第3話 見エナイ犯人
咲守はパトカーの助手席が定位置だ。
咲守も運転免許証は持っているが、完璧なペーパードライバー。
やろうと思えばできると言い張るが、恐ろしくて運転は一切させてない。
いつも通り、俺が運転席で咲守は助手席。
そして今日は後部座席に亨が乗っている。
大変珍妙な取り合わせだ。
亨と俺は何と小学校からの幼馴染。
中学まで一緒で、高校から分かれたが、警察学校でまた一緒になった。
入庁後、一時は同じ捜査一課に配属されていたこともあった。
そして、咲守は先輩で役職的には上司。
本人は上下関係など微塵も気にしていないので、後輩から名前で呼ばれても何ら気にしていない。
むしろ、敬語を使われたり、石岡さんだの、石岡警部だのと呼ばれると悲しげな顔をして咲守って呼んで!というのだ。
誰に対してもフランクすぎて、あまり人からは好かれていないが、それすらも本人は何ら気にしていない。
捜査一課で刑事をしていた俺が特殊犯罪課に配属されたきっかけは、この咲守からの指名。
俺はこの特殊犯罪課に来て初めて咲守を認識したというのに、咲守はちょっと前から俺を知っていたそうだ。
どこで知っていたのかというと、食堂でご飯に夢中になっている姿をちょくちょく見ていたそうで、その姿が良かったとかなんとか・・・。
あと、優しい色をしていると言っていた。
異動初日は何の話しかさっぱりわからなかったが、その後、咲守の特殊さを知る。
今はもう咲守の特殊さにも慣れ、特殊犯罪課の仕事にも慣れてきたが、俺が何の役に立っているのか、いまいち分からないでいる。
そもそも、俺は捜査一課での成績も芳しいものではなく、亨の方が大変優秀で、階級も1つ上。
俺と亨ではまず肝の座り方が違う。
どんな相手であれ、どんな凄惨な現場であれ、落ち着き払っている亨は実に刑事らしい。
観察眼は確かだし、怪しいと睨んだ相手に堂々とはったりを噛まして揺さぶりをかける顔は刑事物のドラマなんかより迫力がある。
何より、被害者とその関係者の気持ちに報いる真実を必ず探しだそうとする姿勢が素晴らしい。情熱的な仕事ぶりは亨ならではのものだ。
それに比べ俺は全部が揺らぎやすい。
目の前の相手の怒気、悲哀、焦燥、欺瞞、そういった強烈な感情に心が引き摺られる。
感受性が強く、良く言えば素直、悪く言えば単純な性格。
つまり、騙されやすいのだ。
犯人は罪から逃れるために色んな嘘をつく。
それが前提条件だというのは分かっているのに、信じたい気持ちが勝つ。
信じたい気持ちを持って捜査にあたり、裏切られて傷つく。
その度に落ち込み、亨から元気出せと慰めの缶コーヒーを貰うまでがルーティンだった。
正直、俺は刑事に向いてないと思っている。
人からも陰で向いてないと言われているのを知っている。
面と向かって悪くは言われない。
優しすぎるとか、素直すぎるとか、真っ直ぐすぎるとか、いい所だけど、刑事としては裏目に出てるなとやんわりと欠点を言われる。
俺はその都度、苦笑いで俯くしかなかった。
あまりにもそう言われるので、異動前は少し塞ぎ込んでいた。
小さい頃は優しいとか、素直でいることは良い事だと思っていたのに、大人になるとそれだけではいけないらしく、状況と立場を理解して、言葉の裏を読まなければならない。
どうやら人は成長過程でそういった物を自然と習得するらしいが、俺は習得しないまま大人になってしまったようで、未だに理解できないでいる。
そんな俺の何がお気に召したのかよく分からないが、咲守はとにかく俺の事を気に入っているらしく、ご指名を頂戴して、今年度から咲守の相棒をやっている。
「歩人、国道までは真っ直ぐ進んでいいよ!」
「了解」
車を走らせ始めると、上手いのか下手なのか分からない咲守の鼻歌が聞こえ始めた。
独特なビブラートが入る咲守の鼻歌は南国の民謡を思わせる。
この独特な音階は好きな人は好きだろうけど、苦手な人も結構いるだろう。
俺は最初、何でこんなにビブラートがかかるのか謎に思っていたが、今では耳に馴染み、何ならちょっと真似ている。
これはミラーリングというらしい。
相手の仕草などを真似て好感を持ってもらう心理的なテクニックだが、俺は無意識で行っていた。
つまり俺は変人・石岡咲守に好かれたいと思っている。
言い換えれば俺は変人・石岡咲守が好きなのだ。
今でもはっきりと覚えているのが、刑事に向いていないと思っていた俺は、この特殊犯罪課に異動したばかりの頃にこの仕事を辞めようかと考えていたこと。
俺の異動はお荷物整理の異動だと思っていたし、古巣の捜査一課は上辺だけの激励で惜しんではいなかった。
ただ一人、亨だけが納得いかないと最後まで上司に言っていたが、組織の決定を覆せるわけもなく、俺は私物をまとめ、背中を丸めて秘密の巣窟、公安部の奥へと踏み込んだ。
魔窟と言ってもいいような公安部の奥で待っていたのは非常に明るい特殊犯罪課の仲間たち。
とりわけ誰よりも明るい咲守が、盛大に迎え入れてくれた。
最初は俺は大変不貞腐れた気持ちで殻に閉じこもったような態度だった。
でも、咲守はこっちの気持ちなどお構いなしでドンドン接近してきて、何を悩んでいるのかと無邪気に聞いてきた。
俺は不貞腐れつつも誰かに聞いてほしかったようで、思わず思いの丈を吐露した。
ジメジメとした取り留めのない愚痴でしかなかったと思う。
成績が芳しくないのは全部自分が悪いのに、はっきりとそれを認めきれず、ダラダラと言い訳を繰り返した。
俺の話しを聞いた咲守は、自分のデスクの中から塩豆大福を取り出して俺の掌に乗せて言った。
『僕はねぇ、思うんだ。どんな相手だったとしてもまずは共感して信じてみなきゃ何も始まらない。その先で、事実と相手の矛盾を見つける。ほどけにくい結び目を根気よくほどくような作業がいるんだね。それって途中で爪が割れちゃったりしてさ、自分の指が傷つくこともあるわけ。でもさ、結び目の奥にある本当の色や傷みなんかを見つけないと事件解決とは言わないと思うんだ。歩人の指先が傷だらけなのはさ、真剣に、慎重に結び目を解いてきたからだよ。事件解決までの速度は大事だよ。でも、あまりに急くと人の心を置き去りにする。置き去りにされた心は、また何かに絡まってしまう。今この時を逃げおおせても、罪を繰り返しかねない。刑事は誰より人の心に優しくないといけない。そして、罪に対して厳しくいないといけない。歩人はね、刑事に向いてる。そのままでいいと僕は思うよ』
咲守は5歳で成長が止まったような素行なのに、時々えらく大きな背中を見せてくれる。
その姿に俺は実の兄貴の優しさを重ねた。
兄貴はいつも俺を肯定してくれる絶対的な味方。
誰よりも信頼しているたった一人の肉親だ。
俺は出会ってすぐにちょっとだけ咲守が好きになった。
肉親に似たところがあるから好意的に思ったなんて、これも単純といえば単純。
でも、悪くないと思っている。
そして今では好かれたいと思うほど好きで、2番目の兄貴だと思っている。
「・・・石岡は何でいつも助手席なの」
珍しく亨が咲守に声をかけた。
多分、咲守の鼻歌が嫌だったんだろう。
亨は苦手に思う部類だということか。
「ん~?あのねぇ、酔っちゃうの」
「酔う?運転してんのに?」
「んふふふふ。そうなの。不思議でしょ?でも本当。見えすぎちゃうんだよね僕」
「何だよそれ」
「僕はあんまり説明が上手じゃないんだよねぇ。歩人、説明よろしくぅ!」
「詳しく言っていいの?」
「うん。別に僕は隠してないし。公安部の一員としては秘密にしておくべきことかもしんないけど、僕の能力なんて誰も検証できないでしょ。他人が見てる世界は分かりっこない。問題ないよ」
「それもそうだなぁ・・・。まぁ、簡単に言うとな、咲守は俺らとは違う世界が見えてるんだよ。文字通り、特殊な世界を見てる」
「はぁ?いかにも特殊犯罪課らしい胡散臭い話しだな」
「ふふっ。今さ、どこに行ってると思う?」
俺はバックミラー越しに亨を見た。
つまんなそうな顔で窓の外を眺めながら受け答えをしている。
「知らねぇ。何か知ってる石岡の指示に従って車走らせてんだろ?」
「そう。咲守は何を知ってると思う?いや、正確には、何を見てると思う?」
「何を見てる?俺には・・・外見てるようにしか・・・あ、何か目で追ってんな」
後部座席から咲守の横顔を見た亨が言った。
「何見てんだ?」
「あのね~。軌跡」
「キセキ?」
亨はミラクルの方の発音でキセキと言った。
「んっふふふふ!違うよ亨くん!辿って来た道筋のこと!」
咲守は窓の外から目を離さず笑った。
「どういうことだ?」
「咲守はね、人が辿った道筋が見えるんだよ。それは人から出ている発光する糸のようなもので、移動したあともしばらくこの世界に残ってるんだって。軌跡の色は人によって様々。咲守が来た時、
「なんだそれ?納戸色ってどんな色だよ?」
「緑色を帯びた深い青色だよ。カラーコードは#007d92。和名で納戸色」
咲守はスマホで納戸色を探して亨に見せた。
「軌跡の色っていうのはね、1人ひとり微妙に違うんだって。咲守は四色型色覚 《よんしょくがたしきかく》ってのを持ってて、細かな色の違いが分かるんだよ」
「四色型色覚?」
「普通の人は三色型色覚 《さんしょくがたしきかく》っていう視覚が備わってるんだ。三色型色覚は約100万の色を見分けられるらしいんだけど、俺はそんな途方もない色の違いは体感してないけどな」
「普通の人ってことは俺にも備わってるってことか?全然見分けらんねぇよ。精々が24色って感じ」
「ははっ。だよなぁ。でね、咲守はもう一段上の四色型色覚を持ってて、四色型色覚 は三色型色覚 の100倍見分けられるんだって」
「100倍・・・・・・1億色ってことか?」
「そう!女性は稀に四色型色覚の人がいるんだよぉ。僕は男の子だけど、四色型色覚 保有者なの!」
「へぇ・・・で、ご丁寧に色の名前まで覚えてんのか。でも、何で和名?」
「和名って嫋やかな響きで良くない?和名で表された色は1,100色程度だから、全色を賄えるわけじゃないんだけど、僕達は日本人だからなのか、軌跡もわりと和名色と合致するんだ。それでね、さっきの腕は過去3人の犠牲者とは色が被ってない。だから、4人目で確定だって言ってたんだよ」
「過去3人って。お前ら3人目からしか関わってないだろ?他2人の軌跡?どうやって見たんだよ」
「そりゃあ勿論、発見現場に行ったんだ」
「あ、あの信号を左に曲がるみたい」
咲守は少し先にある信号を指差した。
丁度信号が赤になり停車すると、咲守は後部座席の亨を見て、大体分かった?と言って笑った。
「えーっと、つまり、何だ?石岡の目には、人が出した光る糸がこう・・・移動した通りに景色の中にうようよ舞ってる光景が映ってるってのか?にわかには信じられない」
口に出して整理すると余計に非常識さが際立ったのか、仏頂面を極めた亨が言った。
「ふふっ。見えもしないものを信じろっていうのは無理かもだねぇ。でもまぁ想像してみてよ。僕が見えてる世界はね、蛍が飛び交ってる写真みたいな感じなのよ。色とりどりの蛍火の軌跡が漂ってる。僕の視界はね、色んな光で眩しいわけ。昼なんか太陽光もあって、そりゃあもう眩しくて眩しくて仕方ない。特殊なコンタクトレンズで光の吸収を抑えてはいるけど、それでもまだ眩しいわけ。だから、昼夜問わずこのサングラスしてるの。多分、軌跡は思念の残像なのね。思念が強いと、軌跡は長く残る。今回の一連の被害者は多分、相当怖い思いをしてたんじゃないかな?長時間消えないものが多い。だから、担当替えする前の過去2件も発見現場に行くと見えたわけ。こういうのが溜まり溜まって、絡まって、強く結びつくと、いわく付きな場所が生まれちゃうの。あまりに酷いと、能力がない人の目にまで映る。目に見えなくても、気配を感じるとかいうでしょ?それだよ」
「気配って言われると、一気に身近な感じになるな。あ、だから、その・・・軌跡?それが幽霊の正体?」
「そんな感じ」
「でも幽霊って人型だろ」
「その辺は人によって見え方違うのかもね。僕の場合はやっぱり軌跡で見えるんだ。良くないモノは、鈍色した無数の針金が固まったような感じで見えるんだよね。不気味に点滅してて、手招きしてるみたい。そういう所には絶対近寄らないようにしてる。でも、ホラ、あのー・・・法医学医の・・・」
咲守はこめかみを人差し指でトントンと叩き、俺の顔を少し覗いて助け舟を求めた。
「間宮だよ」
「そうそう。間宮 秀史くん。あの子は幽霊見えるんだってよ?割とハッキリ人型って言ってた。あとー・・・堅物で有名な一色 《いっしき》警視。あの人は靄みたいなのが見えるって聞いた」
「へぇ・・・あの一色警視もねぇ」
一色
所謂エリート警察官で、不愛想具合は亨より上。
いつも難しい顔をして難しい事を言っているイメージ。
下っ端刑事の俺が直接関わることはないが、咲守は時折関わるらしい。
「まぁ、全員が同じ世界を見てるわけじゃないってことよ。僕には色とりどりな軌跡の世界が見えてるわけ」
「ん?でも待てよ?その軌跡って死んでても出てんの?しかも切り離された腕から?どういうこと?」
亨の中でクエスチョンが大量発生しているようだ。
「軌跡っていうのはね、肉体の生死はあまり関係ないんだ。体を切り落とされたって関係なし。漏れ出てるものなんだって」
「あ?でも思念なんだろ?」
咲守はちょっと面白そうな顔をして質問した。
「逆に聞くけど、亨くんは心、すなわち人の思いの格納場所ってどこか知ってる?その思いに有効期限がはっきり存在すると思う?」
咲守は?を繰り出すたびに首を左右に傾げた。
「え・・・。いや、分かんねぇけど・・・でも思いなんてのは生きてる人間だけが持ってるもんじゃないのか?少なくとも、切り離されたパーツに思いもクソもないような気がする」
「まぁそうねぇ。でもさ、心の在処なんて誰も分からないよね。じゃあ一旦、亨くんが考えた通り、生きてる人にだけ思いがあって、それは生きていれば体中どこにでも存在すると考えたらどう?切り離されたからといって全細胞が即死なわけじゃないでしょう?血液循環がなくなると、酸素だの栄養素だのが行かなくなる。そうしたら、細胞はちょっとずつ死んでいくんだ。髪や爪は割かし最後の方で活動を停止するんだよ。本人の思いがそこに宿ってたっておかしくないんじゃない?本人の物なんだもの」
「確かに爪や髪は死んでも伸びる事あるって聞くけど・・・今の話し考えるとぞっとすんな。そんな、部分的に本人が意思を持って生きてるみたいな・・・」
「そうかな?例えば体の一部である髪や爪からだってDNA取れるでしょ?DNAって、ごく微細な世界のご本人様なわけじゃん。本体の生死関係なく、そこに思いが刻んである可能性だって無きにしも非ずじゃない?」
亨は顔をしかめた。
それを見た咲守はさらに面白そうな顔をして音を出さずに笑った。
「あー・・・いやー・・・俺には理解できない」
亨は後部座席にふんぞり返って座り、眉根を寄せて外の景色を見た。
「俺も最初は信じられなかったけどさ、咲守はこれまでも事件始まってすぐに軌跡を辿ってガイシャの身元割りだしたり、犯人の行方を当てたりしてきたんだ。俺は目の当たりにしてるから、今は100%の信頼を置いてる」
咲守はエッヘン!と腕を組んで得意げな顔をした。
そして信号が青になると、左へ曲がりますとバスガイドみたいな声を出して左を差した。
「ん~またしばらく真っ直ぐね。これは高速に乗るかも」
「え?ちょっと待って。ていうか、あの腕は海を漂ってたんじゃねぇの?」
亨は再び疑問を呈した。
「違うよ!この道に納戸色の軌跡がある。軌跡の色が結構濃いから、バラされてすぐ運ばれて、捨てられたんじゃないかなぁ?漂ってた時間はほんのわずかだと思うよ」
咲守は横目で車道を見つめている。
歩道ではなく、隣の車道を見ているということは、腕は車で運ばれたということだ。
「運ばれたんなら、運んだ犯人の軌跡も見えんじゃねーの?」
「亨くん結構鋭いね!脳筋じゃないんだ!」
亨は屈強な刑事だ。柔らの達人で、大きな大会での優勝経験もある。
鍛え上げられた肉体はスーツを着ていても分かるほどだ。
「お前な。締め上げるぞ」
「まぁまぁ。それがね、今回の事件、犯人の軌跡が見当たらないんだよ。だから、特殊犯罪課の事件なわけ」
俺は苦笑いで説明を加えた。
「は?」
「亨の言う通り、腕は犯人が運んでるんだから、犯人の軌跡が見えて然るべきなんだ。いつもなら、被害者と犯人の軌跡がぴったり同じ動きで見える。それを追えば犯行現場は分かるし、犯人の行方だって分かるわけだ。それなら俺らが捜査協力で入って、手柄は捜査一課のもので良かったんだよ。でもね、今回は犯人の軌跡が一切見えない。今咲守の目には、腕の動きだけが見えてるんだよ」
「・・・切断された腕が1人で動いてんのか?」
信じられないといった顔の亨は眉をしかめた。
「僕の視覚的にはそう映ってるねぇ。困っちゃうよこの事件。遺体の一部が勝手に動いてるようにしか見えないんだから。今から向かうのは、恐らく犯行現場なんだけど、そこも実は曖昧。何たって物的証拠は何も出ないの。普通さ、体の一部が切り落とされてたら血は出るでしょ?こう、ぶしゃっとね。人はヤバい事になったら証拠隠滅したくなるものでしょう?切り落としてそのままにする犯人もなかなかいないから、綺麗に掃除したとする。でもさ、いくら綺麗に掃除したって微細な血痕くらいあってもいいじゃない?でもね、何にも出ないの。髪の毛1本たりとも出ないんだからさぁ~。参っちゃうねぇ」
咲守はシートに体を深く沈みこませ、やっぱり高速に向かってるよ~と言ってダッシュボード下に置いていたリュックからペットボトルのジュースを取り出して飲んだ。
「犯人の軌跡が僕の目で追えないからさぁ・・・難航しちゃってるわけ。こういう事件は捜査一課じゃ扱えないのよ」
「だな。そもそもさぁ、何でパーツ切り落として周囲に擬態させてるんだろう?」
「さぁ?さっぱり分かんないね。擬態って言っても、完璧じゃない。普通、擬態させるって見つからないようにするってことでしょ?でも遺棄された腕や脚の塗装って雑でさ、見ればすぐに人の一部だって分かる。見つからない事を前提としてない擬態なんだよ。犯人は、犯行を隠すつもりはないんだね。むしろ何かを示してるんだ。犯人自身についてのヒントなのかも。猟奇殺人の犯人は自己顕示欲が強いから、特徴出したがるでしょ?」
「ヒントか。ふざけやがって。他のパーツから分かってることは?1件目は右腕だったろ?腕の華奢さから女性であることくらいしか分かってないけど、他なんか知ってんの?」
「あんまり分かってないんだけど、1体目の子はね、淡藤色だった。右腕が銀色に塗装されて県道沿いのスクラップ置き場に添えてあったね。あの腕の持ち主は超有名進学校、〇〇高校の関係者だよ」
「軌跡が〇〇高校に続いてたのか。〇〇高校に行方不明者は?」
「それがさ~、結構いたんだよ。進学校だから素行の良い子達ばかりかと思いきや、一定数の困ったチャンがいてね。高校生はどの子も家庭環境に少々問題ありで家出しちゃてるの。しかも捜索願出されてない。いつもの事だからとか言ってさ~。冷たい親ばっかりでビックリしちゃった。あとは、急に消えた非常勤講師が1名。全員のDNA鑑定は出来てないけど、非常勤講師の方が殺されてると思う。どの子ももう軌跡が消えた後だから、推測でしか言えないけどね。」
「あ、時間が経過すると普通の軌跡は消えるのか。校内にはもう淡藤色がなかったのか?」
「うん。僕達に担当替えされたの3件目でしょ?1件目からは随分と時間が経ってる。遺棄現場から高校へ続く軌跡は辿れたけど、校内に淡藤色の軌跡はなかった」
「じゃあなんで非常勤講師だと思うんだ?」
「軌跡じゃなくて、右腕の指が特徴的だったじゃない?塗装されてたからちょっと分かりにくかったけど、薬品でまけたのか、指先が荒れてた。非常勤講師は化学を担当してたはずだから、可能性としては高いかなと思って」
「ふん・・・。なるほどね」
「1件目は9月でまだ暑かったじゃない?腐敗進んでたし、色々と断定難しいよね」
「その高校、2件目、3件目のガイシャとの接点はないのか?」
「ないと思う。高校に続く軌跡は1件目だけだった」
珍しく亨と咲守がきちんと会話しているので、俺は黙って運転していたが、何だか面白くなって笑ってしまった。
「ふふっ。案外亨とも組めるんじゃないの?」
咲守が軌跡から目を離し、俺の顔を見た。
「僕と亨くん?無理無理!」
「無理に決まってんだろ」
2人は同時に否定した。
「ははは!息ぴったりだぞ」
「歩人!ふざけんなよ」
「なんでだよ~。面白そうなコンビじゃん」
「亨くんと僕なんて、僕が持たないって」
「おい」
亨が前のめり気味で顔を覗かせてきた。
自分で否定する分には問題ないが、咲守に否定されるのは違ったらしい。
大変不本意そうな顔をしている。
「あ、ごめんごめん。亨くんを悪く言ってんじゃないの。僕のね、目が持たないって意味」
「あ?」
「亨くんはさ~、
「それは俺の軌跡のこと言ってんのか?」
「そう。亨くんの軌跡は、平たく言うと真っ赤なの」
「あーなるほど。イメージ通りかな」
俺が笑うと、咲守も笑った。
「だよね~。あ、でもね、烈火なだけじゃなくて可愛いところもあるんだよ。こないださ~、うちの寺岡課長からお土産のチョコレート大福もらったじゃん?あれね、一課にも配ってて、亨くん真面目な顔して受け取ってたのね。そんで、こそこそ執務室から出て行った亨くんの軌跡見つけて追っかけたらさ~、人気ない自販機前のベンチに座って嬉しそうにチョコレート大福食べてたの!真っ赤に燃えながら嬉しそうにチョコレート大福食べてるなんて、ギャップ萌えの名を欲しいままにしてるよねー。超可愛い~」
不意な攻撃に面を喰らった亨は口を開けて何かを言おうとしたが、言葉が追い付いてこなかったらしく、咲守の座席を軽く蹴って抗議した。
「はははっ。咲守、お前はそういうところだぞ。亨のギャップ萌えはね、こっそり見つけてひっそり楽しむのがいいんだよ。本人こんなに不愛想キャラなんだから、面と向かって言っちゃダメだ」
「うるせーよ。お前も余計な事しか言わねーな。歩人、お前は何色なの?」
輪をかけて不愛想な声で亨が聞いてきた。
「歩人はね、なんとなんと、世にも珍しい黒!正しくは
咲守がぐりんと後部座席に顔を向けた。
「黒って光るのか?」
「光らないね。夜は闇に紛れて見えないよ!でも、金色の粒々があるから歩人ってすぐ分かる。ちょー珍しい色!歩人以外で見た事ない!」
「ふーん。黒は変人の色なんじゃねーの?」
「ふっふふふふふ!そうかもね!」
「なんだよ、やっぱり咲守と亨はいいコンビじゃんか」
「ちげーよ!」
雨の勢いが増し、町が煙って見える。
こんなに視界が悪くても、咲守はまた横の車道から目を離さず、軌跡を追っている。
煙った中に色んな色が飛び交う世界はどんな感じなんだろうか。
「あ、やっぱり高速の入口に繋がってる。歩人、高速に乗ってね。あの腕、どこから来たのかなー」
俺達は咲守の指示に従い、高速道路に乗って腕の出所を探りに行った。
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