第十五話(終)

 案内された地上10階の会議室は、三人で使うには広すぎるほどだった。仁志とキラリは、中央の長机を挟んで森村と向かい合って座った。


「ほな、説明してもらおか」


 森村が前のめりになって尋ねてきた。正直、キラリの正体を見破られたときは危機を感じたが、現状からの打開策が見つからない今、公式側の──しかも、最もアイステに詳しい人間と接触できたことはむしろチャンスに思えた。


「わかりました」


 仁志はこれまでの出来事をすべて包み隠さず森村に伝えた。およそこの世の常識では考えられない話にもかかわらず、森村は「なるほど、大体わかった」と質問も返さず受け止めた。


「前から不思議に思うとったんや。これまでようさんホンを書いてきたが、時々、自分で書いたはずやのに、一体どうやってそのアイデアを思いついたのかサッパリ思い出されへんことがあった。それが、実はよその世界の出来事をノーミソが受信してた……っちゅうんなら、オレの『アイデアが降りてくる』いう表現もあながち間違っとらんかったわけやな」


 薄々そんな気がしていたらしい森村は、ひとりごちて頷いた。


「……しかし、そうなるとオレが話を書かれへんのもやむなしやな」


「え、話を……?」


 仁志が思わず聞き返した。


「そや。なんぼ考えても日向キラリがトップアイドルになるビジョンが見えへんから、ラストシーンが書けへんで困っとるんやわ」


「そ、そうだったんですか……」


「オレが東京駅のオフィシャルショップに行ったんも、アイステ好きのお客さんを見て、なんぞええアイデアでも思い付かんかなと思ってのことや。あと、あそこには未来人のウワサもあったしな」


「未来人、ですか?」


 仁志が訝しげに尋ねた。


「おう。うちの会社で作っとる『ふたりでミラキュー』いうアニメ、知っとるか?」


「え、ええ……」


「そのミラキューのショップもモールの中にあるんやが、二年ほど前、そこに未来人が現れたっちゅうウワサがたってな。なんでも、翌年に登場する新キャラのぬいぐるみを持った客がおったとかで、社内でちょっとした騒ぎになったんやわ。……ま、もしホンマにそんな未来人がおるんやったら、話のアイデアを教えてほしいと思ってな。ま、これはジョーダンやジョーダン」


「は、はは……」


 心当たりのありすぎる仁志は乾いた笑いを返すことしかできなかった。


「……しかし、その話を聞いたらオレが書けへんのも納得や。なんせ、こっちからしたら原作者が失踪したようなモンやからな」


「あ、あの、こんなこと、あたしが言うのはおこがましいと思うんですけど……」


 そう前置きして、キラリが申し訳なさそうに言った。


「アニメの中の日向キラリは、森村さんの自由に書いてもらってもいいんじゃないでしょうか」


「ほう、なんでそんなこと言うんや?」


「……あたしが帰れないことで、みなさんに迷惑をかけたくないんです。アニメを楽しみに待ってくれてる子どもたちにも……」


 キラリはキラリなりに責任を感じていたようだった。けれど、森村は首を縦には振らなかった。


「……ま、そう言うやろうとわかってたから腹も立たんけどな。……お前な、物書きなめたらあかんぞ」


「えっ」


「自分で納得できひんまま書いたら、魂が乗らんのや。薄っぺらい、誰の心にも響かん話になってまう。それだけは絶対にやったらアカン。特に子ども向けアニメではな。子どもはホンマに鋭いで。大人のウソなんかすぐに見抜きよる。……ちゅうわけやから、お前は余計なこと考えんと、元の世界に戻ることだけに集中しとったらええ」


「は、はい。わかりました……! でも、どうすればいいのか……」


 結局、話はそこに戻る。しかし、森村はあっけらかんと言った。


「そんなん決まってるやん。ステージが怖くて逃げ出したのが原因なら、ステージに立てるようになったらええねん」


「それはそうなのですが……」


 仁志が口を挟んだ。もちろん、それは彼もわかっているのだ。


「これまでのミニライブで、キラリさんはもうユイさんと同じセットリストをこなせるだけの実力はつけているんです」


「けど、それはホンマのステージやない」


「それは……」


「練習と、客の前に立つ本番のステージとはまったく違う。それはキラリ、お前が一番ようわかってるんとちゃうか?」


「……………………」


 キラリの沈黙がその答えだった。


「お前の心の奥底には、まだステージに対する恐怖心が残ってるんや。そして、それを取り除く方法はただ一つしかない」


 森村はニヤリと笑った。


「立つんや、ホンマもんのステージに」

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