虚像を失くした者たち

芦屋 瞭銘

第一章 失われる虚像

第1話 早朝の雷


 俺の弟は、俺と違って生まれつき鏡に映らなかったらしい。


 無虚像症候群。異世界と繋がってしまった現代では珍しくも既出の現象だった。


 鏡に映らない人間をそのまま放置すれば、数ヶ月以内に消滅する。現状の対処法は一つ。この世界から渡れる異世界に転移することだった。方法が確立されているとはいえ、それは高い技術を要していて高額だった。それでも俺の両親は迷わず弟を異世界に送る選択をした。


「無虚像の人がまた異世界に送られるんだって」

「ああ知ってる。しかも国内の人だよね」

「そうそう」

「確かさ、あいつの弟もじゃなかった?」

「あ〜らしいね」


 聞こえるような声で俺の話題をされている。テスト期間中の教室は部活がない生徒が多く残っていて、集まって勉強している奴らもいた。ちょうど俺の話をしている女子数名も同じだろう。確かバレー部だ。

 居心地も悪いのでそろそろ退散しようか。ちょうど集中力も切れてきた頃だし。


「おいおい智白(ちあき)、何一人で帰ろうとしてんだよ〜」

「うわ」


 突然後ろから肩に手を置かれて振り返る。そこには中学からの友人である高杉が立っていた。


「なんだ高杉か……びっくりした」

「なんだとはなんだよ。お互いに部活ない時は一緒帰ってんじゃん。もう帰るんだったらオレも準備するけど?」

「もう帰るよ。3秒で支度しな」

「はっや!」


 そんなに多くはないけれど高杉のような仲のいい友人はいた。平凡でそこそこ退屈はしないけど刺激は少ない日々。別に不満はなかった。たまに兄弟の話を聞いたり、兄弟で遊んでいる子供を見たりすると、そういや俺にも弟がいたらしいなと思い出すこともあったけれど、それまでだった。




 つい、昨日までは。


「おはよう……ってどうしたの」


 翌日の朝、目覚まし時計で目を覚まして2階の部屋からリビングに降りると、ダイニングテーブルに縋るように手を置く母の姿があった。寝てないのだろうか、目が充血してくまもできている。その明らかな異常に俺は一気に緊張する。


「お、お父さんが……っ」


 母が言葉を詰まらせる。重大な何かあったのは明らかだ。まさか命に関わる話だろうか。なかなか次が語られないので俺が先に口を開いた。


「昨日は出張だったでしょ? 出先で何かあったの?」

「……ふ、」

「ふ?」


 ガタガタと母親が震えたまま、ゆっくりと口を動かして言葉を紡いでいく。それを聞いて俺の思考も停止した。


 ”お父さんが、不倫相手と一緒に人を殺したって”


「は……?」


 その日から、俺たち家族の生活は一気にひっくり返った。

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