第十三章「情報戦の始まり」
早朝、まだ生徒の姿もまばらな校舎の裏手で、なる実はひとりノートパソコンを開いていた。校内ネットワークの非公式経路。数週間かけて築いた仮想サーバーは、監視委員会のデータベースに繋がる“逆流”の橋となっていた。光の届かない静寂のなか、彼女の指先は淡々とキーを叩き続ける。呼吸は浅く、視線は一点を見つめたまま揺れない。データが繋がった。バックドアを通して読み込まれたログは、学園の公式記録とは異なる“もうひとつの時間”を描いていた。
最初に引っかかったのは、生徒の出席履歴の改竄だった。白光関係者の中で、いくつかの記録が“不自然に空白”になっている。その記録の空白と同じタイミングで、外部からの職員アクセス履歴が集中していた。なる実はすぐにデータを逆トレースし、アクセス元の端末を割り出す。
——発信者:教職員専用端末No.21。発信場所:旧職員室内端末群。
「教師が関わってる……?」
なる実は深く息を吐いた。これまでの“白光対生徒会”という対立構造が、ただの生徒同士の衝突ではないことが明らかになった。保守派の代表と見られていた聖夢や恵理華の背後には、教職員、それも“外部勢力と繋がる大人たち”が介在していた。
だが、これで終わりではなかった。彼女はさらに階層を掘り下げ、ある特別なフォルダに辿り着いた。その中にあったログファイルの名は《Protocol: OMEGA》。文面は暗号化されていたが、なる実の手にかかれば時間の問題だった。復号された文書の内容は、彼女の想像を超えていた。
——白光計画は、教育指導モデルの試験対象である。
——対象は非命令型リーダー育成。
——支援教員による心理介入プログラムを並行実施。
——必要時、対象者を“封印対象”に指定。
彼女の指先が止まった。“封印対象”という単語。その下には、現在進行中の候補者リストが記されていた。そこには明確にこう記されていた。
【封印候補:来栖ひまり】
その瞬間、なる実の心臓がひときわ強く跳ねた。これはもう、生徒間の対立や教育方針の違いではない。ひまりという存在を“意図的に排除する”動きが、制度として用意されていたのだ。
「……やっぱり、あの人は……狙われてる」
なる実は画面を閉じ、データのコピーを複数に分割してUSBとクラウドに分散保存した。もう、ひとりの領域ではない。この情報は、仲間たち全員で共有すべき“戦場の地図”だ。
午後、なる実は琉功と快弥にデータを見せた。二人は対照的な反応を示した。
琉功は静かに頷き、淡々と確認を続ける。「構造が崩れる前に、こちらから先手を打つ必要があるな。情報の非対称性が大きすぎる。今のままだと、俺たちは詰まされる」
一方で、快弥は露骨に顔をしかめていた。
「マジで大人が関わってんのかよ……。ふざけんな。やっぱ“自由”ってのは自分たちで守らなきゃ、すぐに捻じ曲げられるんだな」
彼は立ち上がると、そのまま窓際に行き、外を見ながら低く言った。
「こうなったら……“目立つこと”やってやるよ」
なる実はすかさず制した。「バカな目立ち方をしても潰されるだけ。データは精密に運用すべきよ。私たちはまだ、表に出て戦う段階じゃない」
「じゃあ、何すんだ?」
「“分散”。それがキーワード。白光の構成員をネットワーク型に再編成する。指令系統なし、リーダーなし。行動の選択と発信を全員に分散する。これが、ひまりが描いていた未来の原型よ。彼女が消えても回る構造」
快弥は不服そうだったが、押し黙った。彼も理解している。感情だけでは、この対立には勝てない。
その夜、なる実はデータをまとめて、ひまりと遥希にだけ共有した。場所は人気のない図書室の奥の閲覧室。ひまりは内容をひと通り読んでも、顔色ひとつ変えなかった。ただ静かに、ページを閉じて言った。
「……これで、わたしたちは“知らなかった”とは言えなくなったわね」
「ひまり……これは、君を排除する前提で動いてる。黙って見てたら、きっと現実になる」
遥希の声は震えていた。だが、それは恐れではなく、怒りだった。自分の意思で動くと決めたばかりの今、彼はこの情報に対しても“選ぶ”必要に迫られている。
ひまりはそんな遥希を見つめて、ふわりと笑った。
「大丈夫。あなたが一緒なら、わたしは“命令されずに立つ”という意思を、最後まで貫ける気がする」
その言葉は告白ではない。それでも確実に、遥希の胸を深く打った。彼女の信頼は、どんな愛の言葉よりも重く、そして誇らしかった。
こうして、情報という形の“戦争”が、始まった。叫び声も銃声もない。だがそれは、確実に魂を削り合う戦い。白光は、組織として“生き残る”ための進化を迫られていた。
第十三章、完
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