第3話
エルデナの城門が見えた瞬間、私は立ち止まり、小さく息をついた。
その街は、想像以上に活気に満ちていた。高くそびえる石造りの城壁には色とりどりの布地が飾られ、門番の声に混じって、行き交う旅人や商人の話し声があちこちから聞こえてくる。
「ここが、エルデナ……」
私の声は、誰に届くこともなく、風にさらわれた。
初めての土地。けれど、恐れはなかった。むしろ心の底には、はっきりとした確信があった。私は、この場所で生きていける。いや、生きていくだけでなく、きっと私の“絵”で、価値を示してみせる。
門の前に列をなす人々を観察しながら、私は手早く荷物から革袋を取り出す。中に忍ばせておいた銀貨三枚。これで、入城税と、数日は宿に滞在する費用もまかなえる。
入城手続きはあっけなく終わった。私は偽名を使い、故郷を「東方の村」とだけ告げた。深く詮索されることもない。旅人や芸術家が多く流入する街では、名前や身分に敏感な者は少ないらしい。
門をくぐった瞬間、色彩の奔流が私を包み込んだ。
石畳の道には露店が並び、香辛料や焼き菓子の匂いが鼻をくすぐる。通りを彩るのは旅芸人の楽器の音、踊り子の舞、革細工師の叩く金槌の音――まるで、絵の具が溢れ出したような街だった。
私は心の奥から湧きあがる衝動を感じていた。
描きたい。この街の風景も、人々の表情も、匂いまでも筆に乗せて表現してみたい。
けれど、まずは拠点が必要だ。私は、目星をつけていた宿屋〈旅籠リュミエール〉を目指す。
建物の外観はこじんまりとしていたが、花鉢が窓辺に並び、掃除も行き届いている。対応に出たのは、年配の女将だった。
「一泊、食事付きで銀貨一枚になりますよ。お部屋は二階。東の窓がよく陽を入れます。旅人さん、絵描きさんかい?」
「はい。少しの間、こちらで筆を取らせてもらおうと思いまして」
「そりゃあいい。エルデナは絵師にはうってつけの街だからね。評判が立てば依頼も舞い込むだろうさ」
言葉に無駄がなく、歯切れも良い。私はその女将に好感を抱きながら、鍵を受け取った。
部屋に入ると、木の床がきしむ感触が心地よかった。机にキャンバスを置き、筆を取り出す。
お婆様から受け継いだ筆。その感触に、私は何度でも勇気をもらえる。
「……この街なら、描ける」
私はそう言って、窓の外を見た。色とりどりの人々が行き交い、陽光が街を照らしていた。
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