マザー・ウイッチ~転生魔女は異世界で娘と幸せに暮らします~
@toukouyou
一章 二度目の人生こそ
第1話 ありえない依頼
「キャロットちゃんの薬は本当によく効くのよねえ」
町のビストロ店『トレジャーハント』に魔法薬を持っていくと、肩まであるブラウンの髪と瞳をした店主の奥さん、マルガレタ・ビアードさんが赤ちゃんを抱きながら言った。
マルガレタさんは七人の子供を育てている肝っ玉母さんで、私の常連客だ。このたびめでたいことに赤ちゃんが生まれたのだが、ずっと抱っこしていたら腰を痛めてしまったらしい。ここのところ腰痛に効くペインポーションをたびたび依頼されていて、こうして配達しに来たというわけだ。
「あ! キャロットだ!」
彼女の子供たちが私に気づくと、あっという間に包囲される。
「騒がしくてごめんなさいねえ。でも、みんなキャロットちゃんが好きなのよ」
「そうですか。好かれる要素がまったく浮かびません」
「不思議よねえ。ふふ、愛想はないけど、キャロットちゃんは子供相手にも丁寧でしょう? だから、自分にちゃんと向き合ってくれる大人だってわかるのね」
マルガレタおばさんと話し込んでいると、そこへ八本足のトカゲのような姿をした魔物――バジリスクを担いだ男性がやってきた。
「……よう」
そっけなく言った彼は狩人のクイン・カークビーだ。アッシュゴールドの髪に切れ長のローズクォーツアイ、野性的な顔立ちの美形で、確か私と同じ三十歳。彼は狩ってきた魔物の牙や毛皮、肉を商人や食材を求める料理店に売って生計を立てる狩人だ。
「どうも」
同じ依頼主を持つ者同士、よく顔を合わせる。とはいえ、こうして挨拶を交わしたり、ときどきビアード夫妻に誘われて食事を一緒にとるくらいの付き合いしかないが。
「来たか、クイン! キャロットも」
店から出てきた店主のビル・ビアードさんに、私もクインも会釈で応えた。そんな私たちを見て、ビルさんは笑う。
「お前たちは似てるな。いっそ、結婚したらどうだ」
隣でぎょっとしているクインの目元が微かに赤い気がする。
「ありがたい申し出ですが、私は末永く仕事と添い遂げるつもりですので」
ぺこりと頭を下げ、きっぱりと告げれば、心なしかクインの肩が落ちた気がした。
「……?」
私が不思議に思っていると、ビルさんに肩を叩かれる。
「あっはっはっはっ! ぶれないなあ。まあ、キャロットは売れっ子だからな」
それを聞いた子供のひとりが「売れっ子?」と父親を振り返った。
「そうだぞー? お前がひっついてるそこのお方は優れた魔法と薬学を持つ、『秘薬の魔女』様であらせられる」
ビルさんはなぜか自慢げに、私の通称を仰々しく説明してくれた。
「あちこち引っ張りだこのキャリアウイッチ様なんだ」
子供たちは多分よくわかっていないだろうに、「へえ~」と羨望の眼差しでこちらを見上げてくる。なんとも落ち着かない。
「にしても、おー、今回のバジリスクもよく肉がついてるなあ。さすがはクインだ。見聞きもできるんだからな。唐揚げにしたら美味いだろうよ。どうだ、食ってかないか?」
クインはこくりと頷くが、
「すみません、今日はまだ依頼が……ぜひ、またの機会にお伺いいたします」
私は申し訳なく思いながら、丁重にお断りをした。
「キャロットちゃん、このあとはどこに行くの?」
「医名配達希望のラブポーションを届けに隣町へ」
ラブポーション、すなわち媚薬。依頼内容を知ったビルさんは顔を引きつらせる。
「おお、いろんな仕事があるんだな……」
「それから、新規客の依頼相談に、ルガーまで」
年季が入った茶革の肩掛け鞄を開け、依頼主から届いた手紙を取り出す。便箋にはただ【依頼をお願いしたい。詳細は実際に会ってお伝えします】とだけ書かれていた。
「ルガーって、ここから三つ隣の町じゃないか! えらい遠くまで仕事に行くんだな」
「なに言ってるの、あなた。キャロットちゃんはそれくらい、ちょちょって移動できるじゃない」
ビアード夫妻が話してるそばでホウキに跨った私は、大ぶりの黒いとんがり帽子のつばを摘まんで頭を下げる。
「それでは、失礼します」
「ばいばーい!」
子供たちが手を振ってくる。黒いワンピースをはためかせて一気に浮上した私は、皆に見送られながら次の依頼主のもとへ向かった。
依頼主の手紙の住所を訪ねると、川のほとりに立つ立派な邸に着いた。
ホウキを降りて扉をノックすると、中から「はあい」と声がした。出迎えてくれたのは、年老いた女性だった。
「どちらさまで――ああ、魔女様でしたか!」
私の出で立ちを見て、腑に落ちたらしい女性はどこか弾んだ声でそう言った。
「私はこの家の使用人です、マギーとお呼びください。さあ、お入りください。旦那様がお待ちです」
促されるままに中へ入ると、彼女のあとについて廊下を歩く。やがてマギーが突き当りの部屋の前で立ち止まり、扉をノックした。
「旦那様、魔女様がいらっしゃいましたよ」
少しして「入りなさい」と渋くも、どこか優しげな声が返ってくる。
「失礼します」
マギーに扉を開けてもらい、中に入ると、ベッドに眼鏡をかけた男性が座っていた。
「来てくれたんですね、キャロットオレンジの魔女さん」
キャロットオレンジとは、私の容姿のことだろう。
「初めまして、キャロット・キルケーと申します」
私は帽子を脱いで、お辞儀をする。
そう、名前もさることながら、くるくるの癖のあるオレンジ色の髪と葉のようなエメラルドの瞳はあの野菜を連想させる。そのせいで、子供の頃は町を歩くだけでニンジン娘とからかわれたものだが、ハリソンさんはそういう意味で言ったわけではないだろう。
「キャロットさん、どうぞおかけください」
ベッドの横にある椅子を勧められ、「失礼します」と腰掛ける。
「お茶をお持ちしますね」
「ああ、頼むよ、マギー。それから、あの子のことも」
ハリソンさんが声をかけると、マギーは「はい、お任せを」と恭しく下がっていった。
「手紙に詳細を書かなかったので、もしかしたら来てくださらないかもと思っていましたが、あなたはとても誠実なお人だ」
柔和な笑みを浮かべるハリソンさんは、光の加減のせいか、青白い肌のせいか、今にも消えてしまいそうなほど儚く見えた。
「いえ、実はこういったケースは珍しくないのです。極秘に依頼を望む方の中には、手紙のように証拠に残るものには詳細を描かない方がほとんどです」
ハリソンさんは「そうなんですか」と目を見張ったあと、今まで読んでいたのだろう本を静かにナイトテーブルに置いた。
「さっそくですが、依頼についてお話しても?」
ハリソンさんに、私は「はい」と頷く。
「まず、長期契約を結ぶことは可能ですか?」
「他の依頼との兼ね合いを見つつにはなりますが、可能です。ちなみに、どのくらいの期間を想定なさっていますか?」
護衛のような依頼であれば、ひと月くらいの契約はよくある。
「二十年」
「に……」
え、今なんと?
「二十年、その先も続行していただけるのであれば、お願いしたい」
聞き間違い……ではなかったようだ。いやいや、二十年って。私、そのとき五十歳なんですが……。しかも、その先も続行って、おばあちゃんになってしまうのですが。
固まっていると、ハリソンさんは苦笑いした。
「さすがに驚きますよね」
「そう……ですね」
「もちろん、私の全財産をお渡しするつもりです。持ち家もありますから、そちらを売っていただいても構いません。それだけでは足りないでしょうけれど、私が託すのはそれ以上の価値がある宝です」
持ち家って、この立派なお邸をですか? それ以上の宝って……怖くてなにか聞けません。
なんだか、話がきな臭くなってきた気がする。そこまで高額な依頼料を積んでまでして、一体私になにをさせようとしているのか……。
「えと、ちなみにどんな依頼を私にするつもりだったのでしょう?」
ハリソンさんは静かに深呼吸をして、まっすぐ私を見つめる。
「娘の養母になってほしい」
「……は?」
なにを言っているのだと、私は顔には出さずとも、内心では仰天しながら失礼な返しをしてしまう。けれどハリソンさんは不快な顔ひとつせず、憂いの表情で微かに俯いた。
「私は……余命いくばくもありません」
私は息を呑む。
来客が来たのにベッドから出ないあたり、なにか病気なのだろうとは思っていたが、まさかそんなに深刻な状況だったとは。
「妻も一年前に魔物に襲われて他界しています。そして私まで娘を置いて行かなければなりません。ですから、魔女さん。この通りです」
深々と頭を下げられ、私は慌てる。
「そんな、顔を上げてください!」
「もう娘をひとりにしないでくれる、誰かに託したいのです」
ハリソンさんはそれでも顔を上げず、切に願っている。彼の状況を思えば、心苦しいことこの上ないないけれど――。
「申し訳ございません。依頼は、なんでも叶えられるわけではないのです。私には、仕事もありますし……」
仕事は私が生きるために必要なものだ。単にお金だけの問題ではない。呼吸をするみたいに仕事のことだけ考えて生きてきて、休みすら返上して働いていると安心すらする。
仕事が奪われたら、私自身のなにかが崩れ去ってしまうようなそんな気がするのだ。なんでなのかはわからないが、ずっと追い立てられるみたいに働いてきた。それを今さらやめたら、私はきっと、なにをしたらいいのかわからなくなる。
「そうか……突然、無理を言ってすまないね」
「いえ……申し訳ございません」
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