第4話 力強く美しい瞳

「あの、よかったらどうぞ……」


 私は用務員室でいれたミルクいりのコーヒーをスクリスタさんに差し出す。そっと角砂糖の入った容器も添えておく。


「ありがとうございます。それにあの、制服も。一着ダメにしてしまったので、本当に助かります」


 スクリスタさんが払っても落ちきらなかった土埃と泥を、部屋に入る前に魔法で軽く落としたのだ。とはいっても、とても微小な幅の振動波を当てて、繊維の隙間から汚れを排出させただけ。

 大したことはしてない。


 ちなみにこの振動洗浄の魔法は私がもっともよく使う魔法と言っても過言ではなかった。

 何せ洗濯するより、よほど早いし楽なのだ。


 ──だいたいの汚れは落ちるし。ただまあ、綺麗好きの方から見たら、洗濯の代用としては不十分だとお叱りを受けるかもしれないけど。スライムの時にスクリスタさんに貸したままのローブも、毎日一回は振動洗浄の魔法をかけていたので、大体の汚れはとれていた、はず……


 今さら少し、心配になってくる。


 そんな私の心配をよそに、ほぼ綺麗になった制服を着たスクリスタさんは、容器から角砂糖を取り出してコーヒーへと入れていた。


 ──甘党? もしくはコーヒー、苦手だったかな……


 結構な数の角砂糖を入れていくスクリスタさん。あれだけ入れたら、激甘だろう。

 それを美味しそうに飲んでいくスクリスタさんから、私はそっと目をそらすと自分のコーヒーカップを傾ける。


 香ばしく芳醇な香りが鼻を抜ける。


「それでスクリスタさん、事情を教えてくれるかな。退学になるって──」

「はい、あの、よかったら私のことはカーラとお呼びください。私もリゲルさんとお呼びさせて貰ってますし」


 それは私が名字がないだけなのだが、ここで変に断ることもないかと承諾する。


「わかりました、カーラさん。それで──?」

「はい。リゲルさんは私の魔導をみて、どう思われましたか?」

「……率直なところを言わせてもらうと、展開規模と発動までの速さは魔導として一級。なのに魔導の強度が低い。そこから推測するに、カーラさんはたぶん、複数の上位存在から導きをもらえているのかな。あ、だとすると、それはそれで一つの才能だよ」

「……凄い」


 目を丸くして私を見てくるカーラさん。


「──あれだけで、リゲルさんはそこまで見てとれるんですね。それに魔導への造詣も深くていらっしゃる」

「えっ、いやー、あの。実は聞きかじっただけなので……」


 私もつい、偉そうに言ってしまったが、本当に聞き齧った知識なのだ。

 用務員をしていると色々な雑務を頼まれ、それをこなしていくうちに雑多な知識が増えていたのと、作業している場所が近いと授業の内容が漏れ聞こえてくるだけなのだ。


 そんな私の言葉を無言で首を振って止めるカーラさん。


「だとしたら、リゲルさんはより一層凄いです。それに、あの、私の魔導のこと、優しく言ってくださりありがとうございます。おっしゃる通り、私は七の存在より導きを授かってます。そして魔導としてはその分、一つ一つがとても脆いのです……」


 その瞳を伏せて、悲しそうに告げるカーラさん。


「七か、それは凄い。それにその導きの数で、あそこまでの強度を得てるなら、やりようはあるよ」

「えっ!? まさか、そんなはずはないですっ!だって、学園の先生方は皆、もうどうにもならないって。そして、このままじゃ私は魔術師になれないだろうって──だから私、極限での覚醒にかけようと、魔の森に……」


 驚いた表情のまま、急に早口になるカーラさん。

 そしてその内容は、私には聞き捨てならないものだった。


 ──魔導師は極限状態での戦闘で覚醒するって噂があるのは、確かに私も聞いたのとはあるけど。たぶん、それ、眉唾ものなんだよね。


 聡明そうなカーラさんがそんな噂を簡単に信じるとは考えにくい。


 ──ああ、そうか。疑いながらもそんな噂に頼らざる得ないほど、カーラさんは追い詰められてるのか。魔術師になれないと言われて。……だから魔の森で格上相手に命をかけて戦おうとしたと。カーラさんが対抗手段の無いスライムの発生している教室に居たのも、同じ理由か……


 魔導師たちはなぜか、一つの上位存在とのより深い繋がりを最重視するのだ。

 その繋がりの深さが深いほど、魔導強度なるものが上がるらしい。そしてそれが魔導師としての評価に直結するらしいのだ。


 まあ、これも魔法師でしかない私の聞き齧った知識でしかないのだけれど。


 ただ、カーラさんの切羽詰まった気持ちだけは、本当に、痛いほどわかった。


 そして私はカーラさんがどんなことを考えながらあの封印柵を登っていたのかと、考えてしまう。


 だから迂闊にも、私は口にしてしまったのだ。


「カーラさんの問題、私なら解決できると思う。だから、魔法を習ってみないか?」


 唐突にそんなことを言った私を、呆然とした表情で見つめてくるカーラさん。

 しかしその瞳は、すぐにあの見覚えのある力強さを取り戻し、しっかりと私の瞳を捉える。


「習いたい──習いたいです」


 静かな、それでいて強い意思を感じさせるカーラさんの返事。


 これが、後にもぐりの大賢者と極彩の魔女と呼ばれることとなる私とカーラさん師弟による、用務員室で行われる魔法塾の始まりとなるのだった。


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