超常学府アブソリュート:全員最強の宣戦布告
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第1話 学園、そして戦争の始まり
四月。桜の花が風に舞い、初春の空に淡い霞がかかる頃。
都心から少し離れた山間部――本来ならば誰の目にも触れないはずの場所に、それはあった。
《国家特例超常技能教育機関 アブソリュート学府》。
通称、《アブ学》。
政府が関与しながらも一切の公文書に記録されておらず、その存在を知る者は限られた権限を持つ一部の機関関係者のみ。
日本に、いや、世界に点在する異能者――“人知を超えた力”を持つ者たちを教育・管理・監視するためだけに創設された、言わば「怪物たちの檻」。
だが、その門をくぐる者たちは、己を“檻の中の囚人”とは思っていなかった。
それどころか、力に酔い、誇り、競い合い、時に血を流して、この学園という舞台で己の価値を証明することこそが、選ばれし者の証だと信じていた。
そんな場所に、今――ひとりの“例外”が足を踏み入れようとしていた。
「へぇ。思ったより……ちゃんとしてるじゃん。地獄の収容所って聞いてたけど」
乾いた口調。やや低めの声が、ひとりごとのように響いた。
校門の前に立っていたのは、
フード付きの黒いジャケット。肩までかかる無造作な髪。肌はやや色白で、どこか血の気が薄い印象を与える。
瞳の奥に、観察とも諦めともつかない、無感情な光を宿している。
十六歳。年齢は他の生徒たちと同じだが、佇まいには一切の「年相応」がなかった。
彼の背後には、誰もいない。護衛も、荷物も、案内人すらもない。
一切の経緯が非公開。本人の経歴も、身元も、何一つ明らかにされていない。
だがただひとつ――
「能力評価値:∞(測定不能)」
この数値だけが、学園に事前通達として送られた。
その意味はただ一つ。
チートという言葉では表現できない――“例外”。
学園関係者の誰もが、言葉を濁すしかなかった。
それが、《アブソリュート学府》始まって以来の“例外的転入生”、如月レンだった。
「新入生ですか?」
突然の声に、レンは立ち止まった。
視線を上げると、校門の奥から現れたのはひとりの少女。
銀色の長髪を風に揺らし、真紅のブレザーに身を包んでいる。
冷えた硝子のように澄んだ瞳には、緻密な幾何学模様の魔術式が浮かんでいた。
「ふうん、また“上”が勝手に変な子を入れたのね。まあ、恒例行事みたいなもんだけど」
その少女、白亜ノエル。
六大派閥のひとつ、《理律会(ロウ・オーダー)》の幹部にして、全校生徒でも指折りの“秩序の支配者”。
「……君が、如月レン。違う?」
「そうだけど」
レンは立ち止まったまま、警戒を隠さないまま返す。
ノエルは形の良い眉を少しだけ上げ、肩をすくめた。
「まあ、歓迎のセリフなんて私のキャラじゃないけど、一応。ようこそ、異常者だけが許された学園へ」
「それは結構。俺も群れるのは嫌いなんでな」
「……は?」
その言葉に、ノエルの瞳の魔術式がごくわずかに輝いた。
数瞬後。レンが一歩、校門の内側へ足を踏み入れた瞬間――
空間が歪んだ。
それは視覚にも聴覚にも現れる、異常な“重なり”。
まるで同じ空間に違う位相の現実が同時に存在しようとするような、世界の側からの拒絶反応。
《特殊警戒モード:起動》
《初期検閲プロトコル、発動》
《能力封鎖開始》
ノエルが何かを叫ぶより早く、レンの足元に三重の魔術陣が浮かび上がった。
《影縫い》――対象の影を定点拘束。
《音速斬撃》――空間を切り裂く不可視の斬撃を多重発射。
《精神爆裂》――精神構造に直接干渉する思考破壊。
三種の異能が、同時にレンの身体へと襲いかかった。
一秒未満。避けようのない完封攻撃。
この学園に転入してくる異能者の実力を測る、ある種の“儀式”だった。
だが――
「はは。いきなり歓迎の儀式かよ。お盛んなこって」
レンの口元がわずかに歪む。
次の瞬間、世界が“白”に染まった。
ノエルの視界から、すべての攻撃が消えていた。
いや、厳密には「攻撃がなかったことになっていた」。
魔術式が消えたのではない。発動したという“事実”そのものが消失していた。
「うそ……そんな、干渉系? それとも、因果操作……?」
「どれでもないよ。どれでもあるけど、どれでもない」
声は、レンのものだった。だが、音の出どころが不明。
距離も方向も、空間的な位置さえ曖昧だった。
「俺の能力はね、“否定”だ」
「……え?」
「お前らが“当然だ”と思ってること。起こって“当たり前”だと思ってること。その全部を、俺の前じゃ起こらせない。ルール? 理屈? 認識? 世界のほうを、俺が否定するんだよ」
それは、異能という枠すら超えた、「在り方の拒絶」。
ノエルが息を呑んだその時――
白い世界がゆっくりと解けていき、元の学園の風景が戻ってきた。
「ま、これからよろしくな。いちおう“新入り”なんで」
何事もなかったかのように、レンは歩き出す。
彼の後ろで、ノエルは顔を引きつらせながら、笑っていた。
「……やっば。とんでもないのが来ちゃったわね」
そして、その様子を校舎の上空から“観察”しているもう一つの視線があった。
暗視ドローンのカメラ越しに、モニターを眺める男がひとり。
学園監視部――
その男は無線で呟いた。
「測定不能ってのは……本当みたいだな。これは派閥の均衡が崩れるぞ」
そして、この学園最大の「内戦」が、静かに幕を上げた――
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