第四話(終)
「にわかには信じらんないよ……」
三人はいったん居間に集まり、マポと女の子はお互いに自己紹介をした。彼女は仁志の妹の娘、つまり姪で、名は
「けど実際、目の前にいるもんね。うん……」
いづみは無理やり自分を納得させるように言った。このあり得ない現実に理解が追いつくには、まだ少し時間がかかることだろう。
「そういうわけで、マポさんを元の世界に帰す方法を探しているんです。……ところで、いづみさんはミラキューのこと、詳しいんですか? 恥ずかしながら、私はマポさんに会うまでまったく知らなくて……」
申し訳無さそうに尋ねる仁志に、いづみはまた目を丸くして驚いた様子で言った。
「ええ~? おじちゃん、もしかして忘れちゃったの?」
言われて仁志はきょとんとした。つまり忘れているということだ。
「あたしが小学二年の時、誕プレにミラキューのコンパクト買ってくれたじゃん!」
「……そうでしたっけ?」
人間、興味のないことに対する記憶は薄いものである。まして十年以上も前となれば覚えていなくても無理はない。
「おばさんと一緒にデパートに買いに連れてってくれたじゃん!」
「……でしたっけ」
なかなか思い出せない仁志に、いづみが呆れた顔をした。
「もう~、おじちゃんしっかりしてよ~」
「仁志~、しっかりするマポ~」
なぜかマポもえらそうに続けた。
「そーだ、実物見たら思い出すかも……ええと、ちょっと待ってて」
言ってスマホを操作し、「ほら、これ」と仁志に検索結果を見せた。画面にはパステルカラーのプラスチック製折りたたみ式コンパクトの写真が表示されており、隣に置かれた外箱には、丸っこい大きな文字で「変身ミラキュープリティーパクト」のロゴが大きく描かれていた。どうやらフリマアプリに出品されている品の写真らしく、箱の傷み具合がその経年を表していた。
「これこれ! なっつかし~! よくこれでミラキューごっこしたな~。友だちとどっちのミラキューやるかでよくケンカしてさ~」
いづみは幼い頃の思い出を刺激されてはしゃいでいた。一方、仁志はその写真をジィっと見つめているうちに、なにかが記憶の奥底から浮かびあがっててくるのを感じた。
「ああ、そういえば……」
十数年前、たしかに妻の映子といづみと三人で百貨店のおもちゃ売り場へ行ったことがあった。頭の中に散らばっていた不確かで断片的な記憶が徐々に繋がり、形を成していく。
たしか、最初はお人形をプレゼントしようと話し合っていたっけ。でも、映子が「いづみちゃんに欲しいものを聞いてみたら?」と言うので、それで一緒におもちゃ売り場へ……。いづみさん、店頭のテレビで流れているアニメにしばらく釘付けになっていたなぁ。もしかして、あれがミラキューだったのかな。そういえば、玩具を買ったあと、階段を上がったところの洋食屋に入って三人でオムライスを食べたっけ。店員さんに「お母さんは何にしますか?」と尋ねられて、映子はずいぶん嬉しそうにしていたな。いづみさんのこと、本当の娘のように可愛がっていたもんな。ああ、あのお店、まだあるのかな……。
とめどなく溢れてくる記憶に、仁志はどうしてこんな大切な思い出を忘れていたのだろうかと、自らの老いを情けなく思った。
「おばさん、あれからあたしと話を合わせるためにミラキュー観てくれるようになったんだよね」
懐かしみながら言ういづみに、仁志はそれは半分当たっていて、半分はずれているのだろうと思った。妻は元々かわいいものが大好きだった。仁志と違ってかわいいものに対するアンテナの高かった妻は、きっとミラキューのことも知っていて、それが女児に人気があることも事前に承知していたのだろう。だから姪っ子がその玩具を欲しがっていることも察知していて、見当はずれのプレゼントを渡そうとしていた仁志を止めたのだと、今なら合点がいく。
「で、マポちゃんってさぁ~……」
いづみが目線を下げてマポをしげしげと見つめた。
「な、なにマポ……?」
ひとしきり観察を終えると、いづみは顎に手を当てて首を傾げた。
「うーん、やっぱりあたしの知ってる妖精とはちょっと違うかなぁ……」
違うとはどういうことなのか。仁志が「ミラキューではないということですか?」と尋ねると、いづみは「そういうわけじゃないんだけど」と前置きをしてから答えた。
「ミラキューってさ、毎年作品ごとにコンセプト……っていうか、テーマが違うんだ。たとえば、今年は魔法を使います、今年は宇宙に行きます、みたいにね。で、その特徴がミラキューや妖精のキャラクターデザインにも反映されるわけ。魔法を使うなら三角帽子をかぶってるし、宇宙に行くなら星の模様がついてる」
言われて、仁志もあらためてマポの全身を確認する。しかし、これといったわかりやすい特徴は見当たらない。
「まー、基本のデザインラインから言ってミラキューの妖精なのは間違いないと思うんだよね。けど、あたしの観てたシリーズとは違うと思う。強いて言うなら、フラットな初代ミラキューに近いかも……」
しかし「近い」はあくまでも「近い」であって正解ではない。一体、ミラキューのどのシリーズがマポの世界なのかを調べることが帰還への第一歩となるだろう。
「……あっ! そういえば!」
何かをひらめいたいづみが、スマホで高速フリック入力を始めた。
「これっ!」
突き出された画面を見て、仁志は思わず「おお……!」と感嘆の声を上げた。たしかに、これならミラキューのことが一度にわかるかもしれないと思った。
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