天使の標本
@mskgmc
あなたは死んで汚れてはいけません。――セイキン自動生成字幕(前)
――テレビゲームの、
テレビの画面に、黒髪の女がいて。
その女が天使を撃っている。一発、二発。そのまま目標を失った彼女は弾丸を
急に自分の心臓がじくじくと、疼くような痛みを訴え始めた。この現象はここ最近よく起こるが、痛みにはまだ慣れない。しかし、自分があの人の死を乗り越えない限り、この痛みが続くことを予感していた。時限爆弾のように、カチカチとリミットを刻んでいて、その音が自分を焦らせていく。音が鳴れば鳴るほど自分を追い詰める――いつゼロになるのかすらもわからないまま。
それにしても、ゲーム画面の中で殺されていく天使は、なんて醜いのだろう。殺されて当然だと思ってしまうほどに。
小さい頃の話だけれど、私はおじいちゃんっ子だった。祖父の家が近所にあったので私はよく顔を見せに行った。私が祖父を好きだったように、祖父も私をいたくかわいがってくれた。しかし、本当によくある、よくあることなのだろうけど、私は中学生になってから祖父を訪ねることはほとんどなくなった。大抵の子どもがそうである様に、私は祖父よりも年齢の近い友達を大切にした。
ついに祖父に会う機会が盆と正月になる頃には、私は祖父に対して「汚い」という感情が湧いていた。友達の未熟でニキビに塗れた顔も汚いといえば汚いのだが、祖父の顔に刻まれた皺、唇の端から溢れたよだれ、はっきりしない言葉、それらは全て老いによるものであった。私が祖父に対して嫌悪感を覚えても、祖父にとって私はかわいい孫だった。であれば、ちょっと知恵のついた子どものすることは一つしかない。「おじいちゃん大好き」と言いながら小遣いをせびることである。
さて、そうして手に入れた小遣いで中学生にして毎週友達とファミレスで豪遊ができることに慣れ切った頃、祖父が急死した。その知らせを聞いたのはファミレスで友達と「第一回ドリンクバーで作る世界一まずいジュース決定戦」を開催していたところにきた、母からの電話だった。
祖父はもう八十に近い年齢だったから、いつ死んでもおかしくないはずだったが、私はそれまで身内が死ぬという経験がなかったせいか、祖父の死をはるか遠くに考えていた。むしろ今週発売の週刊少年ジャンプで連載されている漫画の好きなキャラクターの安否の方が、自分にとって身近な死であったと思う。急に知らされた祖父の死について私が言ったのは以下の一文である。
「そうなんだ」
そして、私は電話を切った。
「どうしたの。お母さん、帰ってこいって?」
麦茶とメロンソーダを混ぜている同級生がなんともないように聞いてくる。
「その、おじいちゃんが死んだって」
だから自分も、なるべく落ち着いて返事をしたと思う。しかし友達は「えっ」と目を見開き、私の手からコーラとオレンジジュースの錬成物を奪い取った。
「おじいちゃん、死んじゃったって、お前、帰った方がいいって!何してんの!」
自分より、友達の方が焦っていた。それを見て急に不安になった私は「死んじゃったら、帰った方がいいの」と聞いていた。
「死んじゃったら、帰る意味あるのかな……」
危篤とかなら、看取る必要があるかもしれないけど、もう死んでしまったならその必要があるのかと思った。
「あるでしょ」
なぜあるのかと聞き返すことも許さないような、当然を吐き捨てる友達に軽い恐怖を覚えていた。私はテーブルの上に千円札を一枚置いて、その場から逃げ出した。勿論その千円札も、祖父がくれた小遣いである。
結局、私は祖父に対して重苦しい気持ちを抱いて生きている。祖父の愛情を裏切ったこと、祖父を醜いと思ったこと、そのくせ利用はしたこと、そしてその死にすら誠実になれなかったこと。もっと祖父を愛せたはずだった。祖父の老いを直視できるはずだった。小遣いをくれなかったとしても、祖父は私を愛していたし、私は祖父を愛せた。私は祖父の死を悲しむことができるはずだった。
何もかも手遅れで、私は祖父に誠実ではなかった報いとして、祖父の死を後悔し続けている。
私を通り過ぎていく死は数あれど、その中で葬式に出る様な経験は祖父の死くらいで、ここ十年くらい誰かの死に感じ入ることはなかった。イケメン俳優が死んでも、好きな作家が死んでも、所詮私の中にその人の残り香はないし、その逆に至っては言うまでもない。
しかし私のアパートに投函されていた茶封筒に記された死は、私に祖父の死を思い起こさせた。
雲雀さんという人がいる。雲雀さんは雲雀さんで、特に性別はなかった。勿論生物学上の性別はあったのだが、雲雀さんは自分の性別を嫌っていて、なおかつ理想の性別がなかった。そもそも雲雀さんは性別の概念を獲得していないのだと思えた。しかし雲雀さんが、自身の一人称に「僕」を使っていたのは、雲雀さんの美学に従っていて、自分は自分のみのしもべだから、自分を表す言葉に「僕」を選んだのだという。だから私は、雲雀さんを彼とも彼女とも呼べなかった。今となっても本当にそう思っているかどうかは怪しいものだけれど、雲雀さんへの誠実は私にとって唯一の規範であるから、これからも雲雀さんのことは雲雀さんと表記をする。
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