リミテッド・ブレイブ

詣り猫(まいりねこ)

第1話・10年の悪夢

 

 『トルラの町・シュタイン家』


 月明かりしかない薄暗い部屋。少年がひとり、ベッドの上で背中を丸めていた。


 (とっくに体の傷は消えているはずなのに、血が滲んでくる気がする。あのときの傷が復元された気がするんだ⋯⋯)


 額にツノの生えた黒い犬が、ムシャムシャと『ヨーク・シュタイン』の両親を食べていく。それらを全部ペロリと食べきったあと、黒い犬はヨークの方に振り返り、鋭い牙をむき出しにして飛びかかってくる──


「うわあああ!……」


 ヨークは、ベッドの上で震えていた。いつものことだ。夜になるとフラッシュバックする。10年間、毎日そんな夜を過ごしている。


 故郷のティティル村が焼かれ、友人が殺され、家族が殺され、自分も死にかけたあの夜を、ヨークは忘れることができない。


 魔物の群れ。それを率いる道化師。竜は火を吹いて家屋を焼き、ゴブリンが村人に噛みつき、ガーゴイルが槍で友人を串刺しにし、両親は犬の化物に殺された。


「助けて⋯⋯」


 彼は暗い部屋で声を漏らし、1人救いを求めるが、救いなんてものは世界中どこに行ったってない。誰も、用意はしてくれないのだ。


 だってそうだろう。彼は10年間もこうやって地獄の日々を送っているのだから。



 四方に分散した光の玉は、雲を突き抜け、高速で地上に落下していった。


「あ〜、クソ……やっちまったか……」




 雲よりも遥か上空に位置する『天上界』──


 天上界の神殿からその様子を眺めていた男は、瓢箪に入れた酒をひとくち喉に流し込み、まずは落ち着いた。


 彼は清潔な白い衣を身に着けている。無頼な雰囲気を漂わせながらも、高貴さも兼ね備えていた。


 彼こそは、調整神『リスティアーレス』

 天上界に住まう神様の1人である。


「さすがに見て見ぬふりは出来ないしな……」


 リスティアーレスはそう言って、その場で1回転した。彼の服装が変わった。


「まぁ、こんなもんだろう」



 「リルリルリルリル」と不思議な音が段々と大きくなり、近づいてくるのがヨークには分かった。


「何の音だろ?」


 そう彼が呟いた刹那、ヨークの自宅の天井を、直径20センチほどの光の玉がすり抜けた。その瞬間、部屋中が閃光に包まれる。

 眩しくて目を瞑ったヨークの頭上に、光の玉が落下した。


「うわああ⋯!!」


 光の玉はヨークの体内に入り、中で広がって、浸透してから消えた。


「今の何だったんだ⋯⋯」


 ヨークは自分の手足を確認したが、何事もない。ただ高揚感だけが残っていた。

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