ポラリスの黄昏
てぬ猫
プロローグ 光を喰らうもの
「そっちはどうだい?■■■!」
「順調よ!そちらは任せたわ!」
2人の英雄が怪物達に向けて剣を振るう。
その剣は怪物達の体を切り裂き、切り裂かれた怪物は灰になり空中に舞った。
「討伐完了♪」
「そうだな…ん?なんだこれは?」
光り輝く物体が英雄達の前でより一層、輝いた。
「眩し…」
———そこには複数の若者が居た。戦っている最中なのだろうか。剣を交えている。
その中の1人が叫んだ。まるで大事な物を失う寸前のような魂を削る叫びだった。
「これは私達と同じ、英雄達かしら?」
「そうだね…しかし、写っている場所は知らないな。」
口を開こうとした瞬間、漆黒の気配を感じる。
暗く、黒く、深淵を覗くときのような闇が英雄達の背後に襲いかかる。
「まずい!逃げろ!エ……!」
ある1人の英雄は、もう1人の英雄を逃がそうとした。命懸けで。体の半分が闇に飲まれても。
「あぁ…■■■!ダメ!私達は灯すのでしょう?未来の人類の為に、希望の灯火を!」
もう1人の英雄は半泣きだった。
神に懇願するように祈る。共に歩んできた仲間を守るために。孤独にならないように。
しかし、そんな願いは簡単に崩れた。かつて背中を預けあった仲間は深淵の一部になっていた。
「なぜ…?なぜ、そこにいるの?闇の具現化が…なんでそこにいるの!?」
孤独の英雄は泣きながら叫んだ。思いっきり、喉が裂けるような勢いで。
「答えなさいよ…!深淵の騎士!」
深淵に向かって叫ぶ。深淵は黙秘を貫いた。
「何とか言いなさいよ…!」
地面を叩いた。勢いよく、地面を砕くように。
騎士の剣が英雄の首に狙いを定める。
「…終わりだ。『罪人』」
英雄の首が斬られる。同時、鮮血が舞う。血は美しい弧を描いた。剣についた血は剣先から滴り落ちる。
首を無くした体に剣を突き立てる。左の胸の肉を削り取った。心臓が露出した。真紅の血が溢れ出る。
騎士は心臓に目掛けて手を突っ込んだ。生暖かい体の中を手探りで探す。
「あった…ついに100体目の魂が我が手に収められる…」
騎士は体から光る玉を引っ張り出す。鮮血がさらに勢いよく吹き出す。だが、そんなことを気にせず、騎士は魂を見続ける。
魂に向かい剣を突き立てる。騎士の魔力を剣に注ぎ、それを剣を介して魂に挿入する。
魔力を挿入された魂は温かい光を輝かした。
「灯火…これは呪われし時代を終わらす剣と成す…私が必ず輪廻を…」
セリフを言い終わらず騎士は飛んでいった。
目覚ましがなる。
目を閉じたまま電源を消そうと手を振り回す。
ゴン!ロフトベットについている落下防止用の柵に手が当たる。
「痛って…」
嫌々目を開け、目覚ましの音が鳴り響く自室でぶつけた手を押さえる。
「あんた〜!起きなさい!朝ごはん出来たよー」
母の声が自室にまで届く。
「分かったよ!ちょっと待ってて!」
目覚ましを止め、目をこすりながらロフトベッドの階段を降りる。スマホの電源をつけ、何も考えずSNSを見る。
ふと、勉強机に置いてあるカレンダーに目がいく。よく見ると今日の日付に赤丸が何重も書かれている。そこに書いてあったのは『クラスレク、目的地:廃病院』と書いてあった。
「あ、そっか。今日クラスレクだっけ?完全に忘れてた。」
自室の扉を開ける。階段を駆け降り、2階から1階へ進む。
「朝ごはん出来てるから。食べといてね〜。」
母は弁当を作りながら片手間で私に言う。
朝ごはんの内容はシンプルだった。茶碗に盛られた白米と味噌汁。きゅうりの漬物と卵焼き、そして昨日の夕食の余りの野菜炒めがあった。
「じゃ…いただきます。」
食べようとすると箸がないことに気がついた。
箸を取りに行くため立ち上がりキッチンへ向かう。箸を取り、食べに戻ろうとすると母が私に話しかけた。
「今日、クラスレクだっけ?」
「うん。そうだよ。」
「気をつけてね?廃れた施設なんて危ない要素しかないんだから。」
「…急になによ?昨日は何も言わなかったのに。」
少し母を困らせようと思い、そう言ってみた。
「なんでって…そりゃ、母親としてでしょうが!…でもね、少し怖いんだ。」
よく見ると母の手が震えていることに気づいた。
静まったキッチンにリビングにあるテレビから流れてるCMが耳に入る。
『ルーメン財団は発展途上国にいる自由のない不幸な子供達のために———』
よくあるCMだ。こんなのを見て、かわいそう!とか募金しよう!って思う人はどれほどいるのだろうか。
そんなことを思っていると、母に肩をガッチリ掴まれた。
「だから、慌てず、顔を洗って制服を着てさ!」
顔をよく見ると泣いていた。恐らく、途中何かを言っていたのだろう。何も聞いていなかったが。
「その前にご飯を食べてからね?」
一か八か言ってみた。どうやら、運が良かったらしく変なことは言ってないらしい。
ご飯を食べ、顔を洗い、歯を磨き、制服に着替え、家を出た。
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい〜!」
朝ごはんの時の母とは違い、明るい声が飛んでくる。学校へ向かって歩こうとすると、そこには黒色のボロボロのローブが落ちていた。
「何これ、不気味…」
私はローブを無視して学校へ向かった。
私は学校に着き、ぼーっとしながら授業を終え、気づいたら放課後になっていた。
「とうとう、クラスレクか…楽しみだな。」
思わず笑みが溢れる。しかし、私はなぜか心にぽっかり穴が空いたような気がした。
「………」
目を瞑り、俯く。冷や汗が止まらない。もうすぐで死ぬというのがヒシヒシと伝わる。
(大人としてちゃんとしなきゃ!)
そんな気持ちだけが私を正気にする。
今朝、娘に泣きついた。きっと娘は私が頭がおかしくなったと思っただろう。
「予知夢に見せかけた、ただの悪夢…だと思っていたわ。」
今日、夢で見た景色は私が惨殺される夢だった。黒いローブを着た騎士のような人物に切り刻まれる夢。あまりの気持ち悪さに吐いてしまった。
「…輪廻がまた、何回も、何十回も、何千回も起きたのか…」
騎士はブツブツ意味不明なことを言い続ける。
「あの…お金なら…いくらでもあげますので、命だけは許して…お願いします…」
我ながら大変情けないと思った。声は震えてるし、こんな狂っている奴が金を払った程度で退散してくれるわけがない。
「貴様の…魂を寄越せ…輪廻を止める為…」
恐怖を耐え抜き、私は騎士がセリフを言い終わる前に殴りかかった。
騎士は拳を簡単に止め、反撃とばかりに私を心臓の部分から下半身の方向に向けて切り裂いた。
「……」
言葉は出なかった。ただ涙だけが流れた。悔しいとか、怖いとか、悲しいとか、そういうのじゃない。
鮮血が部屋の壁にベットリついているのがわかる。生暖かい血が私の全身を包む。
「…やはり、血飛沫こそ…最高の温かみだ…そう、思わないか…?」
狂った獣は私の胸に目掛けて剣を突き刺す。その瞬間、意識がなくなり、今生の別れとなった。
「灯火…やはり、1番…安心できる…」
例の儀式を終え、魂は灯火と化していた。
「次なる標的…そうだな…若い奴がいい…若く、志のある魂。」
騎士は次なる標的を探しに窓ガラスを破り、空へと飛んでいった。
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