第34話 3P
眷属……。
頭の中にある吸血鬼モノAVの知識を引っ張りだしてきた結果、その言葉が示しているのは吸血鬼と人間の主従関係であると俺は認識した。
血や肉片を始祖から受け渡された者は新たに吸血鬼となり、主人へ絶対服従のコマ使いとなる。たしか、そんな説明だったはずだ。
よく映画やゲーム等で吸血鬼がコウモリを伝書鳩のように使役しているシーンがあったりするが、きっとああいう関係がそうなのだろう。
「つまり俺も吸血鬼化して、美ノ乃ちゃんの奴隷になるってこと?」
「あ、ううん。違う違う。そんなことコウ兄に求めるわけないじゃん。ただの専属契約のこと」
だが、美ノ乃ちゃんの口ぶりは少し違う様子だった。
顔を傾け、金髪をさらりと揺らしながら笑う彼女は、「そんな深く考えないでよ」とでも言いたげな表情だ。
「ご、ごめん。説明求む」
「んー簡単に言うと、アタシの身体をコウ兄専用にチューニングしちゃう感じかな。まぁ吸血自体は疲れるくらいで、コウ兄にデメリットはないよ? 献血だと思ってくれればオッケー」
で、でたー!
〝俺専用の身体〟とかいう激エロワード、人生二回目の登場だ。
もう慣れたかと言われると、こちとら健全な男子大学生。耐性などあるわけもなく……。それを言ってるのが金髪碧眼の現役JK美少女という圧倒的ビジュアルなのがさらに罪深い。
てか、この言い方だと俺が『主』で美ノ乃ちゃんが『従』って感じがする。
それでは俺のAV知識と真逆だ。
まぁAVなんかをエビデンスとしている俺が十中八九間違いなのだろうが……眷属って結局なんなの?
「俺の知ってる眷属とはだいぶ違うな」
「ふーん。何で勉強したの?」
「えーぶ……教育ビデオかな」
「へぇ、人間界にそんなのあるんだね」
ま、まぁ……いいか?
あんまり気にしなくても。
デメリットはないと言ってくれてるのだからデメリットはないのだろう(巧史朗構文)
「眷属って、サキュバスとの契約みたいに何かある感じ?」
「ううん。血を吸わせてくれるだけでいいよ? あとはこっちで勝手にやるから。にししっ」
ほんの少しの上目遣いから飛んでくる小悪魔的な笑いを含んだその視線は、まるで獲物の反応を楽しむハンターのそれだった。
うん、やっぱ俺が従っぽい。
いや、これは狩られる側だな。
『主』でも『従』でもなければ『餌』だこれ。
というか血を吸うって何??
若干怖いんだけど。
「ちなみに血を吸うってのは……」
「ちょっとシてみる?」
「えっ……」
ペロリと唇を舐めた美ノ乃ちゃんは、ぐんっと俺に迫ってきた。
それはまるで埜ノ乃と出会った時を思い出させるかのような構図で。八重歯をキラリと輝かせ近づいてくる金髪JKの圧に、徐々に身体が部屋の隅へと追いやられていく。
「にししっ、動かないでね? コウ兄」
「ちょ、ちょちょ」
そのまま正面から抱き着くように身体を密着させてきた美ノ乃ちゃん。
控えめながらも柔らかい二つの感触が、むにゅりとブラウス越しに俺の胸部へと伝わってきた。
迫りくるパッツンの金髪、そして綺麗な青色の瞳に、ぷっくらとした薄ピンク色の唇が……。ち、近い。
呼吸のかかるほどに近づく互いの顔。その前髪の先は頬をくすぐり、甘い香りが鼻腔を撫でた。
次の瞬間。
顔に向けて進んできていた美ノ乃ちゃんの口が、スッと首筋に落ちた。
「ん~~かぷっ」
小さく息を吸い込む音とともに、チクリとした刺激が走る。
痛みというよりむしろ痺れに近い感触の直後、俺の全身はまるで綿毛の中に放り込まれたような脱力感にみまわれた。
「おぅふ」
「はぁあ……コウ兄の血、凄ぃ……」
身体中の筋肉が強制的に弛緩させられているような感覚と共に、経験したことのない快感が脊髄を駆け上がってくる。
まずい足に力が入らない。
骨が溶け、筋肉は全てゼリーになってしまったと錯覚するほどに、俺の四肢はふにゃりと力を失った。
「ちょっ、コウ兄?! あっ……」
気がつくと、美ノ乃ちゃんへ抱き着くように俺の身体は投げ出されていた。
全てを支えきれず、とっとっとステップを踏みながらベッドへと倒れ込む美ノ乃ちゃん。とその彼女へ覆い被さる俺。
身体は緩んだままで腕に力が入らず、仰向けの彼女に抱きつく俺は、まな板の上のコイといったところだろうか。
幸いまだパクパクと口は動きそうだ。
「ご、ごめんちょっと力が抜けて」
「ううん、大丈夫。みんなそうなるから……コウ兄の身体、大きいね」
首に回された細い腕が、そっと背中を撫でた。
じわりと全身に広がっていく彼女の体温。鼓動が重なり、一つの生命体になったような心地よさすら感じる。
「はぁ~んぷっ」
再度首筋に嚙みついた美ノ乃ちゃん。
やべっ、これ意識飛ぶかも……超気持ちいい……。
「みろ……ちゃ……」
フワつく脳内。彼女の甘い香りがさらに意識をかき乱し、もはや身体の制御は自分の意思ではどうにもならなかった。舌すらまともに動かせやしない。
手も足も、まるで誰かのものになったかのように感覚が曖昧で、意識だけがふわふわと浮いていた。
「ぷはっ……ごめんコウ兄、アタシも止まんないかも……美味しぃ……」
「ちょ、ちょっと美ノ乃!! 吸い過ぎじゃない!?」
聞き慣れた声が、遠くのほうで聞こえた気がした。たぶん埜ノ乃の声だ。
「ろろぉの……」
「お姉ちゃん、もうこのまましちゃえば?」
「え!?」
「よいっしょ、ほらこれでお姉ちゃん上から乗っちゃいなよ」
世界がぐるりと回転する感覚。
ふわっと浮かんで、ドサリとベッドが揺れた。いつのまに俺は仰向けにされたのだろうか、目線の先には茶色い天井が見えていた。
まずい、視界も霞んできた。
「こ、これっていいの? なんか襲ってるみたいじゃない……?」
「大丈夫大丈夫、ほらコウ兄のもやる気まんまんじゃん」
「ほんと美ノ乃って血飲むと大胆になるよね」
下半身が痺れるような感覚。首も動かせなくなり、目線のみで状況を確認すると馬乗りになった埜ノ乃が見えた……何も履いていないように見えるが気のせい? だよな。
薄くモヤのかかったように視界は曖昧で、髪の色やシルエットでしか二人を識別ができない。心の中で「これはマズいのでは?」という警報が小さく鳴っているが、もはや抵抗する力などどこにも残っていなかった。
「じゃあ……よ……こう……?」
「うん……お……ちゃ」
ついに聴覚までもが麻痺し、何を言っているのかも分からない声を境に俺の意識はホワイトアウトした。
──────
────
──
真っ白な世界。
ここは、天国か……?
全身を包み込む温かい感触。
フワフワして気持ちいい。
あ、埜ノ乃と美ノ乃ちゃんがいる。
おーいっ。
遠くに見えた二人はなにやらへこへこと動いているように見えたが……。ん……? 埜ノ乃達、何して……?
おーいっ。
声をかけても反応がない。
俺は二人の元へ近づいていく。
徐々にはっきりと見えてきた二人の身体。
その姿は一糸まとわぬ生まれたままの姿で、二人は何か人形のようなものに跨って……ってそれは……。
──────
「やば……んっくぅぅうう!!」
ビクンと跳ねた身体に合わせ、視界がカッとクリアになり。俺の精神が戻ってきた。
先ほど見ていたベッドの天井。
鼻先をくすぐる、香水ではない、でも甘い香り。腹上では肌色の曲線がポヨンと跳ねている。さらに下半身には生温かい感覚が……。
ボフッ。
「おふっ……」
肌色の柔らかい何かに顔を押さえつけられ、角度のついていた首がグイッと横へ曲がった。
ぐぇっ……な、何が起こって……あ。
徐々に戻ってきたピントが最初に焦点を合わせたのは机の上にあるゴミだった。229円のカップ焼きそばの容器に一匹のハエが止まっている。
これ、捨て忘れてたなぁ……。よぉハエちゃん、いつも食ってるそいつは美味いかい?
ハエと見つめ合って数秒。
それはじわりと全身の神経が戻ってくるような感覚を覚えたタイミングだった。
『むり゛っ! し゛ぬ゛ぅぅぅぅ!!!!』
部屋の中に獣のような声が響いた。
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