第十二話 奥底に仕舞って
乃愛さんに引き摺られて保健室へと続く渡り廊下を進んで行き、やがて一階の階段手前にある保健室へと辿り着く。その扉を勢いよく開くと中に居た養護教諭が驚きからか椅子から立ち上がり此方を見詰めて来た。
養護教諭「どしたの?怪我?」
乃愛「あっいや、聖裕が熱あるかもって。」
彼女に声を掛けられた養護教諭が席を立っては此方に歩み寄って来ると、熱の有無を確認する為にその手を自分の額に伸ばすと間もなく手を引き戻しては此方を丸椅子に座らす様に促した。
養護教諭「んー、別に熱は無いね?」
聖裕「え、あ、はい。別に体調も何ら変わり無くで。」
乃愛「一応休みなよ。アタシも隣いるから。」
養護教諭「うん、じゃあ乃愛さん。聖裕君よろしくね?」
乃愛さんは自分の隣にある丸椅子へ腰掛けると此方の顔色を伺う様に覗き込んでは目を逸らす。何か自分の顔にゴミでも付いてるのだろうか。
顔を逸らしたのは、もしかして此方が変な表情を浮かべて居たのだろうか。彼女の瞳には自分の顔がどう映っているのか。宛も無い考えが脳内を取り巻いては煙の様に消えて行く。
乃愛「あ、あのさ...」
暫くして黙り込み重苦しい空気に押し潰されそうな自分を見兼ねた様に彼女が口を開いた時だ。彼女の瞳は何処か潤みを増して行き、顔も向きも微々たる変化だが俗に言う上目遣い的な物になって此方の目に映った。
彼女が発する声は普段の騒がしい声とは程遠い様な、儚げで繊細で。
乃愛「...アンタってさ、誰にでも優しいよね。」
聖裕「え?」
乃愛「クラスでもさ、明るい奴と話すの苦手な奴と分け隔てなく接してさ。そのクセ周りには媚売る訳でも無くただ隣でニコニコ笑ってるだけで性格も良くてさ。」
聖裕「そんな...ただ自分がそうしたいってだけで別に...」
そんな返答を聞いて乃愛さんはほんの少しだけ笑みを見せては小さく頷く仕草を見せると、次には逸していた顔を此方へと戻して口を開く。
その表情は余りにも普段と異なる儚げで弱気な物であり、溢れ出る切なげな雰囲気に此方まで胸を打たれる様な感覚を覚えさせるが、気付かれない様に平然を装う事にして彼女の顔を見詰める事にした。
乃愛「正直羨ましいんだよね、そう言う性格ってさ。アタシに無い物持っててさ、人に好かれるのとか羨ましいなって。」
聖裕「そうですか?」
乃愛「...そうなんだよ。アンタが羨ましい。」
聖裕「っ...」
乃愛「...アタシ、さ。」
彼女の言葉を待つ自分に対して彼女はまたも言葉を詰まらせる。奥底に仕舞った感情を吐き出す時特有の、そんな下唇を噛む仕草に自分は無意識に息を忘れてしまった。眉を下げて俯いて次に出る言葉を押し殺しては溢れ出よう物を抑える様な。
そんな表情を目の当たりにしてしまうと、見ている此方も我慢が効かなくなると言う物である。彼女が向ける視線は自分とは違う誰かを見ている気がしてならないからだ。自分の瞳に今映るのは目の前にいる乃愛さん本人。
しかし彼女の瞳に自分はどう映って居るのだろうか。自分の瞳は彼女の瞳に映っては居ない様な、そんな感じがするから。
乃愛「...良いや。やっぱ無し。アンタ具合悪く無さそうだし、戻ろっか。」
聖裕「え?」
予想外の返答に思わず声を出しては彼女の方を凝視して瞳の中で酷く動揺している自分の姿を見せてしまったが、そんな自分を気にせず乃愛さんは席を立つ。
そして自分も立ち上がろうとするが何故か足に力が入らず、立ち上がれない事に気付くと、結局乃愛さんに手を貸して貰って保健室を後にする事になってしまった。
乃愛「ごめんね、指震えてて。」
聖裕「え、震えてます?」
乃愛「...無いか、変な事言っちゃったね。」
何処か陰鬱な雰囲気に包まれる中、教室に戻る途中。先程までの会話が頭に残っていた為かこの静けさを打破する様な話題を見付けようと思考を凝らす事にすると一つの結論に辿り着いた。
聖裕「あの...乃愛さんって好きな人とか居ますか?」
一瞬彼女は身体を硬直させるがそれも束の間で直ぐにいつも通りの態度を取り戻しては此方へと顔を向けた後に口を開いた。
乃愛「...え?何急に」
聖裕「あ、いや!その...ちょっと気になったので、」
惨めな自分の返答に対して何か考える様にして黙り込むと、彼女はまたもや弱々しい笑みを此方へと見せては口を開いた。
乃愛「...居るよ。でも脈無しだからね。多分アタシの事もただの友達としてしか思ってくれてないよ、その人には好きな人もいてさ。」
聖裕「えっ、辛...」
乃愛「...辛いよ、本当に。」
一言、その一言を残すと彼女は来た道を走って戻って行ってしまった。何故なのか。そんな事を考える余裕も無く只管に彼女の背中を追う形で華道部の部室へと戻った。
早く戻らなくては部活が終わってしまうし、何より華凛さんの切なげな表情が脳裏に焼き付いて離れない。それはそれとして、何故乃愛さんは自分に好きな人が居る事を打ち明けたのか、それが自分自身で理解出来なかった。
しかし重く考える程の事でもないかと脳内を整理して華道部部室へと入ると、安定の騒がしさとは別の空間が広がっている。恐らく部活終了時刻を過ぎたのだろう。各々が部室の隅に置いた荷物を手に持っては帰り支度をしている。
紗枝「お!おかえりー、体調大丈夫?」
そんな自分の存在に気付いたのか彼女は此方に駆け寄って来ると心配そうな様子で顔を見詰めて来るが、彼女の反応に対して自分は少し罪悪感を覚えた為か捲し立てる様にして大丈夫である事を伝え、荷物を取ろうと部室へ足を踏み入れる。
入口から見て右隅に置いた荷物を取ろうと手を伸ばした時、偶然にも細い手と自身の手が触れ合った。しかし手が触れ合った相手を確認する様に視界を上へ上げると、触れ合ったのは偶然では無い事に気付く。
華凛「おかえり。」
聖裕「あっ、た、ただいまです。」
触れ合った事に対して動揺しつつ思わず意識してしまうその単語を発すると彼女は片方の口角を上げては目を逸らす。何故かその仕草に惹き付けられている自分が居るが、すぐに我に返り荷物を手に取ろうと手を伸ばすも手が触れない事に気付いた。
どうやら動揺している僅かな間に華凛さんが荷物を持ってくれて居た様で、感謝と動揺と言った複雑な感情に包まれてしまう。
華凛「その顔、久々に見た。」
聖裕「どの顔です...?」
華凛「聖裕君の動揺してる顔。可愛くて好きだよ。色仕掛けしても、またその顔してくれる?」
聖裕「んんっ...」
華凛「あっは、可愛い。」
色仕掛け等と呟いては屈んでいる自分の視界にわざと、ボタンの外したワイシャツから見える素肌をチラ見せしては誘惑する様に吐息を耳元に吹き掛けて来る彼女の行動に身悶えしてしまう。
周囲に人がいるから止めて欲しいと口に出そうとするが、机の下から見る限り自分達以外に人がいない事が分かると、抵抗しても負け戦である事に気付き身体を委ねる事にした。
聖裕「...華凛さん、これって最早セクハラです。」
華凛「そうだね、セクハラだね。嫌なら通報しても良いんだよ?私は成人だけど聖裕君は未成年だから私は捕まるし。」
聖裕「つ、通報なんてする訳無いじゃないですか...」
華凛「んふっ、もっと欲しいんだ。でも次のステップは淫行条例違反で捕まっちゃうから、ね?」
聖裕「淫行条例って...」
華凛「地方公共団体が決めた条例ね。私達の所は同意があっても未成年と成人はヤれません。」
聖裕「い、いや別にそこまでは...」
華凛「欲しいくせに。」
一瞬身体が固まるが、恐らく華凛さんには此方の言いたい事を全て汲み取られてしまって居るのだろう。しかし、その事に対しての嫌悪感や羞恥心は不思議と感じないし寧ろ心地良さすら感じる自分がいる事に驚きを隠せない。
華凛「...聖裕君って、私で勃つの?」
聖裕「たっ...!?」
華凛「んふっ、今元気?」
聖裕「ど、どうしたんですか華凛さん急に!!」
華凛「最近色仕掛け出来なかったから、その分のガス抜き。」
聖裕「そんな物溜め込んだら駄目ですから本当に...」
華凛「そうだね、爆発しちゃうかもね。私が我慢出来なかったら聖裕君責任取ってね?」
此方を見詰めてはそう問い掛けた彼女に対しての返答に困ってしまい、呻き声を上げてしまうと彼女は微笑みながら荷物を手渡しては此方が立ち上がるのを静かに待って居た。
しかしそんな行為すら意識してしまう自分がいる訳で、以前の様にドキドキした感覚が自分の脳を支配してはまともな思考さえも蝕んで行く。
華凛「今エッチな事考えてたでしょ。」
聖裕「いやっ、違います!」
華凛「じゃあ何考えてたの?」
聖裕「その...やっと華凛さんの事を本心で好きになれて来たかなって。前までは華凛さんが言ってた様に身体での繋がりが先走っちゃって、でも今は華凛さんの事が身体とか無しに好きって思えてるから...嬉しいなって。」
華凛「...聖裕君...、んふっ。」
聖裕「何で笑うんですかぁ!」
華凛「嬉しいからだよ、君の口から私を好きって言葉が聞けてさ。久し振りに聖裕君の口からちゃんとした言葉が聞けて良かった。」
彼女はそう言いながら以前の様に両腕で自分の事を包み込んでは優しく抱き締めて来る。この包容力と落ち着きのある行動に対してやはり自分は華凛さんが好きで、彼女と一緒ならもう何も要らないと考える程になってしまっている。
此方の心は、早く華凛さんと付き合いたいと願う一心で埋め尽くされてしまうのだが、華凛さんが自分をどう思っているのかは分からない。更に華凛さんの周りには、先程華道部にやって来た謎の男が居るのだ。
だからこんな所で恋人ごっこ紛いな事をしている暇は無いのだと自分を落ち着け、彼女と向き合っては少しだけ離れて見詰め合う姿勢を取った。
聖裕「あの...華凛さんはどうしたいですか?」
華凛「...ん?何を?」
聖裕「あぁ...その、僕...華凛さんとの関係を、もっと深めたいです...から。」
華凛「それは身体の関係って事?」
聖裕「あ、いや、恋愛的な意味で...」
言う所まで言ってしまった気がしなくも無いが、思い切ってその言葉を彼女に投げ掛けた。此方の言葉を華凛さんはどう汲み取ってくれたのか、また彼女の澄んだ瞳には自分はどう映っているか。
期待と不安が胸の奥で入り交じって大きな波を作ってしまう感覚を覚えながら彼女を見詰めていると、彼女は此方を見て硬直していた。予想と反する彼女の反応に思わず困惑の表情を浮かべては彼女の瞳を見詰めてしまう。
やがて発せられたのは彼女の柄にも無い繊細で弱々しい澄んだ声。
華凛「聖裕君は...私との関係を、どう深めたいの?」
聖裕「えっと...」
華凛「身体だけの関係じゃなくて、ちゃんと恋愛的な関係になりたいって事?」
そんな質問に対して自分は思わず言葉を詰まらせるが、そんな反応に痺れを切らした彼女は此方の腕を引いてはまた自分の事を抱き締めて来る。しかし先程とは違った雰囲気で。それは何か覚悟を決めたかの様な物を感じると彼女の口から小さく言葉が漏れた。
華凛「私____」
彼女の口から言葉が紡がれようとした時、突如として勢い良く部室のドアが開いた。突然の物音に自分と華凛さんは飛び付くかの様に距離を取っては部室の入口へと視線を送った。其処にいたのは見慣れた姿。
乃愛「せ、聖裕!!」
聖裕「の、乃愛さん?」
乃愛「...っ」
華凛「...乃愛ちゃん、」
そんな彼女の姿を見ては華凛さんもまた此方の腕を引いては身体を自身の後ろへと隠す様にして立ち塞がる。しかし扉を勢い良く開けた乃愛さんは口を開いたまま固まってしまい、その喉からは消え入る様な細い声が微かに聞こえる。
必死に捻り出そうとして居る言葉が何であるかは知らないが、ここまで辛そうな彼女を見るのは初めてだった。
乃愛「ば、ばっ...」
やがて大声で発せられたのは、一言。
乃愛「ばーか!!!!」
その言葉を発した後に、彼女は駆け去る様にして部室のドアを勢い良く閉めては姿を消した。呆気に取られた自分が視線を戻すと、複雑な表情を浮かべる華凛さんがいた。
ドアの向こうを見詰める眉は眉尻が下を向き、眉間も歪んでいる。下唇を噛む仕草をする彼女は一体何を思ったのか。
華凛「...乃愛ちゃん...」
そんな言葉を呟くと同時に此方の腕を引く様にして彼女は足早に部室を後にした。自分も彼女の力には抗えずに腕を引かれたまま廊下を進み、気付けば下駄箱の手前まで来ていた。自分は一年の下駄箱に、華凛さんは三年の下駄箱へと足を進める。
使い慣れた下駄箱から上履きと交換する様に外履きを靴箱の中から取り出し、校舎の出入り口となる扉に靠れかかる華凛さんの元へ。
華凛「忘れ物無い?大丈夫?」
聖裕「多分大丈夫です。」
華凛「もー、多分?んふっ。今日も一日お疲れ様、聖裕君。」
聖裕「...はい、お疲れ様です、」
そんな他愛の無い会話をしては彼女は自分の頭を撫でては微笑む。その顔は愛しい物を慈しむ様にも捉えれてしまうが、その感情が自分に向けられていると考えると途端に恥ずかしくなる。
こんな考えは所詮自分の勘違いで良いと思考を巡らせる反面、華凛さんもまた自分を異性として見ているのではと言う根拠の無い感情が自分の心には住み着いて脳を犯そうとしていた。
そんな思考さえも強制的に遮断する様にして、華凛さんは自分の頭から手を離すと腕を広げてはおいでと言う姿勢を取るのだ。
華凛「ほら、来ないの?」
聖裕「んんっ...い、行かなきゃ駄目ですか...?」
華凛「私の事、もう好きじゃ無いなら良いけど?」
彼女の誘惑する様に、此処まで親しくなる前の関係に戻った気がしては脳が久し振りに蕩ける感覚に襲われた。言わば快楽の落とし穴に落ちた様な物。しかし彼女の甘い蜜に包まれてばかりでは理性が崩れ去ってしまうのもまた時間の問題。
それを危惧した脳は自分が壊れる前に踏ん張れと身体の中で抵抗し、それは言葉にも表れた。
聖裕「え、遠慮しときます...」
華凛「そ、じゃあ私から行くね。」
そう言うと華凛さんは素早く此方の背後に周り込むと脇の下から腕を回しては腹部の前で結び、全身を包み込んで来る。
細くて長い脚も自分の股の間に割り入り、股間を押し上げながら身体を密着させて来た為か思わず前屈みになってしまうが、そんな自分を見て彼女は耳元で囁く様にして言葉を紡いだ。
華凛「欲しいならちゃんと言わなきゃ。ね?華凛さん、欲しいですって。ちゃぁんと、ハッキリと。」
聖裕「な、何か意味深...」
華凛「意味深?私は事実を告げただけだよ。ぎゅーって聖裕、君に、して欲しいなって。」
聖裕「へ、変な所で区切るの止めて下さい!」
華凛「何考えてるの?えっち。」
明らかに図った様な表情でそう言っては説得力も何も無い。更に人がいないから良い物の、現在いる場所は外へ出る一歩手前。言わばギリギリ校舎内。
当然の如く誰かに見られるのは恥ずかしい訳で、自分は彼女の腕を引っ張って強引にでも校舎の外へと出た。二人で共に駐輪場に着いた後は各々自転車を取っては鍵を差し込んではスタンドを蹴り上げて跨っては正門まで自転車を軽く漕いで行く。
その間、華凛さんとは何一つとして会話は無かったが此方を見詰める彼女の目線は確かに自分を捕らえていた。
華凛「今日一緒に帰れる?」
聖裕「あっ、はい。華凛さんは?」
華凛「私も。で何で聞いたか知りたい?」
聖裕「そりゃ気になりますよ。」
華凛「明日の夜まで、親いないんだよね。」
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