4話:イベント参加の決意

 結局、俺は雪峰真白として、明桜高等学校のイベントに出演をすることを選んだ。

 もちろん条件はつけておいた。


【To:火波 燈ひなみ ともり

 件名:出演に関する確認事項


 名桜高等学校でのステージ、参加は承諾します。

 ただし——ライブが始まるまでは、“雪峰真白”という名前を一切表に出さないこと。

 この条件が守られない場合、出演は即座に取り消します。】

 

 雪峰真白がくる。

 それだけでここにいる連中がどう動くのか、予想するまでもない。


 SNS等で一言でも呟かれれば、当日の舞台裏は騒然とし、セッティングも演出準備もままならなくなるだろう。


 それに、他校からも同様の出演を迫られる可能性も十分あった。

 

 だから、そのための対策が必要である。


 まず、ライブ前日の深夜。

 校舎が完全に無人となった時間を狙って、演出魔法の全構築を行う。


 音響、照明、舞台効果の一切をルーン語魔法言語による魔法で再現し、瞬時に発動可能な状態へとしなければならない。


 さらには、その演出を映し出すためのダミー機材の搬入。こちらも深夜。


 ダミーとはいえ数は少なくない。ユーフォリア・アーツ事務所にいる、事務所スタッフに見せかけた魔法庁職員に運び込んでもらわないといけない。


 しかし、機材と言っても特に何も入っていない軽いものであるため、搬入や搬出は容易だ。


 ただ、それを日中にやれば誰かに見られるリスクがある。


 そのたびに記憶捜査をしていたら、俺の精神がもたない。


 魔法というものは俺にとって、『奇跡』でも『才能』でもない。


 誰かを笑顔にするための技術でしかない。その魔法を扱うのが真白だ。


 だから、雪峰真白がこの学校に特別ゲスト出演をしてライブをするということは、始まるその時まで秘匿としている。



 現在、昼休み。


 雪音が作ってくれた弁当を机に置き、フタを開けると……卵焼きやウインナーなど、栄養バランスに拘った物となっていた。


 ——相変わらず、抜かりのない奴だ。俺が口にするモノの一つ一つに、計算と気遣いが込められている。


 黙々と食べつつも、真白としてどうやってこの学校の演出をするか悩む。まず、着替えるところは必要であり、隠れるための控室も必要となる。控室の場所はあまり使われることのない多目的室が望ましい。


 あそこであればうちのスタッフが入り、スタッフの控室兼楽屋として成り立つはずだ。


 おそらくそういったことは、火波さんがすべて交渉しておいてくれる。あの人結構抜け目ないし。

 ならば俺がすることは、最大限に真白を演出し輝かせること。


 そのための事前準備は、前日の夜にすべて終わる。あとは、曲のセットリストだ。


 何を歌うかによって、雪峰真白を演出するのに最適化を考える。まず、いつも通り始まりは『月影ノ導』、終わりは『灯火-tomoshibi-』で問題ない。配信でいつも流している曲だ。


 あと3曲……。どうするか悩みあぐねいていると、横からなにか飛んできた。


 見るとそれは、ゴミだった。


 ふと横からクスクスと笑い声が聞こえる。相変わらずこのクラスの連中は暇なのだろうか。それ以外することはないのか疑問に感じる。


 そういやここ、結構有名な進学校のはずだよな。勉強はいいのだろうか……あまりこういったふざけたことをしていると成績が落ちると思うのだが。まぁ、俺には関係ないか。



 放課後。スマホを見ると火波さんから連絡が来ていた。


【Re:橘執行官

 件名:出演に関する確認事項


 了解。控室や起動本部になる場所の確保はこちらに任せときなさい。真白のことは秘匿にしておくことを学校の方には伝えておくわ】


 ほら、やっぱ火波さんそういうところ抜かりない。


 こういうところが信用できるのだ。


 あとは曲だけ……相談でもしようか。でも、火波さんは忙しいだろうし、他のライバーのマネージャーに聞いてみるか。


 一応ライバー以外は、全員魔法庁職員だし俺のこと知らないはずない。


 雪音でも良かったのだが、あいつの場合、参考にならない。何故か自分の趣味全開で、歌ってほしい曲を選曲してくる。しかもそれはすべてラブソングという、生粋の恋愛脳だ。本当に参考にならない。というか参考にしてはいけない。


 それなら、やはり他のマネージャーか……。


 俺は、校舎を出てマンションに戻る。



 マンションに入り、部屋の扉を開けると、そこには、キリッとした佇まいで、ノートパソコンに向かって仕事をしている茜がいた。


 無論、朝に言った掃除も終わらせてある。やればできるのに、サボることに関して全力だからなぁこの人。雇っている自分でも本当に国家公務員か怪しく思えるほどだ。


「報告書はできたのか?」


「あ、おかえり、執行官。もちろん終わらせてます。執行官のメールに今から送りますね。」


 マウスとキーボードの音が静かに鳴り、心地よさを伝えてくる。


 そして、スマホが震えた。


「あ、それと、この地域の連続行方不明事件なんすけど、どうもきな臭いんすよねぇ。どっかの宗教が絡んでるわけではないんですが、どうやら小さい芸能事務所っぽいんすよ」


「へぇ。じゃあそこに潜入するのか?」


「いや、しないっすね。明らかに怪しすぎ。でも、そこで契約してるタレントの子には接触できそうっす」


「なら、そいつをユーフォリアに連れてこい。あとは音を聞けばわかる」


「うわ……でた。はぁ、今日会えるかわかんねえっすから時間かかるかもしれないすけど、必ず連れていきます」


 おそらく今日連れてきそうなんだよなぁ……。


 彼女の「わかんねえっす」はたいてい当たる。外れた試しがない。


 

 ユーフォリア・アーツには秘密がある。それは、本社は東京という名目上においてある、もちろんダミーではなく普通に建物もある。


 ただ、魔法庁職員しか知らないルートが二つ存在する。それは雪音の家にある母屋からのルート。もう一つはここ名古屋の仮拠点地の扉からつながる、クローゼット。


 どちらも特殊な手順を踏まないと、ユーフォリアにはたどり着かない。


 それは、俺が仕込んだ転移魔法装置である。手順は難しくはないため、一応誰にでもできるよう安全も何度も確認しつつ、不具合がないか俺も使う時がある。


 ただ、雪音の家からここの拠点には転移装置はつけていない。


 それは俺、真白を守るための手段だ。

 ―――――――――――――――――――――――


第四項:本規定の執行管理・監視権限者は、特級執行官「橘柚子」をもってこれに充てる。



《月影の導 - Tsukikage no Michishirube -》

作詞作曲/歌:雪峰 真白(橘 柚子)

ジャンル:和風バラード/配信OPテーマ


【Aメロ】

そっと息をひそめた夜に

沈む鼓動(こどう)を ただ数えてた

誰も知らない この胸の奥

願いだけが まだ消えずにいる


【Bメロ】

光らぬ道を選んだのは

名もなき心の さだめ

けれどあなたの声(こえ)が

風を連れて 闇に灯す


|Ren=tiln, El=mira fiin《レン=ティルン、エル=ミラ フィーン》**

(訳:「目覚めよ、光をもたらす声よ」)


【サビ①】

月影(つきかげ)よ 導け

ただ一つ 迷わぬ場所へ

この歌が 届くなら

たとえ影でも 歩いてゆける



【間奏(ルーン詠唱パート)】


※囁き声に近い音色で重ねるように歌唱

|Lus=seria, Fal=rian, nevia=selm《ルス=セリア、ファル=リアン、ネヴィア=セルム》

(訳:「記憶を紡ぎ、心を開け、月よ見守れ」)


|Via=mel, El=saria, falm=rea《ヴィア=メル、エル=サリア、ファルム=レア》

(訳:「導け、祈りを灯すものよ」)



【Aメロ②】

なぜ 世界は気づかぬままに

偽りだけを 真実(まこと)と呼ぶ

遠く微かに 降りそそぐ音

それがあの日の “あなたの歌”


【Bメロ②】

守れぬ誓いの中にも

変わらぬものがあるなら

この声は刃じゃなく

たしかな“手”でありたい


ルーン語挿入

|Faria=melta, sen=va lier《ファリア=メルタ、セン=ヴァ リエル》**

(訳:「この手よ、あなたに届け」)


 【ラスサビ(転調・感情強調)】


月影よ 見つけて

誰もまだ 触れられぬ夢を

この光が 消えぬよう

明けぬ夜にも 灯していたい


Lumina=rei, via=senルミナ=レイ、ヴィア=セン

(訳:「光よ、行き先を示せ」)


あなたと 生きた証を

いつか夜明けに 変えてゆけたら……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る