連絡をとっているみたいだ。
兵士の口はパクパクと動いているのに、声はこっちに全く漏れてこないから、間違いない。
「確認した、言ってた通り問題無い、疑って悪かっな」
もう一度軽く手首を振ってから、兵士の男は石を返して少し頭を下げた。
「でもよ、名前が解除されてないって生活しにくいだろ、俺も、いや殆どの奴がまず名前を解除してんのに……何て呼ばれてんだ? 確か名前を解除してないと呼ばれ方にも制限かかんだろ? 呼ばれても聞こえないとかそんなペナルティがあるって聞いた事があるぜ?」
名前の封印の呪い、この正体は魔法で名前というかその人を指す言葉を認識できなくさせる魔法だ。
人が生まれた瞬間に自動的にかけられる魔法であり、殆どの場合生まれた瞬間に親が金を払って解除する物だが、俺の親は名前の解除をしなかった。
ナナシムと二人で生活する中で、名前が無いのは確かに不便ではあったが、"クロ"という呼び方ならば魔法に阻害されず、認識出来る事が分かった為、後回しにしていた。
それよりも記憶の用量や身体機能の方が優先すべきとナナシムが言っていたし、俺も生きていく上で自分の本当の名前を知る事がどんなアドバンテージになるかを見出せなかったって理由もあるんだが。
「名前の所が真っ黒ですからクロですよ」
「兄ちゃんよ……名前ってのは大切なもんだぜ、早く解除しろよな! さてと……ようこそ、魔荒都市 ダルク・マートへ」
ナナシムと二人で頭を下げ、入口から中に入ろうとした時、兵士が"そう言えば"と言って再度話しかけてきた。
「何で機械人形様を姉って呼んで……メイド服着せてんだ?」
答えにくい質問になんとか答え、やっとの思いで街の中に入る事が出来た。
せっかく再確認したのに、俺しか話してないじゃないか。
ちらっとナナシムを見ると、俺の視線に気付いたのか、ウィンクで返してくる。
『喋らない事もアクセサリーなんです』
前に言っていた事を思い出し、ため息が漏れる。
さてと、この街、魔荒都市ダルク・マートは崩れている場所こそあれど、比較的整備されている街だと言える。
魔法と科学が入り混じるこの時代に、機械人形が未だ適応出来ていない新しい魔法のみを使うこの街からは、人類の街だと強いメッセージを感じる。
だがそれも今だけだ、機械人形は凄まじいスピードで学習しているから、あと半年もすれば空に浮かぶあの光の広告板も、宙を進む非殺傷の運搬魔法も、機械人形が使うだろう。
「食料が切れそうなのは本当だし、まずは買い物に行くか」
「そうですね、シスコンのクロ君、おねーちゃんとデート嬉しいですね」
「お前なぁ……一応言っとくけど、お前は姉ってより育ての親みたいなもんだろうが」
「それはつまり……ママと呼びたい……と?」
「あほらし、ほら行くぞ」
ナナシムの発言を無視して食料の販売所を探すが……どこで食料を買えるのかまったく分からない。
広い街だから、下手に動き回って治安の悪そうな場所には行かないようにしないとな、地図は有料だし、地図を作り出す魔術は行った事のある場所しか示してはくれないし……とにかく大通りを進んでいくか。
しばらく人が多い場所を進んで行くと、この街の異常に気がついた。
売店や飲食店はあったが、値段を見るとそのどれも貨幣が、単位が違う。共通貨幣のN(ネット)ではなく、この街でしか使えない貨幣のDQ(ダルクコイン)があるらしい。
両替は出来るっぽいが、初めて来る街で知らない通貨への換金は流石に……怖いよな。
つーか過去に一度めちゃくちゃに詐欺られた事あるから嫌だ。
「このままでは買い物も宿を取る事もできません、まずはここで使える通貨を手に入れましょう」
そこで俺達はまず金を稼ぐ事にした。
何をするにも金だ、金がいる。
ここで稼げる仕事を探さないといけない。
どこかに仕事は無いかと探していると……。
「ナナシム、これ見ろ」
運搬の魔法が数枚の紙を運んでいる。
そこには。
『仕事の手伝いをしてくれる人募集、給料は応相談!』
と、書かれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます