第46話 罪の重さ

 レナード=マリア・カヴァコスは、徹底して『王国に尽くす騎士』として教育を受けてきた。厳しい訓練、妥協を許さない信念。そのどれもが彼を強くしたが……同時に、『人間として当たり前の快楽』は失っていった。


 食べることに興味など無い。何故なら自分は与える方だから。

 人々を守ることに疑問は無い。何故ならレナードは『持っている』側の人間だから。『強い』自分が『弱い』民衆を守るのは当然だった。


 その『当たり前の正義』が今、レナードの胸を焼いていた。その炎は己を焼き尽くそうとして止まらない。


 港湾付近、自分を取り巻く兵士たちが騒がしい。騒がしくて腹が立った。討伐軍は半数以上が壊滅したが、『厄災』……少なくとも眷属には致命傷を与えた。これで王国や周辺国は守られるだろうが――星神国には大きな借りを作ってしまう。天使種族に何事か囁かれたアーヴェントロート枢機卿が絶叫している。それを背景に聞きながら、


「――長、団長! 星神国の使いが『保護対象を確保する』ように伝えているようです。団長! 指示を!!」


 そんなオークニーの声すら、右から左へ通り抜けていった。先程から胸の中心がドクンドクンとうるさい。拍動の中、自分は何を伝えただろう。頭を振るオークニーの後ろで、兵たちが先程『厄災』の女に殺された兵士の遺体を片付け始めている。そうだ、自分は奪われた。部下たちを、平穏を。それなのに……


(この胸の痛みは、何だ? 何故私の胸は……こんなに痛む?)


 相手は大陸を震撼させた『厄災』――星神国の賓客でもあるが――とその眷属『青い狼』。自分の部下も大勢が犠牲になった。このまま放置すれば間違いなく王国民やレナードの家族さえも被害にあったかもしれない。自分は正しいことをしたはずだ。正義だった。それなのに。


(厄災の女は最後に、眷属に微笑んでいた。まるで恋人が愛する人にそうするように)


 最後に見た『死を呼ぶ厄災』のあの温かな微笑みが、脳裏にずっと焼き付いて剥がれなかった。その姿が何故『人間』そのものに映ってしまったのか。


 そして何故自分は、耐え難いに囚われているのか。


 レナードには、それらが理解できなかった。初めて己に降り掛かった『奪う者』『罪を犯した者』の感覚を、受け止めることができなかった。


 日が昇りきったあとも、そこには温かさがない。冷たい風だけが外套を揺らす。そのまま自分すらも北風が持ち去ってくれればよかったのに。

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