悠久の舞姫(♂)は『のじゃ』と鳴き、凄腕の剣士は閻魔に返品される
ぎん
第一章:傾国姫とその護衛
第1話 青蓮棚の傾国姫
斜陽の城市に旅の一座がやってきた。
西域の人々が入り混じる色鮮やかな音楽と舞。ここ洛央府が京師であった頃は、大層もてはやされたという歌と踊りと音楽の数々は、人々を一瞬で魅了した。
とりわけ人々の目を引いたのが胡姫に混じって舞い踊る、愛らしい少女の姿である。
彼女の踊りを一目見ようと、うらぶれた城市の劇場に人々は殺到した。老舗、青蓮棚は連日満員御礼で、遠方の金持ちたちまで訪れるようになり、一番良い席で彼女を見たいと金を積んだそうだ。
はたまた異国の国王がお忍びでやってきたとか、果ては栄陽帝――時の皇帝までもが、彼女の魅力に夢中になって、幾度となく劇場に足を運んでいるらしいとか。
真偽のほどは定かではないが、とにかく、とんでもない大騒ぎになったことだけは本当である。
どうにも人目を惹きつけて離さない不思議な少女。
人々は少女のことを傾国の舞姫、『
*
「ああ、後ろ姿しか見えないのがもどかしい……」
楽屋裏で出番を終えた役者たちが、舞姫の舞台を垣間見る。彼らの視線の先には、舞台の上で喝采を浴びている踊り娘の姿があった。
胡楽に合わせて軽やかに舞い、優雅に水袖を靡かせる。年のころは十二、三。まだあどけない少女であるが、天女のように清らかで美しい。きらきらとした笑顔を客に向け、かと思うと少しおどけてみせたり、そうかと思えば大人の女性にも負けぬほどの凛とした表情で踊ってみせる。
「いいなあ……。楽屋に戻ってきたら、俺、彼女に声かけてみよう。今日の公演が終わったら、暫く彼女の踊りは見られないんだろ? この公演を観るために五日前から人が並んでたって話だぜ」
興奮気味に語る男に、もう一人の男は渋い顔で首を振る。
「やめとけ、やめとけ。殺されるぞ」
そう言って男は、くいと顎で舞台袖を指し示す。そこにあったのは仏頂面で立ち尽くす男の姿だった。年のころは二十半ばくらいだろうか。不機嫌そうな表情を隠しもせず、組んだ両腕には剣を携えている。一目で只人ではないと分かる、歴戦の戦いを潜り抜けてきた雰囲気を持つ男だった。
「あいつがどうした?」
「傾国姫の護衛だよ」
「ああ……あれが傾国姫の心を射止めた男? あいつのせいで、姫は一座から抜けることになったんだっけ。たしか、えーと名前は、なんだったか」
ようやく思い当たることがあったようで、男はぽんと手を打った。
「
「なんだそりゃ? 閻魔様より強いってか?」
「違う違う。どんな死地に赴いても、たとえ仲間が全滅しても、たった一人生き残る凄腕の侠客。それで、ついた渾名が『閻魔に返品される男』つまり、
「へえ。『
「しっ」
思瑛の視線がこちらに向いたのを感じ、慌てて男は指で合図を送る。
そのときだった。
「侵入者だ! 侵入者だ! 傾国姫を守れ!」
劇場の役者たちの制止を振り切って、一人の巨漢が舞台の上に飛び乗った。華やかだった演奏は乱れ、止まる。先ほどまで傾国姫の話をしていた二人も驚いて舞台に視線を戻し、そして言葉を失った。
滑るように傾国姫を背に庇った思瑛の、驚くほど俊敏な動きと、そして手が翻った瞬間に起きた出来事。男の指先が巨漢の男に触れたと思ったとき、既に巨漢の身体は空に舞っていた。
地響きと共に土煙が舞い上がる。思瑛は難なくその中を進みゆき、巨漢の腕を縛り上げた。
「踊りの邪魔だ。さっさと連れて行ってくれ」
観客たちも呆然としていたが、騒ぎをききつけてやってきた捕快たちが侵入者を連れていったことでようやく状況を理解したようだ。傾国姫が舞うための障害が消えたことを理解すると、途端に拍手喝采の大歓声が沸き上がる。
「はぁ~、なるほどねえ。確かに並の奴らじゃ相手にならないだろうな。閻魔に返品されるほど、かはさておいて」
「だろ? まあ、傾国姫とお近づきになろうなんて、無理な話ってことさ」
二人は納得したように顔を見合わせると、深い深い溜め息をついたのだった。
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