第二話(終)

❝第八話! ミラキュー解散!? ひみつのケーキ!❞


 巻き戻し……もとい、早戻しが完了して番組冒頭のサブタイトル表示に戻ったところで、仁志は立ち上がって台所へ向かった。


「一緒に見ないマポ?」


「前半はさっき観ましたから、その間に何か作りますよ」


 棚を開けると、レトルトのラーメン、鯖と焼き鳥の缶詰、レンジでチンするだけのごはんなど、まるで防災用備蓄のような品々が姿を現した。


(自分で食べるだけならともかく、他人様に出すには貧相ですね……)


 妻がいなくなってから、随分と献立のレパートリーが少なくなっていたことに気が付いた。客に出すのに貧相な食事は、自分に出しても同様に貧相である。食べてくれる相手がいないと料理の作り甲斐がないのは事実だが、作ったものは自分だって食べるのだ。仁志は長い間、自分を大切にしていなかったのだなと自戒した。


「お待ちどおさま」


 作ったのはありものの焼きそばだったが、炒めたキャベツと牛肉をたっぷり乗せ、青のりを加えて、一応料理の体は成している。


「うわ~ありがとマポ! おいしそうマポ~!」


「いただきます」


「いただきますマポ!」


 二人はテーブルを挟んで焼きそばをすすりながらミラキューの続きを再生した。


※ ※ ※


「ミラクル! 攻撃のタイミングがずれてる!」


「キューティがあたしに合わせてよ!」


 ケーキに憑依した巨大な鬼に相対したミラキュー。普段は息ぴったりの二人だが、今日はまったく噛み合わない。それもそのはず、ふたりはケンカ中なのだ。


 ミラクル・ガールこと美楽みらくニコは、キューティ・ガールこと河井ミレイの誕生日を祝おうと、サプライズでホールケーキを作ろうと考えた。しかし不器用な彼女は、スイーツ作りが得意なクラスメート・甘美あまみさんに弟子入りを志願し、この一週間ずっとその子の家に入り浸りとなっていた。


 ところが、それがすれ違いの原因となってしまった。ミレイが一緒に帰ろうと誘っても、ニコはつれない返事でそそくさと消えてしまうし、最近は自分よりも甘美さんと仲がいい様子。一体何を隠しているのかと問い詰めても答えないニコに、ついにミレイの堪忍袋の尾が切れてしまったというわけだ。


「もういい! 私ひとりでやる!」


 そう言って怒りに任せて鬼に飛びかかったミレイは隙だらけだった。ケーキ鬼の頭に刺さったロウソクが煌めき、ミレイに向かって火炎放射を繰り出した。不意を突かれて避けられない。もうダメだ。そう思った瞬間、ニコは考えるより先にミレイの前に飛び出し、全力のミラキューバリアで炎を防いだ。


「ニコ……!」


「キューティ! 今だよ!」


 ふたりの呼吸が合致した。ミレイは空高く跳び上がり、ニコへの前方攻撃に集中するあまりガラ空きとなった頭上を狙った。そして。


「えっ!?」


 彼女が空から見たものは、ケーキの上に乗った板チョコのメッセージプレート。そこには慣れない手書きの「ミレイお誕生日おめでとう!」の文字があった。それを目にして、彼女はこの一週間にあった様々できごとの本当の意味を知り、胸がじわりと熱くなった。


「ニコ、ありが…………とおおおおおおおお!!」


 上空からの急降下キックでケーキ鬼を吹き飛ばすと、着地と同時にニコと見つめ合い、笑顔で一緒に頷き、手を繋いだ。お互いの手にぬくもりが伝わり合い、力がこもる。


「ふたりの心を一つに! ミラキュー・セイント・レインボーシャワー!」


 ふたりの妖精から受け取ったバトンが虹色の光に輝き、浄化された鬼は静かに元のケーキの姿を取り戻した。ニコはハッとしてすぐにそれを拾い上げると、後ろ手に回してミレイから隠した。


「あの、これは……まだ作るのヘタクソだから……もっと上手になってから……」


 恥ずかしそうに言うニコに、ミレイはすばやく後ろに回り込んでケーキの入った袋を取り上げた。


「あっ!」


 そしてミレイは、ふふっと嬉しそうに笑って言った。


「これがいいの!」


※ ※ ※


 観終わったあと、仁志は思いのほか心を動かされている自分に驚いていた。親友とのすれ違い、むき出しの感情、本音のぶつかりあい。一体、自分はいつからそういうことをしなくなったのだろう。大人になるにつれ、他人との衝突を避けるために賢く立ち回るようになった。感情を抑え込み、我慢することを覚えた。これは自分だけでなく、相手もそうだ。お互いに適切な距離感を保つための仮面をかぶる。それが大人であり、成熟であり、社会人として正しい立ち振舞いだ。だが、そこに本当の自分はいない。かつて未熟な時代にだけ存在していた剥き出しの自分。すっかり忘れていた感情がアニメの中に描かれていた。それが子供向け作品というものだった。仁志は心の中の枯れた井戸が数十年ぶりに潤っていくのを感じていた。


「いい話ですねえ」


 仁志が目を細めてしみじみ呟いた。


 一方、マポの感想は。


「あのケーキ、おいしそうマポ……」

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