小春日和のとなりで

@shironeko0510

プロローグ

五歳のころ(小春)


 パパとママがいなくなった日、世界がしずかになった。


 人の声も、風の音も、ぜんぶ、ガラスのむこうがわにあるみたいだった。

 

おとなの人たちが、やさしい顔で何か言ってたけど、ことばは聞こえても、なにを言ってるのか、ぜんぜんわからなかった。


 でも、あのときとなりにいた「おにいちゃん」の手だけは、ちゃんと、わかった。


手のひらが、あったかかった。

ちょっとだけ汗ばんでて、でも、それがなんだか安心できた。


手をつないだら、声は出なかったけど、胸の中にあった「こわい」が、すこしだけ小さくなった。


……あのとき、あの手をはなさなかったのは、きっと、わたしのほうだった。



今のわたし(小春・高校生)


あのときの記憶って、たぶん一生消えないと思う。


でも、それを誰かに話したことは、ない。


あんなに泣いたのに、思い出すと変な風に静かで、空気の匂いとか、病院のイスの硬さとか、そんなことばっかりがやけにクッキリしてる。


あの日、わたしの世界は変わった。両親を失って、たった一人になった——はずだった。


でも、隣にはあの人がいた。

たぶん本人は、自信なんてなかったと思う。料理も掃除もグダグダで、朝は弱いし、忘れ物も多いし。

でも、わたしの手を最初に握ってくれたのは、あの人だった。

それだけは、今でもちょっと誇らしいと思ってる。

……なんて、口が裂けても言わないけど。

今でも、たまに喧嘩する。

ムカつくことばっか言ってくるし、こっちの気持ちなんか全然わかってない。

けど、それでも。帰る場所があって、そこに「あの人」がいるってだけで、多分わたし、もう一度今日を頑張れるんだと思う。



俺(現在)


小春が初めて俺の袖を引いたときのことを、今でもはっきり覚えてる。

あのとき、言葉はなかった。ただ、かすかに震えた小さな指先が、俺の手を探してた。


それだけで、全部わかった。


「この子を、独りにしちゃいけない」

理由なんていらなかった。ただ、そう思った。


あれから十年。あのとき手をつないだ女の子は、今じゃ俺より早口で怒るし、俺の作った味噌汁に文句まで言ってくる。


でも、そんな風に生意気言えるくらい、元気に育ってくれたことが、なによりも嬉しい。


血はつながっていない。

でも、俺にとって小春は、大切な家族で、たった一人の「育てたい」と思えた人間だ。


 ——小春が、春の風みたいに笑ってくれるなら。

俺の人生は、それで十分だ——

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