第26話 第六ノ扉
歩人と舜介くんを見送り、僕はタクシーを捕まえた。
行先は高科雅貴が所長を務めている新薬開発国立研究所。
僕は次に可能性がある国立研究所へ向かうよう言われた。
一色さん曰く、高科雅貴の家にはこれといった有力情報はなかったらしい。
唯一、第一研究には設計図面にない地下室が存在している事だけが新たな発見だった。
マチュアであれば、その秘められた部屋へ誰の目にも触れずに行けるんだろう。
大学病院から第一研究までは高速を使えば1時間強。
昨夜22時過ぎからすでに約15時間ほど過ぎている。
正直、最悪の結末がチラつく。
奇跡を願うなんて僕らしくないが、今だけは神様とやらにお願いしたい。
どうか、2人が無事でありますように・・・。
落ち着かない心持ちで車の外を見ると、色とりどりな蛍火が飛び交っていた。
道行く人々は今日も平和に鮮やかな色を纏っている。
桜色、
鳥成雷は白。
お兄さんは
お義姉さんは
飛び交う蛍火に探している色がないか目を凝らした。
光る外の世界を見続けるのは正直しんどい。
いくら光の吸収を抑えたって、目を開いている以上、光は勝手に飛び込んでくる。
北海道から帰って以来、今までにないほどこの目を駆使している。
目の奥がギシギシと痛むし、頭痛も止まない。
それでも僕は大切な人たちを探すため光の洪水を見つめ続けた。
30分ほど方々の光の洪水を見つめ続け、いい加減一度目を休めようかと思ったとき、対向車線に幽かな白い軌跡を見つけた。
太陽光に紛れて見にくいが、多分あれは白だ。
国立研究所とは逆方向の軌跡。
振り返り確認すると、後方の信号で海沿いに向かう道に折れている。
「運転手さん!Uターンお願いします!折り返したら1つ目の信号を右に!」
突如大きな声を出したので、タクシーの運転手さんは大層驚いていた。
慌てて少し先の大きな交差点からUターンし、軌跡沿いに走る。
信号を右折してさらに軌跡を追う。
真っすぐ海へ向かっているようだ。
「この先って何がありますか?」
「この先?このまま行けば△△臨海コンビナートだね」
△△臨海コンビナート。
日本最大級の工場地帯だ。
白い軌跡はまっしぐらにコンビナートへ向かっている。
全く意味が分からなかった。
何の用があってこんな鉄骨だらけの場所へ・・・。
「お客さん、コンビナートの中に何か用があるの?中入るにはそこのゲートのところで受付してくれないと行けないけど」
運転手さんの目線の先には受付用の建物があった。
ゲートの開閉はカードキーで行うらしく、受付は必須だ。
僕は入口手前でタクシーを待たせ、受付用の建物へ入った。
僕は受付の警備員に警察手帳を見せ、重要参考人を追ってここへ来た旨を告げた。
警備員たちは何だかんだと騒ぎ、奥から責任者が出てきて色々と中での注意事項を言われたが、僕の耳はよく聞いていなかった。
とりあえず大人しく相槌を打ち、通行パスをもらった。
ゲート横のカードリーダーに通行パスをかざすと、ビーッという警告音と共に重たい鉄のゲートが開き始めた。
ゲートが全開したらゆっくりとコンビナートの中へ車を進める。
全体的に赤茶けた敷地内は何故だか昭和の白黒写真のようにノスタルジーに見えた。
鳥成雷の軌跡はノスタルジックなコンビナートの奥へと向かっているようだ。
車窓から頭上を見上げると、錆びた大きな配管がいくつも通っている。
複雑に絡んだ配管の先には鉄の城が建ち並んでいる。
轟々と機械音が何重にもなり、建物自体が呻いているようだった。
道の途中、いくつかの踏切を渡り、何社かの小綺麗なオフィスを横切ってさらに奥へと進む。
一際大きな鉄の城が見えてきた。
鳥成雷の白い軌跡はその城に向かっていた。
「あそこにお願いします」
どうやらこの鉄の城は製鉄所のようだった。
炉の起動音だろうか。
騒音が激しく、その他の音はよく聞こえない。
僕は運転手さんに代金を払って製鉄所の扉の中を覗いた。
電気はついておらず、申し訳程度の天窓から自然光が入るだけの鉄の城は暗い。
視界は決して良くないのに、作業服を着た従業員たちは目の前の仕事に集中しているようだ。
中には大きな炉が縦にズラリと並んでいて、何台か稼働している。
覗き窓から見える紅赤の炎と熱気がここまで伝わってくる。
中に入り、一番近くにいた作業員に声をかけようとした時、後ろから肩を叩かれ、耳元で声がした。
「公安警察が何の用?」
声音は低いが抑揚があって艶っぽい喋り方なのにやけに怖い。
冷たい蛇が耳から入って心臓に巻き付いているような感覚。
心底厭な気持が湧き出た。
「ここはインマチュアが来るところじゃないよ。
鼓草。
それは研究所で付けられた被験者用の呼び名だ。
僕は鼓草と名付けられていた。
それを知る人物は非常に限られている。
僕は恐る恐る振り返った。
赤い赤い唇がニヒリスティックに笑う。
鳥成雷がそこに立っていた。
「君は・・・」
鳥成雷は僕の耳元で喋りだした。
「咲守くんはサングラス似合わないよ。綺麗な目なのに勿体ないね。それ取って、さぁ、奥へ行こうか。大丈夫、ここの人たちに私たちは見えてないよ。堂々と真ん中歩いて一番奥の炉へ。でもその前に、拳銃とスマホは貰うね」
僕の目を守るサングラスは仄暗い工場内に投げ捨てられた。
そしてポケットに入っているスマホと服の下に忍ばせていた拳銃を取り上げられてしまった。
鳥成雷は取り上げた拳銃を僕の背中に突きつけ、軽く押した。
進めということか。
薄暗い工場の中をゆっくり進む。
通路を行き来する作業員たちの目に僕たちは映っていないらしく、誰もこちらを見ない。
やはり鳥成雷の能力は他者にも干渉するらしい。
一番奥に特大の炉があった。
丈の高い壁が覆っていて、不用意に近づくことは出来ないようだ。
壁の一部には制御盤があり、制御盤の横には鉄の扉があった。
扉に貼られた黄色と黒のボーダーが危険域であることを知らせている。
どうやら入口はそこしかないらしく、鉄の扉にはカードリーダーがついている。
「・・・行き止まりだよ」
振り返ると雷はカードキーを見せた。
どうやら中に入れるらしい。
鉄の扉の前に立った。
ここは異様に暑い。
雷がカードキーを翳すと、重たい扉は開きだした。
扉の隙間から溢れ出る熱気。
異様に大きな耐火ガラスがあり、その奥で数千℃の鉄と炎が轟々と怒っている。
「あの中に入るの」
「は?」
耳を疑う言葉に思わず振り返った。
鳥成雷はニタニタと笑う口元を舌で舐めて顎で入り口を指した。
「見えてる世界がすべてじゃないことくらい、インマチュアなら知ってるでしょう?」
凄い力で両肩を掴まれた。
そのまま前へと押され、炎の入り口に少しだけ近づいた。
満身の力で踏ん張り、前へ進む事を拒否すると、さらに力を加えてまた前に進み出した。
段々と耐火ガラスが開きだす。
とてつもない熱気だ。
冗談じゃない。
あんなところに到着したら黒焦げになる。
「やめろ!君だってこれ以上近づいたら危ないだろ!?」
「うるさいな。撃たれて今すぐ死ぬ?私はそれでもいいけど?」
後頭部に銃口が突きつけられた。
かちゃりとセーフティーが外された音が聞こえた。
「いいから黙って進めよ」
僕に渡された選択はどの道死らしい。
じりじりと肌が焦げているような気がする。
溢れだした汗が喉元を伝う。
1歩。
また1歩地獄の業火に近づく。
耐火ガラスは急に全開になり、目に映る全てが赤で染まった。
急にドンと背中を押され、焦げ死ぬ領域に足を踏み入れた。
僕は思わず目を塞ぎ、下を向いた。
「ふふふふ。ほら、平気でしょ?」
轟々と呻く炉の中。
後ろにいる鳥成雷は笑っていた。
「あれ・・・熱くない・・・」
「そりゃそうよ。この炎はホログラムだもん」
「ホログラム?」
「視覚って不思議よね。この炎は本物じゃないのに凄く熱く感じたでしょう?目から入る情報で、ここは数千℃の炎が出てる場所だと思い込んでる。本当はサウナ程度の温度よ。見た目だけで命の危険度を測り、見た目だけで防衛本能を働かせる。だから誰もここには近寄らないし・・・まさかここに知られざる研究所があるとは思わないわけ」
鳥成雷は僕の腕を掴み、ホログラムの炎の中へと進んだ。
赤い空間は3分ほど続いた。
立ち止まった鳥成雷は再びカードキーを翳し扉を開く。
「鼓草の咲守くん。ようこそマチュア第六研究所へ」
目の前には僕がいた第四研究所のエントランスホールと同じ空間が広がっていた。
吹き抜けのエントランスホール。
左手には大きな水槽と嵌め込み型のモニター。
右手にはカフェスペース。
ただ記憶と違うのは、全てが荒廃している。
白茶けた空間は人の骨を思わせた。
僕は今、研究所の骸の中にいる。
中に入った鳥成雷はカフェスペースの椅子に座り足を組んで笑った。
「自己紹介がまだだった。私は
「山荷葉の・・・透曄?雷じゃないの?」
ゆっくりと後ろの扉が閉まり暗闇になった。
「雷と私は別人。体は一緒だけどね」
「どういう意味?君は雷の別人格ってこと?」
「違う違う。本当に別人なのよ。雷はマチュアじゃない」
「言ってる意味が・・・分からない」
「まぁねー。話せば長くなるんだけど、もうあんまり時間がないの。そろそろ2人が起きちゃう」
「・・・ここにお兄さんとお義姉さんがいるんだな」
「えぇ。昨日の夜に連れ去ってきたからね」
「2人はどこだ」
僕はを透曄を睨め付けた。
ゆらりと立ち上がった大きな黒いシルエットは瞬きの間に消えた。
暗闇を見渡して気配を探るが何も見えない。
何も感じられない。
突如こめかみに冷たい物が当たった。
これは取り上げられた僕の銃だ。
銃口がこめかみにセットされている。
「会わせてあげるから落ち着いて。咲守くんに怖い顔は似合わないね」
銃を持った腕は渾身のフルスイングで側頭部を殴りつけた。
ガンッと鈍い音が響いて思わず呻き声が出る。
「うぁっ!!」
「インマチュアの目は冒されても綺麗で羨ましい。抉り出して飾りたいくらいだわ」
遠のく意識の中で透曄の甲高い笑い声だけが響いていた。
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