第8話 拝啓、ハリソンさん

 その夜、外着と大して変わり映えのない黒いワンピースの寝巻きに身を包んだ私は、魔法でランプに灯りをつけると、ダイニングテーブルで便箋に羽根ペンを走らせた。


 ハリソンさんへ。

 今日はララさんと『トレジャーハント』というレストランへ行きました。

 というのも、私は家事全般がまるでダメで、薬草入りの緑色オムライスを作ってしまったからです。ララさんには申し訳ない限りです。

 なので、ララさんのために料理スキルを習得中です。オムライスはなんとか完成させることができ、ララさんも美味しいと言ってくれました。仕事とはまた違う達成感のようなものを覚えました。

 今日行ったレストランの店主のビルさんと奥さんのマルガレタさんは子だくさんで、その中のエイトくんという男の子とさっそく仲良くなったようで……


 手紙を書いていて思うが、濃い一日だった。

 トイレに間に合わなかった事件に始まり、ララさんに頼りないところばかり見せた。

 裕福な家で育ったララさんは、狭いこの家やメイドがいない生活に戸惑ったことだろう。

 ただ、父親と母親のいないあの立派な家にメイドとふたりきりで住み続けるのは、ララさんには酷だ。ハリソンさんの話では、母親がいなくなってから、母親のベッドで眠るようになったそうだ。母親の肖像画を見るたびに寂しそうにしていたと。

 そこにあると、喪失を忘れたくても忘れられないはずだからと、ハリソンさんは早めにあの家からララさんを出すことに決めたのだ。


 あの家は今後、時が来たら譲り受ける約束になっている。ハリソンさんは売ってお金に変えてもいいと言っていたのだが、思い出の詰まった家だ。ララさんが自分のことを決められるくらい大人になったとき、改めてどうするか、意思を聞きたいと思う。それまでは、私がララさんの宝物を守るつもりだ。


 それにしても、残念だ。ハリソンさんの家業をララさんが継げればよかったのだが、そこまで彼はもたない。

 契約を詰める際にハリソンさんから聞いたのだが、最初は親戚にララさんを預け、家の仕事も任せ、いずれララさんが後を継げればとも考えていたらしい。

 しかしながら親戚は金にがめつく、ララさんにはなにも残さないばかりか、途中で育児放棄……ならまだ可愛いものだが、よそに捨てられかねないと思ったらしく、私に白羽の矢が立った。


 そこでなぜ、私なのかが疑問だが。


 依頼として任せるほうが安心だと思った? でも、赤の他人だ。ハリソンさんがいなくなったあと、依頼をすっぽかされるとは思わなかったのだろうか。それになにより、なぜ同じ人間ではなく魔女に子育てを頼んだのか。

 今度会った時にでも聞いてみよう。


「キャロット……なにをしているの?」


 目をこすりながら、私の部屋で寝ていたはずのララさんが家から持参してきた白いネグリジェ姿で歩いてくる。


「ララさん、眠れないですか? ララさんのお父様にお手紙を書いているんですよ」


「え? お父様に? わたしもかく!」


 ララさんが抱っこしてとばかりに「ん!」と両手を広げた。

 なんだこの生き物、可愛すぎる。撫でくり回したい衝動に駆られつつ、私はそばにやってきたララさんを抱き上げて、膝の上に乗せた。


「どうぞ」


 ララさんの前に便箋と羽根ペンを用意したのだが――。


「OH……」


 文字になっていないミミズさんの大行進になってしまったので、私も羽根ペンをとって、その上にふりがなを振るように解説をつけることにした。


「ララさん、なにを書いたのか私にも聞かせてくれますか?」


「いいわよ。あのね、キャロットががんばってたわって」


 振り返ったララさんに、私は目を見開く。


 失敗ばかりだったのに、私のことをそんなふうに見ていてくれていたのですか……?


「クインも言ってたわ。がんばってるなって。とってもやさしい目をしていたのよ」


「あのクインが?」


 いつもクールで、感情を表に出すタイプではないと思っていたのだが、どうやら子供の前では違うらしい。


「わたしね、クインにひとめぼれしたわ」


「……う、え、あ、う……?」


 今、ひと、ひとめぼれって言いましたか?


 動揺のあまり、変な返事になってしまった私のことなど眼中に入っていない様子で、ララさんは両手を握り合わせて、とろりとした目で宙を仰いでいる。


「クイン、とってもかっこいいわ。おとなで、おうじさまみたい」


「と……歳が少々、離れすぎでは……」


 身振り手振りで説得しながら狼狽える私に、ララさんはきりっとした顔で振り返った。


「愛に、ねんれいなんてかんけいないのよ?」


 ララさん、どこでそんな言葉を覚えてきたのですか……。


 私はどっと疲弊しながら背中を丸めた。そのとき、私は違和感に気づいた。


「ララさん、なんだか髪が……伸びていませんか?」


 今朝、お風呂に入れたときは肩甲骨くらいだったと思うのだが、今は背中の真ん中くらいまである。私の見間違い……だろうか。


 ララさんの髪に触りながら、私は「ん?」と首を捻った。

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