第七話 お返し
今日の華道部の活動が終了し、校舎の上に夕刻の空が広がる。ロッカールームで部活動用具を鞄に突っ込んでは片付けを終えた部員一同が昇降口へと向かう中で、自分は一人女子生徒を正門にて待っていた。
華凛さんでは無く、クラスメイトの卯月乃愛。肩までの金髪にラベンダー色の瞳。そしてあの制服の着こなし。その特徴的な姿は正門からでも見分ける事が出来る。
乃愛「聖裕ー!今行くー!」
聖裕「あぁ、ゆっくりで良いよー!」
自分に気付いた彼女は手を振りながら走って来る。しかし背負った鞄や手荷物が邪魔なのかそれが中々上手く走って来れない様子で少し無理がありそうだった。
学園前の桜並木も人が通らないのを良い事に砂埃を上げられドタドタと駆けては肩で息をする彼女は疲労で荒い息を切らしながらも笑った。
乃愛「ごめんごめんっ...。急いだつもりだったんだけどさ、結構待たせちゃったかなぁ?」
聖裕「大丈夫、全然待ってない。今来た所だから。」
乃愛「そう?なら良かった。」
嘘だが、彼女が息を切らしながら走って来てくれたのを思うと少し待った甲斐もあったという物だ。やがて乃愛さんは『行こ?』の一言と共に重たそうな鞄を背負い直しては校門へと歩き始めたので自分もそれに付いて行く様に歩み始める。
そして彼女の隣へ並ぶと同時に彼女の方から話を切り出して来た。
乃愛「あのさ...さっきはごめん。華凛先輩との時間邪魔しちゃってさ、空気も台無しにしちゃったし...」
聖裕「あぁ、大丈夫よ。華凛さんもあの後機嫌直してくれたからさ。しかも乃愛さん、さっき華凛さんに謝ってたでしょ?あの様子見たらちゃんと伝わってるよ。」
乃愛「そっか...なら良かった。もう今日嫌われたかもーとかって思って不安になってたからさー」
先程の遅れを気にしているのか、彼女は眉を下げて笑いつつも謝罪の言葉を述べて来る。その事に対して自分は『大丈夫』と声を掛けると嬉しそうに口角を上げる彼女。
その後は自分が知ってる限りの華道部の情報や癖の強い先輩を紹介したりと会話は弾んでいた。話の中でもリアクションを起こしてくれたり質問等で会話を弾ませてくれるのは基本的に乃愛さんなのだが、流石はギャルのコミュ力と言った所。
自分も徐々に打ち解けていては話は会話だけに留まらない程に、特に乃愛さんは積極的に接してくれる様になった。
そして道の分かれる大通りの交差点が目先に迫って来た頃。お互い帰宅の道へ曲がる所で、乃愛さんはニコリと此方に微笑む。
乃愛「アタシ此処で曲がって行くからさ、ここでお別れにしよっか。じゃーね!また明日クラスで!」
聖裕「うん、乃愛さんまた明日!」
そうしてお互い手を振りながら『バイバイ』を言い合っては彼女の去っていく背中を眺める。小柄だがあの制服の着こなし、そして行動力があれば相当なコミュ力で人を惹きつける事も可能だと感じた。
やはりギャルも侮れないと何度目かの感心を抱く中で自分も自宅を目指す為に方向転換して歩み出す。家までは少々歩く事になってしまったが、大切な人間関係を築けそうな人に出会えた事に感謝するべきだろう。
聖裕「友達出来たっ...!」
少ない言葉で呟いた声と共に目標へ近付いている事を実感する。まだ入学二日目にして友達が二人も出来た。その内の一人は想い人で友達と言うの曖昧ではあるが、まぁきっと友達。
このまま距離を詰めて友人にまで発展する事が出来れば万々歳だ。一人を思い浮かべては楽観的思考の波に乗りながら道を進んでいると交差点を目前にし、そして青信号に変わっていく瞬間を自分の目が捉えると同時にその信号は赤から青へと切り替わった。
聖裕「あ、ラッキー。」
独り言を零しつつ青信号を渡ろうとした時、不意に後方から肩を掴まれた。
華凛「ばぁ。」
聖裕「か、華凛さん!?何で!?」
華凛「こっちのセリフ。普段見ないのに急に姿見えたから。」
確かに此処の横断歩道は普段から車通りが少なく、歩行者専用という訳でもないので急いで渡る必要がある人しか使わない為見掛ける事が少ないのだ。
これから目まぐるしく世界が広がって行く予感に胸を踊らせている中で偶然にも華凛さんと出くわすなんて。
華凛「あ、乃愛ちゃん送った帰り?」
聖裕「はい。華凛さんも今から帰宅ですか?」
華凛「そうだよ、私はちょっと前に出た所だからさ。」
そう言いながら彼女は横に並ぶ形で歩行を再開する。下校中の男女二人による話題は、今日の部活動で行われた出来事や共通認識すべき重要点だった物が多かったのだがその中で少し逸れた話にもなった。
聖裕「そういえば華凛さんって部活中もですけど普段もそんな着崩さないんですね。」
華凛「んー、着崩す必要が無いんだよね。部長って立場もあるし、着崩してまでオシャレする様なキャラでも無いし。服に拘るのはプライベートだけで十分かな。」
聖裕「華凛さん私服オシャレですもんね。」
華凛「そ?ありがと。」
会話を繰り広げる中で、華凛さんの表情が少し柔らかくなった気がする。比較しているのは今日の機嫌が悪い時では無く、昨日の夕食の時だ。
その時と今現在じゃ全然違う表情を見せていては雑談を続けていても人が変わった様に柔らかい表情。その中でも通常の華凛さんらしい部分もちゃんと残している。
華凛「今日も送ってこうか?」
聖裕「良いんですか?」
華凛「良いよ。君の迷惑になる訳じゃ無いなら。」
聖裕「それじゃあ、お願いします!」
昨日の別れ際にも思っていたのだがやはりこの人の優しさに甘えてしまう自分もいては少々自制しなければならないと反省する。
だが今夜も一緒に帰れるというだけで気持ちが高ぶってしまう自分は不純なのだろうか。多分そうなのだろうなと思った時が少しだけ虚しさを抱いた。なるべく浮かれた様子は見せず冷静に。
歩調を合わせてくれながら隣を歩く彼女の横顔をちらちらと横目にしていると気付かれた様で、此方に顔を向けた華凛さんと目が合う。
華凛「どうしたの?さっきからチラチラ見て。」
聖裕「あ、いや...その、色仕掛け減ったなって。」
華凛「え、期待してた?」
聖裕「ちちち違います!!何か、認識がただの後輩に変わっちゃったのかなとか、その...。あ、でも!悪い意味じゃ無いですよ!?」
慌てて弁解する自分の反応に華凛さんがクスクスと笑うのが聞こえる。しかしそれは嘲笑では無く、ただ単に可愛らしい物を見た時の笑みだった。
華凛「可愛い。本当に。今人通り少ないからしても良いよ?」
聖裕「あ、改めて言われると恥ずかしいです!」
華凛「だろうなって思ってた。抱き締めて良い?」
聖裕「えっ!!」
華凛「これは揶揄いとかじゃ無くて私からの愛情表現だから。」
突然の受け入れ可能な条件を出され、またしても本心は正直に反応する。明らかに普通の男子にはしない行動である『抱き締める』と言う行動、『愛情表現』と言う言葉に異常な程胸が高鳴って仕方が無い。
更にこの言葉が本心、しかし分からない。友人的な好意なのか恋愛的な好意なのかが疑問に思って仕方が無い。何処かの姫を助けてくれた勇者の様に真っ直ぐな目をしながらも横並びになっている彼女は手を此方に向かって伸ばして来ていた。
今此処で抱き締められても良い気がするがそれでも自分は純情を貫き続ける為に自分から抱擁を交わす事も無く受け入れるという愚行もしなかった。
華凛「恥ずかしがり屋さんだなー聖裕君は。」
そんな自分の抵抗に上機嫌になった様子で『うりうり』と頬を指でつつかれる。そして抵抗した筈なのだが、次の瞬間には後ろに柔らかで生暖かい感触が。
聖裕「かっ、華凛さん!?」
華凛「期待してたくせに。」
驚きで声を張る自分の声が横から聞こえた事で今の状況は分かった。柔らかな感触の正体は自分の右肩辺りからの抱擁らしい。
逃げる事は当然出来るが、腕に纏っている衣服の締め付け具合と体臭から自然と抱き締められている事へ抵抗感が無くなろうとしている自分に気が付き思わず頬を熱くする。そのまま人気の少ない空間に二人で取り残される中、耳元で華凛さんは自分に告げた。
華凛「本当に可愛____」
唐突に。華凛さんの声が途切れた。代わりに聞こえるのは若い男女の囃し立てる様な声。そして、その声から感じ取る事が出来るのは明らかな嘲笑。
しかし自分は華凛さんの身体の前に抱き締められている為に状況を確認する事が一切出来ない。沈黙の間、次に聞こえた声はハッキリと鼓膜を振動させた。
「あれガバじゃね?」
「うわマジじゃん!てかアイツに彼氏いんの?」
「襲ってんじゃね?エグいエグい、うぅっわ、キッショ。」
「ってかウチら気付いて無いフリとかした方が良くね?あと、明日これアイツらに言お?」
耳を通る下卑た笑い声や誹謗中傷と言うより侮辱に近い発言の数々が心身共に身動き一つ許さない状態だった。華凛さんも例外では無く、時が止まった様に身体は硬直しているが此方を抱き締める力は更に強くなっていく。
聖裕「華凛さん...どうしました?」
華凛「ううん、行こっか。このまま抱き締めてて良い?」
聖裕「ぜ、全然。」
華凛「良かった。密着してる方が何故か安心するの。」
聖裕「...あ、僕も同じです。」
華凛「優しいよね、君って。」
その後は一言も喋らず足早に帰路を進む二人。そして自分の家の前で別れようとした時、彼女はまた自分を抱き締めて来る。今度は先程よりも強い抱擁に思わず声を漏らした自分だが華凛さんは何も言う事は無く、そのまま無言で身体を離すと一言だけ呟いた。
華凛「ごめん、もう少しだけ...良いかな?今度は前から抱き締めさせて欲しい。」
聖裕「は、はい!」
華凛「ありがと。...ごめんね。夜にいっぱいお返しするから。」
聖裕「お、お返し!?」
華凛「んふっ、内緒。じゃ、また夜ね。」
お返しが気になる中で華凛さんは大きく手を振りながらその場を立ち去って行った。寂しげに、そして自己嫌悪にも陥っていそうな雰囲気から察せる事と言えば彼女が何らかの誹謗中傷を受けているのでは無いかと言う点。
しかし自分は何も見ていないし確認もしていない。更に自分が心配しては折角の雰囲気を台無しにしてしまうのでは無いかと、そう考えてしまう。
______その夜。時刻は21:00頃。布団に寝転ぶ自分のスマートフォンから着信音が鳴り響く。その着信は華凛さんからの物だった。メールで『電話、良いかな。』と言う件名で送られてきた為にどうやらどうしても気になる様子である事を悟る。
寝転がった姿勢から上体を起こしつつ即座に通話をする状態にしてスマートフォンを耳へ当てた。
聖裕「もっ、もしもし!」
華凛『あ、遅くにごめんね...待った?』
聖裕「全然待ちませんよ!」
華凛『んふっ、優しいね。私の事好きすぎ。』
聖裕「そ、そりゃ好きですよ...」
自分の本心を包み隠さずに伝えると電話越しで『あはっ』と笑い声が聞こえた。通話だと本当に何もかも置いて二人きりの空間になった様に錯覚する。その錯覚がまた自分は彼女が好きであると再認識させる。
華凛『私も好きだよ。』
聖裕「あ、えっ!?えぇえっ!??」
華凛『あははっ、動揺し過ぎ、可愛いなぁ...もう。』
聖裕「う、嘘?」
華凛『んー、どうでしょ。でも悪戯好きなのは知ってるでしょ?』
聖裕「んんっ...」
何度も繰り返した会話に何故か言い包められてしまいそうになる自分がいた。華凛さんもそれを勘付いていたのか、少し間を置いてからフッと息を吐き出したかと思うと一つの提案を口にした。
華凛『ね、提案なんだけどさ...また暇な時に掛けても良い?』
聖裕「あ、はい。全然。」
華凛『それなら良かった。夜また電話するからさ?ちゃんと出てよ?居なかったら拗ねるから。』
聖裕「か、可愛い...」
今度は思わず意図せず口から本音が漏れてしまった。その事で華凛さんがクスクスと笑う声が聞こえると自分は不意に恥ずかしくなって布団に身体を投げ出す様に押し付ける。
一方で華凛さんの方からも同じ様な柔らかで籠った鈍い音が鳴った。ここまで幸せを実感したのは何時ぶりだろうか。彼女の存在自体が自分の心を高鳴らせては楽しませてくれる。
身体では無く、本心から癒しをくれる彼女へ愛情は際限なく溢れ返って来るのだ。そんな感情が自分を愛の興奮状態へ導く。止めようの無い程に愛情が溢れ出した結果がこれだ。
聖裕「か、華凛さん...好きです、本当にもう好きすぎて、その...」
華凛『止まんない?』
聖裕「...はい。」
華凛『...そっか、』
その返事と共に軽い音が画面の向こうから聞こえて来る。そして華凛さんが『あ、』と声を漏らしたのも束の間。自分の耳には布が擦れる様な音や衣服の袖が揺れる音が聞こえた。
聖裕「か、華凛さん?」
華凛『んっ...聖裕君...はぁっ...』
聖裕「かっ、かかかか華凛さぁんっ!!??」
華凛『んっ...きもちぃ...』
脳が錯乱する。突如として脳に叩き込まれた情報には敏感過ぎる。これは通話だ、耳には電話を当てた際に振動する固い物がある。カバーのプラスチックが擦れる音だとしてもこの妙に艶めかしい音の正体を自分の中で形容し切れずにいる。
何をしているのか、そして華凛さんは何処でしているのか、何故今しているのか。自分の感情や感覚が限界まで高まっては脳に酸素が回らなくなってしまいそうになる。
華凛『あぁっ...良い...聖裕君もする?一緒にしよ...』
聖裕「え!?な、何をですか!?」
華凛『ストレッチ』
聖裕「え、」
声が漏れる。先程までの胸の高鳴りは嘘の様に消えて胸が締め付けられる様に苦しかった。一瞬何を言われたのかさえ理解する事を拒んでいた頭は今では正常に作動している。
そんな錯覚が自分の中で起きる程には華凛さんの一言で自分は混乱の極みへ叩き落とされたのだ。
華凛『勘違いしちゃったねー?』
聖裕「じ、自覚あったんですか!?」
華凛『うん、だってそのつもりで始めたから。』
自分の勘違いで一喜一憂する自分が馬鹿らしくも思えたが、その反面に安堵感は計り知れない程大きかった。そして同時に彼女の悪戯心には驚かされっぱなしだ。
どれだけ自分は彼女に振り回されているのだろうかと疑問を浮かべるが、そんな考えは次の一言によって掻き消されてしまう。それはまるで悪魔の様な囁きでスピーカーから此方の耳へ音を吹き込む。再び胸が揺れる言葉を。
華凛『ねぇ、さっき私さ「いっぱいお返しする」って言ったよね?』
聖裕「あ、はい。言ってましたね。」
華凛『好きな事してあげる。今出来る事なら叶えてあげる。』
聖裕「す、好きな事?」
華凛『ん、して欲しい事とか、したい事。』
聖裕「え、えぇっ?」
華凛『あはっ、想像したでしょ?』
電話越しにからかう様に話す彼女に翻弄されてばかりで会話の主導権は握り切れない。これ以上聞いても混乱し切っていそうな頭では何も答えが出ないだろう。
しかし、華凛さんとしたい事は一つ思い浮かんだ。主にカップル達がする事だろうと自分に言い聞かせつつ、今自分に出来る精一杯の勇気を持って言葉にする。
聖裕「ね、寝落ち通話とか...したいです。」
華凛『ふーん、ドキドキすんね。良いよ。しようか。』
その言葉が告げられると同時にスイッチを切る様な音と布団カバーが擦れる音、枕に頭を勢い良く置いたかの様な衝撃音が続く。大方今の音が想像通りならば華凛さんは電話が繋がったままのスマートフォンを布団のすぐ傍に置いている筈だ。
恐らく寝る準備を済ませてくれたのだろう。自分も同じ様に部屋の電気を消しては布団へと身を投げた。
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