第十二話(1)

 翌日、午後七時。仕事帰りの仁志は、また子どものいなくなったゲームコーナーを訪れていた。今日からは彼一人での調査である。子ども用の低い長椅子に腰掛けると、かかとが少し浮いた。筐体に百円硬貨を投入する。


"アイステ!"


(昨日とは別の曲にしてみましょうか)


 青いボタンを押して遊ぶ曲を選択する。


★『アイドルステージ』

 ぞくせい:ラブリー

★『ナイト・プリズム』

 ぞくせい:スタイリッシュ

★『はじける!サマービーチ』

 ぞくせい:チャーミング

★『さよならのリップ』

 ぞくせい:ビューティー


 前回は気が付かなかったが、曲にはそれぞれ「属性」というものが設定されている。あらためて手持ちのカードを見てみると、「ガーリーピンクトップス」カードにも「ラブリー」属性と書かれていた。


(なるほど、服装にはTPOがありますからね。曲の属性に合ったドレスを選ぶわけですか)


 と言いつつ、仁志はこのカードしか持っていないので、いったん属性の合致は気にしないことにして『ナイト・プリズム』を選択した。


"アイドルを選んでね!"


 昨日選んだ「夢園咲」を含め、全部で八人のアイドルがずらりと並んでいる。こうして画面を通して見る限りはただのゲームキャラクターだが、きっとみんな「あちらの世界」に実在しているのだ。キラリのあこがれる先輩、友人……そして家族。皆、今は会えない別の世界にいる。そう考えると、どうにかしてキラリを向こうに帰してやりたいという気持ちになる。


(よし、やるぞ)


 「ガーリーピンクトップス」カードをボタン横のカードリーダーにスライドして読み込ませる。カードの隅に印刷されたバーコードを認識させてドレスのデータを呼び出す仕組みだ。アイドルとドレスを決定すると、すぐに曲が始まった。


♪ ネオンの街に 溶け込む足音

  気分もふわり 浮いたみたい

  誰でもない 今日の私

  見破った嘘に うなずくの


 シンセサイザーを多用したおしゃれで軽快な曲調。まるで夜の街をオープンカーでドライブしているような気分になる。仁志にとっては懐かしいシティ・ポップだが、今の子どもたちの耳には新鮮に届くことだろう。そういえば、アニメ雑誌に掲載されていた作曲者インタビューにはこうあった。


"『アイステ』を通じて、子どもたちは様々なジャンルの曲にはじめて触れるんです。人生の原体験となる子ども向け作品だからこそ、手は抜けません。"


 実際に触れてみて、その言葉の意味がよくわかった。子ども向け作品を作っているのは、子どもに良いものを届けたいと願う大人なのだ。子どもは「子ども騙し」を残酷なほど鋭く見抜く。逆に、子どもの頃に好きになったものはその先、何十年経ってもいつまでも色褪せず輝き続ける。子ども向け作品を手がけるということは、その覚悟と責任を背負うということなのだ。


"ステージ大成功! カードが一枚、下から出てくるよ! 忘れないでとろうね!"


(これから生活するのに、いづみさんに何着も服を借り続けるわけにもいきませんし、私服っぽいカードが出てくれると助かるのですが)


 排出口に手を入れてカードに触れる。……なんだか表面がザラついている。取り出すと、それがカードを縁取る金の箔押しによるものだとわかった。


(『スーパープレミアム』……?)


 "ブレイブサンライズトップス"……その名の通り、夜明けの太陽のような眩しいオレンジ色のドレス。銀のネックレスとブレスレットは太陽の意匠を施した共通デザインで、照明を反射して美しく輝いている。ぱっくりと開いた肩とは対照的に、袖口は大きなパフスリーブ。末端を大きくすることでマスコット的な可愛らしいシルエットを作りつつ、ダンスの際には動作をダイナミックに見せてくれる効果がある。これは大きなステージで着れば、さぞ映えるドレスなのだろう。しかし、私服としては使えそうもない。


(うーん……こういうのじゃないんですよね)

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