第八話(終)
「い、一体なんなのよぉ~!?」
美園ヒトミは今、虹色のタマゴを抱えて必死に逃げ回っていた。入り組んだ住宅街を利用して身を隠すと、追跡してきた大きな黒い影が、さっきまで彼女のいた道を凄まじい勢いで通り過ぎていった。
「はあぁ……」
ヒトミは止めていた息を吐き出すと、抱きかかえたタマゴに「キミ、なんなの!?」と話しかけた。学校帰り、彼女は頭の中に呼びかけてくる謎の声に引き寄せられ、寂れた社でこのタマゴを拾った。その途端、空に真っ黒なトンネルが開いて、中から出てきたさっきの影がタマゴを狙って追いかけてきたのだ。
「……え、なに?」
また、ヒトミの頭の中にタマゴが話しかけてきた。
「うえ? うえって、上……?」
声の通りに見上げると、黒い影が家の屋根の上からヒトミを見下ろしていた。その姿は西洋の甲冑に身を包んだ騎士のように見えた。
「うええ~っ!?」
叫んでヒトミはまた駆け出した。だが、ここまで距離が縮まってしまうと、もう身を隠すこともできない。なんとか空き地に逃げ込んだところで、とうとう追いつかれてしまった。
「ど、どうしよう~!」
じりじりとにじり寄る影の騎士にヒトミは後ずさった。それでもタマゴだけはしっかり離さないように抱えていた。
「グオオオオ!」
咆哮を挙げながら騎士がヒトミに向かって駆け出し、手にした両刃の剣を振り上げる。ヒトミは恐怖のあまり目を瞑った。……だが、その剣が振り下ろされることはなかった。
「……えっ?」
おそるおそる目を開くと、剣はヒトミの頭上で止まっていた。
「ぬぬぬ……!」
ミラクル・ガールに変身したニコが間に割り込み、交差させた両腕で剣を受け止めてヒトミを守っていた。
「ええーいっ!」
動きの止まった騎士めがけて、キューティ・ガールに変身したミレイの華麗な飛び蹴りが炸裂し、その巨体を数メートル吹っ飛ばした。
「きみ、大丈夫?」
ニコに声をかけられてヒトミは我に返った。
「あ、あなたたちは……?」
「伝説の勇者、ミラキュー。ま、いわゆる正義の味方ってやつ!」
「ダメよニコ。最近は正義って言ってもいろいろあるんだから、そう軽々しく名乗るのはよくないわ」
ミレイからの指摘で、ニコは「ええ~? なんか、めんどくさいなぁ……」と頭を掻いた。そんなことをしている間に、ふっ飛ばされた黒い騎士が何事もなかったかのように立ち上がってきた。
「うわっ、タフ!」
「一体何者なのかしら? ジャークアーミーは倒したはずなのに……」
得体のしれない新たな敵の登場に、ミラキューたちは困惑しながら身構え、ヒトミを守って前に出た。そのとき。
「ジャークコンバット……」
ヒトミの唐突な呟きに、ニコとミレイが目を丸くして振り向いた。
「……えっ!? あっ、今この子がそう言ったんです!」
と、ヒトミが抱いたタマゴに視線を落とすと、突然タマゴが虹色の光を放ち始めた。
「なっ、なに!?」
光の中、タマゴに亀裂が走る。直後、勢いよく殻が弾け飛ぶと、中から黄色い毛玉の塊が飛び出した。
「わっ、と!」
上空から落ちてきた毛玉を、ヒトミが両腕で抱え込むようにキャッチした。毛玉はぶるぶると震えると、中に収納していた短い手足を伸ばし、長い両耳をだらりと垂らした。開いた両目は赤く、ぱっちりと丸い。得体はしれないが、間違いなく生き物だ。謎の生物はヒトミをじっと見つめて、そして叫んだ。
「伝説の勇者、ミラキューになるマポ!」
※ ※ ※
「ん……」
まぶたの裏にぼんやりとした明るさを感じて仁志は目を覚ました。顔を洗って眠気を飛ばすと、カーテンと窓を開けて部屋に陽の光と外気を取り込んだ。頬に当たる風は、冷たさの中にわずかな温もりを抱いていた。また、春が来た。
居間に戻り、用意した朝食に手を合わせる。焼きたてのトーストとサラダ、それに最近はホットミルク。仁志はスーツに着替えると、出勤前に忘れ物が無いかどうか念入りに確認した。ハンカチ、ティッシュ、定期、スマホ。それから。
「……よし」
最後に上着の内ポケットを覗きこんだ。小さな友人からもらった小さなライトがあった。仁志はいつも、それを肌身離さず大切に持ち歩いていた。仏壇に手を合わせ、妻の写真に「いってきます」と声を掛ける。彼女の表情が以前より明るく見えるのは、隣に仁志とマポの映った写真が飾ってあるからかもしれない。
「それじゃあ、今日もがんばりますか!」
二人に宣言して、仁志はまた日常へと踏み出したのだった。
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