離職戦線

イカクラゲ

第1話 地獄の職業紹介所「ジョブゴク」


 プルルルル──


 ──オフィスのコールが鳴った。


「お電話ありがとうございます。こちらジョブゴクになります」


 職業紹介所、ジョブゴク。

 オフィス街の隅の方にぽつんと設立された小さなビルの一室に、女性社員──立花の声が響く。

 齢25を越えながらも、中高生くらいの背丈に、声帯には幼さすら残る。


『あー、もしもし?立花さん?』


 彼女とは対照的におっさん臭い酒焼けした声が覆う。先月の求職者の名を思い出した。


「畑本さんですか。お世話になっております」


 電話をかけてきたのは、以前にジョブゴクを利用し、建築業に転職したばかりの、畑本という男だった。


「あれから『シュラ建築』の方では、いかがお過ごしでしょうか?」

『やめたよ』

「え」

『やめたっつってんだろ』


 カレンダーを見る。

 まだ彼が転職してから、一週間も経っていない。


『あんなところで働けるわけないだろ。職場環境は劣悪、周りは頭の悪い奴ばっかだし』


 また始まった。

 立花は聞こえないようにため息をつくと、先っぽだけ金色に染めた短髪を弄りながら「それで──」と続ける。


「──となると、いかような職場環境をご希望で?」

『それを探すのがあんたの仕事だろう』


 ぷちっ、と髪を一本引き抜いた。

 確かに我が社のキャッチコピーは「ご希望通りの職場をご用意致します」だが、畑本の育ちの悪い言葉遣いは癪に触る。


「……では、ご希望の職種や、条件をお教えいただけますか?」


 立花は声だけを殺しながら欠伸をした。足を組み、鼻の頭を掻きながら尋ねる。

 相手の見えないところで、ふてぶてしい態度を取る。立花が三年間の社会人生活で身につけた処世術だ。


『俺がやりてぇのは、オフィスソフトを使ったパソコンの仕事だ。条件は、出勤はしたくねえから、在宅勤務かテレワーク。フレックスタイム制の勤務、月収は30万円以上だ』

「あのですね……」


 畑本はITスキルどころか、簿記の資格ひとつすら持っていない。そのくせ、テレワークだのフレックスタイムだのという言葉に、立花は引き攣った笑みを浮かべながら、


「あの、畑本さん。一度こちらで、カウンセリングを受けられませんか?そう在宅やテレワークと判断を急ぐのではなく、ご自身の性格や特性から、適職を探されるのも……」

『俺は今言った条件しか飲まないからな。またそっち行くから、求人票探しとけよ』

「あ、えっと──」


 ガチャッ、と電話が切られる。

 社用の受話器を、親の仇のように睨みつける。


「──ナメやがって、あの野郎」


 畑本の職務経歴書と履歴書のデータを開く。

 なるほど……納得した。

 空欄だらけの履歴書と人間性が一致するというのは、どうやら本当らしい。


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