この世の秘密を知った俺が生き残る条件は少女を殺すことだったが、なぜか使えた特殊な武器でたった1人のために世界を裏切る
えびちり
ACT1 藤本旭
第1話 胎動
地面に転がる瓦礫。亀裂の入ったアスファルトと半壊するビルの廃墟。高速道路の高架は土台から横に崩れ落ち、浸水し茶色く濁った水面から半分だけ飛び出している。
一際目を引くのは大型ショッピングセンターに併設されている大型観覧車だ。あんなあ大きな地震があったというのに、形を保ち、今でもまだ稼働しそうに見える。できた当時は、はっきりとした明るい色で塗装されていたのに、今ではくすみ、色が剥げ錆が広がっていることに、時間の流れの速さを感じる。
東京都南部地震被災地域――通称エリアZ、SNS上でいつの間にかそう呼ばれるようになった場所を今俺は少し離れたところにある建物の屋上から眺めている。ここから眺めることで何か思い出せるかもしれない、そんな気がするのだ。
5年前東京都の江東区南部、江戸川区南部に大地震が発生した。今俺が見ているのはかつてお台場と呼ばれ、観光スポットとなっていた地域だ。地震の影響で津波が起こり、埋め立て地であったこともあって地盤が崩れて水没都市と化した。
3年前瓦礫に埋もれた俺が発見された。俺は病院に運ばれて、しばらくして意識を取り戻した。だが地震の発生前後の記憶がなく、なぜ俺はここにいたのか、誰と会っていたのか、何をしたいたのかを覚えていない。あそこに行けば何か思い出すかもしれないが、立ち入り禁止になっているし、高いフェンスで入れないようになっている。
テレビやラジオではたまに復興作業の話が流れるが、毎日ここからエリアZを見ていると、そんな様子1つも見られない。
あの日からずっとあのままなのだ。この場所も……俺も……
ガチャ、と屋上のドアが開く音が聞こえる。振り返ると長い黒髪の女子が立っていた。
「
こっちに歩いてきながら、彼女は言う。
俺の横に来ると両手を腰に当てて、左足に重心をかけて俺を見る。
「もう、すぐいなくなっちゃうんだから。まぁみんなここにいることはわかってたみたいだけど。」
頬を膨らませ、怒ったように続けて言い、廃墟に目を向ける。
だが目を覚ました後の俺は、灯火の会と呼ばれる被災者の支援を自主的に行っている団体のもとでボランティアに世話になっている。どこからか俺が見つかったことを聞いた沙雪が話をつけてくれていたようだ。別にスタッフというわけではないのだが、沙雪に手伝いを頼まれている。
しばらく二人とも無言の時間が続く。突然手をたたく音が響いた。
「もうお昼ご飯の時間だよ。」
両手を胸の前に合わせた沙雪がこちらを見ている。
昼食の時間とはこの施設を利用している子供たちの面倒を見なくてはいけないということだ。なぜか俺の周りに集まってくるのだ。
俺は沙雪の方を見たが、目を合わせず左下へと目を向ける。あぁ……、と声が漏れる。
「手伝ってくれるよね?」
沙雪は前かがみになって上目遣いで俺を見てくる。
俺がこの顔に弱いみたいだ。そういえばここの手伝いを頼まれた時もこの顔をされたな、と思い返す。
「わかったよ。」
そう言い俺は扉へと歩き始めた。沙雪が俺の後ろについてくる。
昼食は2階で行われているので、階段を下りていく。
スタッフルームに入ると中は騒然としていた。
「どうしたんですか?」
沙雪が驚いた顔をして俺の前に出る。あるスタッフが答えた。
「のぶや君がいなくなったんだよ。」
のぶやとはこの施設の利用者である子供だ。
「とりあえず落ち着きましょう。のぶや君のお母さんはどこですか?」
沙雪が冷静に伝える。こういう時の彼女ほど頼もしい人はいない。大地震の後の余震でも大きいものが来るとこの周辺はパニックになりやすいが彼女はそんなときに率先してみんなを引っ張るところを何度か見てきた。
「この奥にいるよ。」答えたスタッフに目を向ける。
「わかりました。パニックを避けるためにお昼はいつも通り行いましょう。のぶや君は……」
沙雪が振り返る。
「旭、お願いできる?」
俺は「えっ。」と思ったより素っ頓狂な声をあげてしまった。「なんで俺が……」と言いそうになったが、沙雪の目にはわずかな不安が浮かんでいた。
「わかったよ。」
俺は少しぶっきらぼうに返すと、沙雪はありがとうと言って部屋の奥の方へと向かっていった。
本音を言えば、あまり騒ぎには関わりたくない。けれど、それを見過ごすほど俺は冷たい人間じゃない――多分。それに沙雪のあんな顔は見たくない。
俺が出発しようと準備をしていると、部屋に男が駆け込んで来た。
両手を膝に置き、肩で息をするとこう叫んだ。
「のぶや君がエリアZに!!」
皆が彼の方を見た。
俺はそれを聞いたとき、厄介ごとに巻き込まれたという気持ちは消え去り、すぐに部屋を飛び出した。
その時の俺は、のぶやを助けなきゃという衝動に駆られていた。それはきっとあそこの恐ろしさを体が覚えていたからだろう。
俺はすぐにバイクに乗り込みハンドルを回し、エリアZまで走らせた。
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