第14話

 僕が穴虫さんに初めて出会ったのは、中学の修学旅行のときだった。


本来の目的は、この古本屋穴虫の近くにある、歴史的建造物が多く建ち並ぶ商店街を訪れることだったが、グループでハブられた僕は、土地勘があるわけでも無いのに、ひとり歩いていた。それでたまたま見つけたのが、古本屋穴虫だったのだ。


向かい側から見れば、建設関係者じゃなくとも分かるぐらい、中心に向かって左右不均等に歪んでいた建物。雨風に晒され、朽ち果てた木製の、しかも字が読めない看板。人気のない雰囲気漂う店の、建て付けの悪い硝子戸を開けた先、乱雑に積んでいる古本の上に腰掛け、表紙が剥がれかけている本を、老眼鏡片手に読んでいる、性別不明のひとりの高齢者の姿があった。


このときのこと、僕はどういった経緯で店に入ったのか、そして穴虫さんとどんな会話をして、そしてどう別れたのか、そのすべてを鮮明に覚えていた。そのとき、僕は穴虫さんとある約束を交わしていた。だから、それを果たすために、わざわざ上京してきたというのに、穴虫さんは「そんなことあったか? 全く覚えてないな」の一点張り。僕が修学旅行で唯一楽しい思いをした経験に浸ることもできないままだった。それなのに……

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