第17話

 ジクイムシが喰い散らかした文字の修復には、2週間の期間を要した。その間、いつもながらに来客はおらず、ノジさんが邪魔しにくることも、草太さんが野菜を届けにくることもなかった。


「お疲れさん。だいぶ修復作業には慣れてきたな」

「そうっすね」

「若いっていいなぁ。なんでも吸収できて」

「いや、僕はもう老いる一方なんで」

「ハッハッハ。まぁ、このまま他の古書の修復もよろしくな。頼れるのは菅野君しかいないんだからなぁ」

「……はい」


 修復が終わった古書らは、まだ手付かずになっている、ジクイムシらの餌食になった古書とは別のところへ持っていく。これ以上喰われてたまるか。


僕が来た頃よりも、確実に中央寄りに倒れかかってきている無数の古書。このまま地震がいけば、僕らはぽっくり。暫くして圧死した死体として発見されるのだろう。


「元気ないな」穴虫さんは口元を触りながら言う。今の僕に必要なのは、きっと、ノジさんと穴虫さんの笑い声。あれほど五月蝿くてウザくて嫌だったのに。


「ノジさん、ずっと来てないっすね」

「……」

「穴虫さんって、ノジさん家どの辺か知ってるんすか?」


 最後の本を積み上げたとき、穴虫さんはボソッと、独り言のように、「肉まん、食いたいなぁ」と呟く。聞き間違いかと思って、聞き返そうとしたら、今度は満面の笑みを浮かべ、無邪気に言った。


「菅野君、肉まん買ってきて」

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