第四話 距離感
華道部見学会が終了してから約5分程正門で華凛さんを待っていた。今思えば部活が終了している生徒の殆どは自分同様に家へ帰るか、別の所へ行こうか迷っている人が多い。
そんな中で先輩を待っている自分に何処か特別感を感じてしまう。傍から見れば部活動の先輩と後輩、そんな印象が見えて来る事だろう。いや実際そうなのだが。
その時、
華凛「あれ?本当に待ってたんだ?」
背後から聞こえて来た声に過剰反応してしまったのか、身体をびくんと跳ねさせてしまった後に相手の方向へ身体を向ける。勿論同じ場所に留まる様な事はしない。
聖裕「そりゃ華凛さんから待っててってメッセージ来たので、」
華凛「ふぅん...素直だね?」
彼女はそう言いながら此方の瞳を捉えた。特に理由は無い様で、言葉を言い終えた後に首を傾けて前髪を揺らしていた。
華凛「送ってくよ。今日は悪い事しちゃったし。」
聖裕「悪い事...?」
華凛「新入生なのに先輩と付き合ってるみたいに言われちゃって、嫌な気分になったでしょ。ごめんね?」
聖裕「あっ...い、いや全然!気にしないで下さい!」
華凛さんは悪戯心で色仕掛けを仕掛けて来たのだろうし、悪気は無いはず。あったとしても寄せている好意が彼女の悪気を帳消しにしてくれる。
しかし謝られてる時点で華凛さんが此方へ抱く感情はただの後輩、又はからかって楽しい後輩というものだろう。それを嫌だと感じる事は無かったが、少し傷つく自分自身がいた事に落胆する。
そんな陰鬱な感情を揉み消すかの様に華凛さんが続けて言葉を並べた。
華凛「聖裕君さ、何でそんな純粋なの?私結構悪戯したんだよ?それでも嫌な顔一つしないし。ちょっと心配。」
聖裕「え?」
彼女の言葉に思わず困惑の声が漏れてしまう。先程から自分の事を気遣ってくれている様な発言が続いていて、その真意が掴めずにいる。からかう事は呼吸をする様に行う華凛さんであるが、その中に罪悪感でもあるのだろうか。
聖裕「何でって...華凛さんが忘れられないから好きでいるだけですよ。」
華凛「...ふっ、アレがまたシたいだけなんじゃないの?」
聖裕「アレって__」
華凛「セックス。」
澄ました様な、此方の考える事は全て彼女の手中に収まっているとでも言いたげな余裕のある表情で彼女は此方に視線を送りながらそう言う。自転車を止めて此方に向き合いながら。
聖裕「っな、何でそんな事言うんですか...!」
華凛「事実でしょ?」
赤面する事を本能が避ける様に顔を俯かせつつ彼女に真意を問う。しかしやはりそれは意味の無い事で、自分に羞恥の感情を与える為に故意にその様な言い回しをした事は間違いなかった。
それが改めて実感出来た次の瞬間には自分の顔に何かを押し付けられる感触に襲われる。それが華凛さんの豊満な胸部だと理解した瞬間には早くも脳の処理が追い付かない程にショート寸前。だが、次に彼女の口から吐かれたのは愛の欠片も無い言葉だった。
華凛「セフレの好きと本当の好きは違うから。君は前者でしょ?私の事。」
聖裕「っ、」
華凛「やっぱ思春期。ま、それでも良いけどね。」
溜息と共に吐かれる言葉は何処か華凛さんの中に秘められた様々な負の感情が推測出来る。その胸に秘められた思いを知りたいと願いつつ、身体の事でしか彼女との思い出が無い自分が憎くて恥ずかしくて、そんな感情に押し潰される様に顔を俯かせてしまう。
華凛「...聖裕君?」
聖裕「あっ、すみません。」
華凛「大丈夫。ねぇ、まだ昼間だから寄り道する?それとも帰る?」
聖裕「寄り道?」
予想外の発言に声を漏らさずには居られない。やはり華凛さんは自分をからかっているのだろうか。純粋な後輩として見られていないのか。そんなショックが今も尚心にのし掛かる。
しかし彼女は此方をからかって遊んでいる訳でも無い様だった。その証拠に彼女の視線はしっかりと自分の目を見据えている。その目は真剣そのもので嘘偽り等無いと訴えかけている様にも思えたのだ。
華凜「どうしたの?何か考え事?」
聖裕「い、いや。寄り道したいです。」
華凛「分かった、じゃ行こうか。」
そう言った後に自転車を押し始める彼女の隣へ並ぶ様に寄り添って歩む。自分は今まで華凛さんの事を身体でしか見ていなかったのか。それで彼女の事を知った気になってしまっていたのか。
自責の念を自分に押し込みながら隣で歩みを進める彼女の横顔を今一度覗いてみる。しかし何度眺めても、それはそのはずだった。彼女は体つきが全体的に女性と一括りに出来る程非常に美麗なのだ。
それに加えて大人の余裕を感じさせる意地悪さも兼ね備えており、彼処まで近づかれるとどうも男心は嫌でも揺れ動いてしまうのは事実である。
華凛「なーに?」
聖裕「えっ、あ、すみません!」
華凜「ふっ、やっぱ君面白いよ。もっと深いとこまで知りたくなっちゃうな。」
聖裕「...一緒です。華凛さんの事もっと知りたいって思って。」
華凛「あっは、やっぱり可愛いねほんと。私も君の事知りたい。」
向こうの此方を"知りたい"と思う感情は何の感情かは分からない。心、身体。どちらを知りたいのかは彼女本人にしか分からない。しかし此方の"知りたい"は方向性が変わっていた。身体では無く、彼女の本質とでも言えば良いだろうか。
今まで自分が華凛さんに向けていた行為は性的な好意で、決して彼女を愛そうとか寄り添おうとかの感情は一切無く、彼女が欲しいとしか思っていなかった。その有り得ない程単純で、馬鹿で、幼稚な自分が憎くて嫌になる。純粋な好意を抱けなかった自分が。
____そんな訳で寄り道と称し、華凜さんが連れて行ってくれたのは近所の公園。此方の家とは反対方向にあり、遊具もブランコと滑り台、そして砂場に鉄棒があるぐらいで大層な遊び場とは言えない。しかし華凛さん曰く『ここなら人来ないし』だそう。
華凜「はい、これ。」
聖裕「え?」
華凛さんはそう言いながら先程しれっと寄った自販機で買ったと思われる炭酸ジュースを手渡して来た。ご丁寧に自分の分まで買ってくれている。
華凛「ん、私の奢り。」
聖裕「あっ!いやっすみません!」
急いで財布を取り出そうとするもそれすら止められる。それどころか笑顔で一言だけ吐き捨てた後に隣の椅子へ腰掛ける。その一連の動きに自分は自分が子供みたいに情けなく感じて仕方が無かった。
彼女も外見だけで言えば大人で高校生、更に年も2つ上。それなのに自分は子供みたいに奢って貰っている。
聖裕「...ありがとうございます。」
華凜「良いの、気にしないで?」
そうは言っても気にしてしまうのが性というもので、炭酸ジュースの蓋を捻る力にすら力が籠ってしまう。しかし彼女はそんな此方の様子を気遣ってか、自分の隣へ腰掛けて口を開いた。
華凛「聖裕君さ。何でそんな悩んでんの?何かあるなら話しなよ。」
聖裕「...その、僕今まで華凛さんに純粋な好意を向けられてた気がしなくて。」
華凜「あは、何それ?純粋って。」
聖裕「いや...だからその、身体でしか見ていなかったというか...」
自分の不甲斐なさに思わず顔を俯かせてしまう。そんな様子を見てなのか、彼女は此方の肩に手を回して抱き寄せながら『大丈夫』と一言だけ呟く。
華凛「あのね、一回身体を重ねただけの人を心から好きになるのは無理だよ。何処かでその行為がフラッシュバックしてそっちを求めちゃうと思うし。」
聖裕「はい...」
華凛「君は本当に優しいね。こんなどうしようもない先輩の事まで気遣ってくれてる。でも良いんだよ?嫌な事は嫌って言っても。後輩に気を遣わせるのは私も本意じゃないし。」
優しく諭す様にそんな事を言う彼女ではあるが、その言葉に裏表や策略は全く感じなかった。彼女は純粋に此方を心配してくれた上での言葉であると実感する。意思に反して華凛さんの肩に寄りかかってしまう自分に、華凛さんは息を溢しては此方にこう告げた。
華凜「入学一日目の君に良い事教えてあげる。私、今彼氏いないから。んで、同級生後輩全部含めて男子でここまで仲良くなったのは君だけ。さ、聖裕君はこれからどう言う選択を取るの?」
聖裕「っ!」
華凛さんの唇が自分の耳を優しくなぞる感覚に身体は抵抗する事無く受け入れてしまう。吐息が耳に掛かり、身体が意志とは無関係に疼きと悦びを感じて飛び上がりそうに。そこから更に追い討ちを掛ける様に彼女は口角を上げながら軽く言葉を発す。
華凜「今のでエッチなの想像したなら、まだまだ子供だね。」
聖裕「ず、ズルくないですか...?」
華凜「だって好きとかより先にエロが来るんだもん。ま、図星なんでしょ?」
聖裕「うぅっ、」
自分の考えの幼稚さを改めて思い知らされる反面、流石にこれは華凛さんにも問題があると確信する。だって男ならエロで物事を判断してしまうに決まっているでしょう?なんて理屈を並べてみるも、そんな事を口にする度胸等有るはずも無い。
今一度深い溜息を吐いては改めて話を切り出した。
聖裕「か、華凛さんは好きな人とかいます...?」
華凛「んー、ハッキリ言うなら今はいないよ。聖裕君って言って欲しかった?」
毎度毎度図星を突かれてしまうと、今度こそ呆れてものが言えなくなりそうである。しかし彼女はそんな事すらも見越してか此方の返事を待つ事無く話を続けた。
華凜「そもそも彼氏出来そうになったらスパッと切るよ。身体だけ繋がって心は繋がって無いのに関係をズルズルと引っ張るなんて有り得ないからね。」
聖裕「そ、そうですよね...」
華凛「浮かない顔しないの、少なくとも私は聖裕君を悪い様に思って無いから。」
聖裕「それは...」
華凜「ん?」
自分の浮かない顔を察する様に、彼女は椅子に腰かけて足を揺らしながら言葉を溢す。その気怠げで色気のある仕草は見る者全てを魅了する様だった。そんな姿に惚れない人が居るだろうか。いや居ないだろう。少なくとも自分は彼女の虜である事は間違いない。
聖裕「華凛さんは...僕の事どう思ってますか...?」
彼女からの返事は無い。ただ黙って此方の目を見据えているだけ。しかし、此方を数秒間見詰めた後に彼女はその口を開いた。
華凛「ま、普通の男子と一緒では無いかな。ちょーっとだけ、君の方が優位にはいるけど。」
聖裕「それって...!」
華凛「...さぁね。んじゃ、そろそろ帰ろっか?」
それは肯定と捉えて良いのだろうか。今自分の想いは報われる可能性が訪れたのではないだろうか。先程までの不安や悩みは全てすっ飛んで行く程に幸せだった。そんな喜びに浸っている時に彼女は更に一言言い放つ。
華凜「ほらっ、帰ろうよ?早くしないと置いてくぞー。」
そして公園の出口へ歩みを進める彼女に必死に追いつこうとする自分。それに追いつく様にして再び二人並んで帰路を行く。途中何度も此方の頬をつつく悪戯っぽい笑みを見せては楽しそうに言う彼女の何気ない仕草に心は揺れた。
足並み揃えて、同じ歩幅で、距離を縮める様に。道を照らす太陽は果て無く青い春空と軽快な二人の影を遠くまで伸ばすのだった。
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