AIZ ~内閣調査室 特殊事件追跡班~
YENYEN
第1話 感情のノイズ
(この作品は「フロントエスケープ」と言う別サイトにて絶賛絶筆中の作品のスピンオフとなります。そちらも参照
https://ncode.syosetu.com/n6613eg/)
AIZ ~内閣調査室 特殊事件追跡班~共鳴乃症
2044年
世界規模の大戦が終結して、すでに4年が経った。
街並みは一見、戦禍の爪痕を感じさせない──本土決戦がなかったおかげだろう。それでも、空気の奥底には、どこか重苦しい影が淀んでいる。
五十嵐五郎は、くたびれた事務椅子に体を預け、曇りがちな窓の外をぼんやりと眺めていた。
「……まさか、この歳でタバコに手ぇ出すとはな」
指先で灰を落とし、苦笑する。
彼は内閣調査室に“なり物入り”で入庁し、敏腕で知られた上司の下、保安調査畑で順調に出世街道を歩んでいた。──はずだった。
だがその道は、ある日、ねじ曲がった。
上司──内村洋介の鶴の一声で、彼は極秘組織『内閣調査室 特殊事件追跡班』、通称「AIZ」へと異動されたのだ。
正式な内調職員は五十嵐一人。他の4名は、いずれも“素性に問題あり”の外部招集メンバー。超法規的、かつ異端の部隊だった。
──当然、長続きするわけがない。
それでも、五十嵐は彼らを憎むどころか、どこか家族のように思っていた。そうして3年。AIZの解体と共に、時も止まったかのように過ぎていった。
◇
かつての「特班」別室──今は廃ビルの一角で、彼はまた新たなタバコに火をつけていた。
その机の向こうには、白髪交じりの男が座っている。
「内村の使者」と名乗るこの男は、皮肉めいた笑みを浮かべながら、一枚のファイルを無造作に滑らせて寄こした。
「お前が引き継ぎだ。AIZ──再起動する。班長、任命された」
ファイルの表紙には「極秘」の赤字。小さく記された名前に目をやる。
八剱美代子。
「公安六課から引き抜いた。話はついてる」
五十嵐は煙を吐き出しながら、書類をめくる。
「……またかよ」
──特異体質:適性あり
──生存率:5%
──班長裁量により随時処分可
「生存率5%。 つまり任務をやる度、こいつ(八剱美代子)が生き延びる確率は5% ……冷たいにも程があるな」
写真の中の少女のような若い女。ファイルの端には、乱暴に折られた書類が一枚。
それを手に取ると、五十嵐は吐き捨てるように言った。
「どんな悪趣味だよ…で? 俺がこのガキの相手をして、新しいAIZを立ち上げろってか? 二人きりで?」
使者は肩をすくめる。
「人が足りないのか、頭が足りないのか──お前が決めろ。必要なら人を増やせ。考えなかったから、お前はあの時、全てを失ったんじゃないのか」
痛いところを突かれ、五十嵐は黙るしかなかった。
「ああ……そうだな。じゃあ、この女に会ってから決めるさ」
ファイルと写真を手に取ったそのとき──
階下で、「ガン!」という衝撃音が響いた。続いて、妙なイントネーションの声が聞こえる。
「い〜たたたたっ! なんでこんなにドアが開きにくいんでありますか?!」
五十嵐は思わず眉をひそめ、使者の顔を見る。男はただニヤリと笑うばかり。
足音が階段を上がってくる。軽やかだが、どこか軍靴のような、妙に響く音だ。
やがて、扉の前で足音が止まる。
摺りガラス越しに見える人影は、まるで少女。だが、ノックも、声もない。気配だけが濃く滞っている。
使者は席を立ち、ドアノブに手をかけると振り向きもせず言った。
「お坊ちゃまには、最初のひとりを迎えるのも難しいらしいな。じゃあな、AIZ班長殿」
ドアを開けると、そこには予想通り、少女のような女性が立っていた。
固まったような顔。緊張で、今にも泣き出しそうな表情。五十嵐は思わず、肩を落とす。
「……やれやれ」
「い、あ、えっと、あの──八剱美代子! 公安六課より来ました! 生き残り癖があります! よろしくお願いいたしますっ!(スゥー…深呼吸)」
敬礼のような動作とともに、勢いだけの自己紹介。
ソファに座ろうとして途中で方向転換、バタンとドアを閉め、また小走りでソファに戻ってストンと着席。五十嵐は呆れ笑いを漏らすしかなかった。
「……『生き残り癖』か。君、AIZに向いてるよ」
八剱はきょとんとした顔で彼を見返し、ぽつりと言った。
「AIZ……とな?」
五十嵐は書類を読みながら、ふと小さくつぶやく。
「セラフィムC群……」
その言葉に、八剱は反応する。
「はいっ、自分、関係者以外にセラフィムのこと話しちゃダメって母に言われております! です!」
思わず、五十嵐は息を飲んだ。
──セラフィムプロトコル。
それは、かつてのAIZの仲間が被験体として関わった極秘プロジェクトだ。南米の研究施設に対象となる子共達を集め、人間の知覚認知能力を限界まで伸ばす「アンヘリーカ計画」と呼ばれた実験。その被験体が日本に渡って──かつてのAIZメンバーとして五十嵐の前に立ったあの女、ソフィアだった。
彼女はある事件を期に施設から逃亡、国を転々としながら生きて来た事から、自らを「C群の亜種」だと語っていた。
ならば今、目の前にいる八剱と言う女は──
「本物」
ということになる。
「第二次アンヘリーカ計画」セラフィムプロトコルの実験が、日本に持ち込まれて行われたと言うのも、内調に入ってからやっと知った話だ…。
人と接するたびに、音が雪崩れ込んでくる。
骨が軋む音、筋肉が収縮する音、目の揺れ、指の痙攣、一つひとつの動作から感情の変化や次の行動パターンが構築されていく。
──その異常な処理能力は、通常の子供にとっては過剰すぎて、自我が崩壊してしまうことが多かった。
だが、崩壊しきった先に現れる“力”があった。信じがたい身体能力を発揮する者が現れる。
それは、使われていない脳領域を、本能的に、動物的に開放し、短い時間で全力を振り絞るものだ。その代償として、彼らは短命に終わる。
──それを、セラフィム・プロトコルでは《セラフィムA群》と呼んだ。
一方で、他人の心の動きを読むだけでなく、逆に意図的に“操る”力を持つ者もいた。観察と演出によって、カリスマ性を操作する──一種の催眠術のような技能。それを《セラフィムB群》と名づけた。
五十嵐自身、内調に入庁した際、適性検査で「B群予備」と診断されたことがある。だが実験には参加しておらず、その潜在能力の有無は曖昧なままだ。
そして──未だに全容の掴めていない《セラフィムD群》。
B群とC群の能力を兼ね備え、なおかつ自我を維持する……はずだった。だが、万能感に飲み込まれ、他者の意識を“共鳴”ではなく“侵食”する者も現れ、結果として廃棄対象とされた為……真相は、今なお闇の中だ。
──そして、目の前にいる女、八剱美代子。彼女は《セラフィムC群》に分類されている。その能力は
“超共感”。
その危うい特性を持ちながら、公安にまで所属していた。
五十嵐は、過去の記録と目の前のコミュ障女子の存在を重ねながら、彼女の動きを黙って見つめていた。
八剱は、部活帰りの高校生が持つようなスポーツバッグに手を突っ込み、ごそごそと何かを探していた。取り出したのは、使い込まれたバインダー式のノート。
ノートには、数式とも記号ともつかぬ図形が乱雑に記されていた。
「それは?」と五十嵐が問うと、彼女はペラペラと話し始めた。
「これですか? さっき、白髪の男性とすれ違いましたよね? あの方、内調の方ですな。ま、私も呼び出された身ですので……」
そう言って、彼女は新たなページにボールペンを走らせ始めた。
内調の人物とその数式に何の関係があるのかはわからない。だが彼女は、確実に“何か”を演算している。少なくとも彼女の中では。
五十嵐はその姿を黙って見つめた。遊びなのか演算なのか、落書きなのか解析なのか──。
見ていると、彼女もふとぼんやりと宙を見つめた。そして、ぽつりと口にした。
「……私、見えちゃいました」
次の瞬間、彼女の動きが変わった。
ペンが急加速する。ノートに線が刻まれる音だけが、部屋を支配していた。
彼女は完全に“ゾーン”に入っていた。
身体を小さく揺らしながら、時にピアノ奏者のように前後にスイングし、瞳は陶酔に濁る。水の中を漂うように、彼女の中で情報が溶け、再構築されているのが分かった。
それは人間の「ユラギ」の極地。
五十嵐は、彼女の手元から目が離せなかった。
そして。
── パタン。──
ノートが閉じられる音。
「終わりです」
呟くように、彼女は言った。
五十嵐は我に返り、戸惑いながら問いかけた。
「……何が終わったの?」
彼女は少し恥ずかしそうに、視線をそらして答えた。
「えっと、その、演算?が終わったというか……答えが、出ましたと言いますか……」
「何の答え?」
と五十嵐が尋ねると、八剱は一瞬だけ間を置き──
「あのロマンスグレーの方が、なぜここに来たのか……そして、あなたに私を引き合わせて、何をさせようとしているのか……その点でございます」
五十嵐は静かに息を吐き、
「──君には分かるんだろ? 昔から、人の考えてることが……違うか?」
あえて核心に触れるように言うと、彼女は少しだけ、悲しそうに微笑んだ。
「はい~……残念ながら……分かってしまいます」
そう言いながら、ヘッドホンを耳にあてた。
「会話中にヘッドホンするか、普通?」
五十嵐は苦笑いしながら、軽くツッコんだ。
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