第十二話(終)
(少し遅くなってしまいましたね)
ゲームコーナーから帰宅した仁志は腕時計を見て呟いた。扉を開け、「ただいま帰りました」と廊下の奥に向かって声を掛ける。
「お、おかえりなさい~……」
とキラリがふらつきながら出てきたのは、廊下の突き当たりにある居間ではなく、その手前──仁志の書斎からだった。その手にはシャープペンシル、頭には古風なことにハチマキが巻かれている。
「勉強の進み具合はどうですか?」
「な、なんとか、予定のとこまで終わりましたぁ……」
「それはすごい。では、お疲れ様ということで晩ご飯のカレーにしましょうか。すみませんが、先に居間のテーブルを拭いておいてもらえますか?」
「わかりました! はぁ~、おなかすいたぁ~! カレー楽しみだなぁ~」
と無邪気に鼻歌交じりで台所へと駆けていくキラリの背中を見送りつつ、仁志は書斎を覗きこんだ。奥のデスクには各教科の問題集と参考書が山積みになっている。仁志がキラリのために用意したものだ。いくらアイドルといえど、学生は勉強が本分である。以前、仁志の言っていた「絶対にやっていただかないといけないこと」とはこのことであった。仁志はキラリがこちらの世界に居る間、学習に遅れが出ないようサポートをすることにしたのだ。
「おじさぁん、テーブル拭けたから早く食べましょ〜!」
「はいはい、今行きます」
※ ※ ※
「ん~っ! おいしいですっ! ママの味とは違うけど、おじさんのカレーも最高!」
言って、キラリはまたスプーン山盛りに掬ったカレーを頬張った。
「お口に合ってなによりです」
多少大雑把に作っても、溶けたルウが失敗を覆い隠して味を誤魔化してくれるのがカレーのいいところだ。
「あっ! 夢園先輩!」
テレビに映った夢園咲を指差し、キラリは「いつ見てもカッコいいなぁ~」と恍惚の表情を見せた。仁志はこれまでの『アイステ』を知るため、時間を見つけては居間のテレビでアニメ『アイステ』の配信を流していた。すでに放送された一期は、主人公である夢園咲が努力と経験を重ねてトップアイドルになるまでの物語である。その過程で咲は徐々に上に立つ者としての自覚を備えていき、終盤では後進の育成に力を入れ始める。つまり、次世代の主人公であるキラリを見守り、育てるはずの役目は本来、咲が担うはずだったのだ。だが、今キラリはこちらの世界にいる。咲の代わりにキラリを見守る仁志には、彼女に歌もダンスもアイドルとしての心得も、何一つ教えることができない。仁志にはそれがもどかしかった。
※ ※ ※
「当面の服はこれでなんとかなるでしょうか」
晩ご飯を済ませて食器を片付けたテーブルに、仁志が今日の戦利品のカードを並べた。トップス・ボトムス・シューズの一式が揃った私服コーデが全部で10セット。しばらくはこれで着回しができそうだ。
「それから、こういうカードもあるのですが……」
最後に仁志が並べたのは、スーパープレミアム「ブレイブサンライズコーデ」の四枚。その輝きを目の当たりにして、キラリは思わず息を呑んだ。
「これって……!」
以前キラリが着ていたものとは明らかに異なる、特注で作られた華やかなステージ衣装。キラリは震える手でカードに手を伸ばし……そして、引っ込めた。
「今の私には……まだこれは着られません」
プレミアムドレスはアイドルを目指す者にとっての憧れであり、同時にアイドルとなった証明でもある。ステージに立つ覚悟と実力を備えたものでなければ袖を通す資格はない。そのことはキラリが一番よくわかっていた。
「わかりました。では、このカードは"そのとき"まで私が預かっておきます」
キラリは「まだ」と言った。彼女が前を向いているのならば、いつか必ずこのドレスを着られる日が来るだろう。仁志はカードをスリーブに収納し、大切に保管しておくことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます