こちら異世界勇者対策課

大月

第一章:静かなる異常

第1話「静かなる異常」

2025年5月7日、『こちら異世界勇者対策課』連載スタート

初投稿作品ですのでお手柔らかにお願いします。

制度の裏側で繰り広げられる静かな戦いを、どうぞお楽しみください。


───────────


 リデル王国の王城地下。第四管理区画のさらに奥。

 地図にも記されない黒鉄の扉の向こうに、勇者対策課はひっそりと存在していた。


 地上の喧騒から隔絶された空間。

 魔導ランプの淡い光が、石壁に伸びる影をゆらす。

 室内には魔導端末が並び、異常兆候の波形が静かに脈動を描いていた。


 勇者対策課──

 召喚された勇者たちの“後始末”を、誰にも知られず担う、国家の影だった。


 勇者召喚は、もはや“王国の儀礼”に等しい定例行事となっていた。

 国教を担う神殿が召喚陣を統制し、国家魔導局が技術支援を行う形で定期化された儀式。

 だが、召喚される“勇者”の資質までは選べない。

 結果、神の使いとして持て囃された者が、災厄の種だったという例も少なくない。


「……五年ぶり、か」


 椅子にもたれたまま、アレンが低く呟く。

 無精髭を撫でながら、指先のかすかな震えを無理やり意識から追い払った。


 勇者召喚−−それは希望であり、同時に災厄の前触れでもあった。


 その言葉に応じるように、静寂の中、魔導端末を操作していたリゼが肩越しに声を返す。


「まさか、平和が五年も続くとは。……失業するかと思いました。その方が、平和ってことですかね」

「……皮肉なもんだな」

「でも課長がニートになったら、誰がこの国の尻拭いするんです?」

「おまえがやるんだよ」

「えー、聞いてませんそんなブラック契約」

「だから口頭説明してる」


 ぽつぽつと交わされるやりとりの合間にも、静かに時が進んでいく。

 だが空気の底では、確かに何かが蠢いていた。


 アレン・セルディン。勇者対策課・課長。

 この部署に十年以上籍を置き、歴代の“希望の象徴”たちの後始末を担ってきた男だ。


 かつて、初任の若き頃に見た“最悪の勇者”。

 村を焼き、兵を見殺しにして英雄と称された男の幻影が、今も目の裏に焼き付いている。



「観測点Δ、召喚波形に異常反応あり。属性判別、まだです」

 魔導端末の前で、リゼが低く呟く。


 リゼは対策課唯一の正規メンバーだ。

 前回の勇者召喚の時に引き連れてきた。

 活発な少女のようにも見えるその姿は情報収集、事後処理といった事務仕事から荒事までこなすエキスパートだ。


 彼女の指先が端末上を滑るたび、緑の波形が脈動し、赤い警告アイコンが明滅を始めた。


「やっぱり来たか。前兆はあったからな」


 端末に映る魔力波形は暴れるように上下し、周期はまったく安定していない。

 比較用に表示された過去の記録──五年前の勇者召喚波形と、まるで形が違った。


「魔力循環経路、崩れてるな……術式が強引すぎる」


 アレンはゆるく椅子を回し、魔導端末の画面を一瞥した。薄く伸びた無精髭をこすり、重い椅子から立ち上がる。

 手にした魔導式報告書の束には、過去に召喚された勇者たちの“処理後経過”が綴られていた。


 そして深く息を吐く。


「年齢も性格も、魔力量も、結局は運任せ。まるで賭け事だ」


「賭けた結果、毎回こっちが払う破損費用が爆増するんですよね」


「しかも払うのは命と暮らしだ」


 言葉に滲む、歴戦の疲労と諦念。

 リゼが軽く笑う。


「今回は……国を半分吹き飛ばすくらいで済むといいですね。前の勇者、湖を干上がらせましたし」


「おまえ、どこまでの規模を“マシ”って言ってるんだ」


「大陸ごと沈むよりはマシ、っていう意味です」


「相対評価やめろ」


「じゃあ絶対評価します。今回の勇者も、やらかします。絶対に」


 アレンがため息をつきつつ、端末を睨む。


「……前任勇者の記録、また一部消されてる」


「神殿ですかね。都合の悪い記録は、いつも“なかったこと”にされるんですから」


「“都合の悪い歴史”は、神殿の好物だからな。歴史というのは常に権威側が作る。都合の悪い真実なんて彼らの中では存在しないも同然だ」


「もはや、公式な歴史が一番ファンタジーですよ」


「それをファンタジーって言えるのは、おまえぐらいだ」


 その布を最初に拾ったとき、リゼはまだ実地任務に慣れていなかった。

 瓦礫の山の中、誰もいない爆心地で、ただ一人残されていたもの。

 たった一枚の布が、何より強く、そこにいた誰かの存在を物語っていた。


 リゼは机の端に置かれた小さな布にそっと手を伸ばした。

 淡い青に、特徴的な花柄模様が浮かぶ──。

 五年前──勇者のやらかしによる爆発跡地で、少年が最後まで手放さなかった布。


 焦げ跡ひとつない、奇跡の布。

 その手のひらに、かすかに熱が残る。


「……都合の悪いものほど、よく消えますね」


「だが、俺たちは忘れない」


 アレンの声は、静かだった。

 誰が見ていなくても。

 誰が覚えていなくても。

 それが──この部署の存在理由だった。


 そのとき。


 床下に敷設された魔力検知装置が、低い唸り声を上げる。魔導端末の座標情報が確定した瞬間、警告灯がひときわ強く光った。

 赤い魔力波形が、画面いっぱいに弾けるように跳ねる。


 リゼが魔導端末を操作しながら声を上げる。


「反応増大。召喚、間近です」


「……やれやれ」


 アレンは椅子から立ち上がり、コートの襟を整える。


「さて──また、世界が少しだけ壊れるぞ」


 いつか、誰もが傷つかずに済む召喚が実現する日が来るのだろうか。

 いや、夢想だと知っている。それでも、目を背けるわけにはいかない。

 アレンは自嘲するように笑い、静かに歩き出した。


「その言い方、やめたほうがいいですよ。新人入ってこなくなりますから」


「俺も逃げ出したい」


「はいはい、胃薬持っていきましょうね」


「そこだけやけに優しいな」


「課長の命綱ですから」


 そんな軽口を交わしながら、

 アレンとリゼは無言で、黒鉄の扉を押し開いた。


 きぃ、と鈍い軋み。

 冷たい空気が、暗い螺旋階段から流れ込んでくる。


 どれだけ傷つこうと、どれだけ歪もうと。

 それでも、守るために。


 静かに、確かに。

 地上で待つ、運命の歪みへ向かって。


 ***


 王都中央儀式殿。


 石造りの天井が高くそびえ、空気は澄んでいるのに重い。

 中央に描かれた召喚陣が、蒼白い光を放ち、わずかに脈動していた。


 その中心に、少年が現れた。


 ぼさぼさの黒髪。

 現代日本の学生服。

 右手には、何の変哲もない学生鞄。


 けれど──


「……空間の揺らぎ、尋常じゃないですね」


 リゼが魔導端末を睨みつつ、眉をひそめた。


「魔力濃度、規格外。結界、局所ひび割れ始めてます」


「まだ本格的に動いてすらいないのに、か」


 アレンの視線が、召喚陣の中心──少年を捉える。


「これで力を自覚し始めたら、どうなっちゃうんでしょう」

「さぁな」


 空間が軋むような、耳鳴りにも似た違和感。

 空気がわずかに重くなり、皮膚の内側をじわじわと押してくるような感覚。


「素直に言っていいですか」

「やめとけ。おまえの直感は縁起が悪い」

「……じゃあ、黙って震えてます」


「せめて真顔で言え」


 ほんの一瞬、やりとりが緊張を和らげた──その時だった。


 王が歩み出る。


「汝こそ、我が国に遣わされた救いの剣なり。名を聞かせよ、勇者よ」


 少年は、明らかに戸惑っていた。

 何が起きたのかをまだ理解しきれていないまま、口を開く。


「……自分は……神野悠斗……えっと、ここだとユート・カミノ、なのかな」


 その名が響いた瞬間──


 召喚陣がびり、と音を立て、結界の一部が光の粒子となって弾けた。


 高位魔導師たちがざわめき、誰かの呪文が途中で止まる。


「なっ……この魔力流動は……!」

「陛下、結界が……!」


 リゼの手元の端末が、甲高い警告音を鳴らす。


「制御領域、圧力逸脱。……一部、断裂反応。再構成不能」


「存在するだけでこれか……どこまで持つ」


「……持ってるのが奇跡です」


 アレンは、儀式殿の隅から少年──ユートを見据えた。


 ぼんやりと立ち尽くし、まだ状況を飲み込めていない表情。

 だが、その身体を中心に、世界がわずかに、軋むように歪んでいる。


「……ああ。胃が持たない、ってのも冗談じゃなさそうだな」


 アレンの呟きに、リゼがちらりと横目を向ける。


「課長、冗談ですよね?」

「それはお前の役目だろ」

「笑えませんけど」

「……俺もだ」


 召喚陣の光が、静かに収束していく。

 だがその余韻は、まるで何かの始まりを告げる鐘のように、どこまでも冷たかった。


 世界は、また静かに、歪み始めている。

 誰にも──止められないまま。






───────────


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