二章 料理スキルを磨こう
第4話 料理がぽんこつだった
早朝、ソファーで目が覚めた私は全身の凝り具合に「うっ」と年寄りくさいうめき声をあげてしまった。のろのろと起き上がり、あくびをこぼしながら腰を叩く。
というのも、うちにはベッドがひとつしかない。だからといって、昨日の今日でいきなり一緒に寝るのはララさんも休めないだろうと、ベッドを使ってもらったのだ。
私はソファーを降りてキッチンに向かうと、まずはいつものルーティンでコーヒーを入れる。それを二口ほど飲んだあと、玄関のそばに置いてあるレードルが入ったバケツを持って、家の外へ出た。
扉を開けてすぐ、緑の香りが鼻を掠める。目の前に広がるのは、鬱蒼とした森。ここに小屋を立てたのは、薬草採取に向いているからと、目の前に小川が流れていて、水汲みに苦労しないからだ。
私は小川で水を汲み、その中に胸元から取り出した小瓶の中身を垂らす。金色に光った液体がどろりと落ち、水と混ざって量を増した。私はバケツを抱えて立ち上がると、レードルで中身を家の周りに撒いた。
すると、こちらに近づこうとしていた黒い一本角を持つ黄色い兎のような魔物――アルミラージが「キュウッ」と嫌な臭いでも嗅いだかのような声を上げて引き返していく。
この魔法薬は魔物避けだ。ちゃんと効果を発揮しているようでなにより。
「ニンジン!」
バケツの中が空になり、家に戻ろうとしたとき、なんとも不名誉な名前で呼ばれた。振り返ると、戸口にララさんが立っている。
「ララさん、もしかしなくても、そのニンジンって、私のことで……す、か……?」
ララさんに歩み寄ると、もじもじしながらスカートの裾を握り締めている。よく見ると、スカートの真ん中が湿っていた。
もしかして……。
「なんでハコ、おいてないのよ!」
「箱?」
「おトイレ、とどかないじゃない!」
腕組みをしながら怒っているララさんに、ぴんときた。
「あ……踏み台……!」
そっか、四歳の子供が大人のトイレを使えるわけがない。私、さっそくやらかしました……!
私はその場で勢いよく土下座する。
「申し訳ありません! 今回の件は、私の不徳のいたすところ。すぐに箱を用意させていただきます! でも、その前に……」
私は顔を上げると、頬を膨らませながら、こちらを見下ろしているララさんに苦笑した。
「お風呂、ですね?」
ララさんの肩甲骨くらいまである髪を頭の高いところで団子にまとめ、服を脱がせてタオルを巻いた。それから木製のバスタブに浅く水を張り、私はそこに腕を突っ込んだ。
「ᚼᛁᚥᚮᚮᚴᚮᛋᛂ ᛆᛐᚢᚴᚢᛘᚮᛂᚱᚮ……」
――火を起こせ、熱く燃えろ。
呪文を唱えれば、ぶくぶくとお湯が沸騰し、湯気があがる。
「わっ!」
ララさんは食い入るようにバスタブの中を見ていた。その様子が可愛らしくて、勝手に頬が緩む。
「ᛘᛁᛎᚢᛦᚮ ᚮᛑᚮᚱᛂ」
――水よ、踊れ。
呪文を唱え、指揮者のように指を躍らせれば、水が魚の形となってぴちゃぴちゃと跳ねては落ちる。
「うわ~っ、おさかなさん!」
ララさんは魚を捕まえようと手を伸ばし、キャッキャとはしゃいでいた。
私が程よいところで手を引っこ抜くと、踊っていた水が静かになる。薬になる植木を入れていた木箱をバスタブのすぐそばに設置して、私はララさんを振り向いた。
「どうぞ、ララさん」
手を差し出せば、さっきまで目をキラキラさせていたのが嘘みたいに、ララさんはツンとした顔になった。私の手を渋々掴んで、ゆっくりとお湯に浸かる。
「なにこれっ、あったかい!」
「ふふ、はい。魔法で沸かしましたから」
私はスポンジに石鹸をつけて、興奮しているララさんの背中をこすろうとした。でもそこに、痛々しいほど大きな引っかき傷がある。
これが、ララさんのお母さんを奪った魔物がつけた傷……。
「わたしもやる!」
「はい?」
考え込んでいた私は、慌てて傷から顔を上げる。
「やるって、魔法をですか?」
こくこくと頷くララさんに私は慌てた。
「ええとですね、ララさん。魔女と人間は種族が違いますから、難しいです」
人差し指を立てて説明するも、ララさんには難解だったのか、首を傾げている。
「できないってこと?」
「そう……なります」
期待の眼差しを前に、心苦しく思いながらも返事をすると――。
「やだーっ!」
「えっ、ララさん!?」
ララさんもとい、小さな怪獣はバスタブの中でばしゃばしゃと手足を動かして暴れ始めた。
「いーやーだ~~~!」
「おち、落ち着いて……!」
こっちまで水が飛んできて、私は目をつぶりながらララさんに手を伸ばす。けれど、運悪く床に落ちていた泡立ったスポンジの上に膝をついてしまったらしい。つるりと滑り、背中から転がってしまう。
「あたっ」
背中を打ち付けた私を、ララさんはとっても楽しそうに笑っていた。そこでようやく小さな怪獣さんは落ち着きを取り戻し、その頃には私は濡れ魔女になっていた。
壁一面にある棚に所狭しと並ぶ薬草の瓶と植物の植木。それらは食事をするテーブルにまで及んでおり、両手が塞がっていた私は腕で雑に押し退けると、緊張の面持ちで皿を置いた。
「ど、どうぞ……」
「……おむらいす」
ぶすっとした顔で、ララさんはお皿の上にある緑色のオムライスを睨んでいる。その横には、緑色のコーンスープもある。
「おむらいす、きいろくない」
オムライスを見つめたまま、ララさんは言った。
「えと……身体にいい魔法薬入りオムライスでして……」
ララさんを病気から守ると約束したこともあり、さっそく滋養強壮の薬草をありったけ混ぜて、活性の魔法を付与し、作った魔法薬を調味料として加えた。一口食べただけで、身体が軽く感じるはずだ。
スプーンで恐る恐る口に運んだララさんを、私も緊張しながら見守る。すると、ララさんの目に涙が溜まっていき、その顔がどんどんくしゃくしゃに歪んでいく。
「……っ、まずい!」
「う……」
「にがいっ、くさいっ、まーずーいぃぃ~っ!」
「ううっ」
ララさんの言葉がズサズサと突き刺さる。
自分で言うのもなんだが、一度目、二度目の人生でも仕事では百戦錬磨だった。ただ、どちらの人生でも、家事だけはうまくできた試しがない。
「……っ、お母様のごはんは、おいしかった!」
ララさんはだんっとスプーンを持った手をテーブルに打ち付ける。次の瞬間、
「……!」
ぶわっと微かに波動のようなものが広がり、家の中の家具や薬瓶がガタガタッと揺れた。
今のは……?
私は戸惑いながら、ララさんを見つめる。
まさか……でも、一瞬魔力を感じた気がした。
この世界に生きる者なら誰でも、魔力が身体に流れている――が、クインのような狩人や騎士のように修練によって魔力を高め、武器を介してスキルを振るう人間や、生まれながらにして魔力に溢れた魔女に比べれば微々たるものだ。万象に干渉するほどの力は持っていないはず。私の魔法薬入りオムライスで、一時的にその力が増幅したとか……?
「お母様は、わたしのすきなもの、なんでもつくってくれた! ぜんぜんちがう!」
ララさんの声で我に返る。その目の端に、ぷっくりと涙が浮かんでいた。
「ララさん……」
まだ、お母さんを亡くして一年だ、忘れられるわけがない。一生かけても、私はララさんの本当のお母さんには追い付けないだろう。
お母さんのご飯は美味しかったのに……、お母さんと全然違う……か。今の言葉は、結構刺ささりますね……。
がっくり肩を落とした私は、はっと我に返る。
これくらいで、いちいち落ち込んでいる場合ではない。できないのなら、習得すればいいのです。お料理スキルを!
今日こなそうと思っていた仕事は、すべて急ぎの案件ではなかったはず。こうなれば、今すぐにでも実行に移すのみ。
「ララさん!」
計画を思いついた私は内心燃えながら、さっそくララさんに提案する。
「今日は外に食べに行きましょう!」
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