第25話 国王陛下に申し上げる
ノヴァーク王国王宮、謁見の間へ続く回廊を、レナード団長はわざと足音を立てながら早足で歩いていた。第三騎士団に先程入った伝令――ついに大型幻獣種による領民への被害より、『死を呼ぶ厄災』の被害者の方が上回った。隣国などで散らばる間接的な被害を入れれば……もっと増えるだろう。
(事は急を要する。『厄災』の被害はノヴァークから始まっていた……一年も前からだ! 各国に政治的追求……報復を受ける前に、王国が率先してこの災害に対処せねばならない!)
回廊の衛兵たちが第三騎士団長の登場に顔を見合わせているのが見える。
『カヴァコス団長?』『第三騎士団は召喚されていたか?』
今回の『予算審議会』では元老院だけでなく国王陛下が同席されている。荒事を担当する騎士団長がその場にいる必要性など、微塵もない。第一騎士団の第一分隊は警護に当たっているだろうが……。
戸惑う衛兵を尻目に、レナードは謁見の間の扉を開け放って声を張り上げた。
「無礼をお許しいただきたい!! ノヴァーク王国第三騎士団、レナード=マリア・カヴァコス団長から、国王陛下に進言致します!!」
そう言い放った瞬間、レナードの視界が暗転する。身体の平衡感覚が狂ったと自覚した瞬間、頭部を死角から殴られたのだと理解した。
次に目を開けると、レナードは甲冑姿の騎士数名に組み伏せられていた。ふらつく頭を持ち上げると、そこには第一騎士団長の姿があった。涼し気な鉄面皮がレナードに剣を向けている。
「……よい。剣を下げよ」
厳かな声が聞こえて、壮年の騎士が剣を収める。それを制したお声は……
「……非礼は、承知の、上……です」
レナードは頭を振る。昂ぶる気を抑えつけながら、視界に何人かの姿を捉えた。元老院のお歴々と、奥のテーブル右手でアーヴェントロート枢機卿が椅子から立ち上がっている。そして、第一騎士団長を制した声の主……国王陛下が一番奥の玉座に鎮座して、その輝ける緑の双眸を自分に向けていらっしゃる。
「レナード・カヴァコス。先の茶会で、君の父上には随分と有益な意見交換をさせてもらった。卿が現在対応している『死を呼ぶ厄災』なる災害についても、話は聞き及んでいる」
なんと……国王陛下は、第三騎士団の事案を知っていらっしゃる……!!
「畏れながら陛下、カヴァコス卿はいささか事を急いております。今日の会議がどのようなものであるかは、先立ってお伝えしたかと思いますが――」
アーヴェントロート卿が口を挟むが、
「もちろん承知している。しかしこの会合の議題は、カヴァコス団長も知っていよう――その重要性もな。それを押してまで王国に進言するのだ、少しばかり耳を傾けてもよかろう」
レナードは国王陛下の威厳に満ちた視線を受け止め、それに臆することなく声を上げた。
「『
「ふむ……厄災が我が国から出たとなれば、帝国を始め隣国は黙っておるまいな。『ノヴァークは災害を放置して、間接的に大陸を疲弊させる腹づもりだ』。それは深刻な問題になろうな」
頷く国王陛下に枢機卿が口を挟む。
「国王陛下! カヴァコスが言っているのは、妄言でしかございますまい……! まずは隣国との講和をまとめて、星神国と帝国からの強硬姿勢を崩すのが先決です。『厄災』なる胡乱な災害はそれからでしょう! カヴァコス、卿も妄言で国を、国家たる王家を侮辱することが
「畏れながらアーヴェントロート卿! 元老院は『厄災』を軽く見積もっている……民あっての王国です! それを忘れて何が元老院か!!」
「貴様……!!」
枢機卿の怒りの声を聞いて第一騎士団長が再びレナードに剣を向ける。それでもなお、レナードは枢機卿を睨みつけた。その始終を見据えたうえで、
「皆、静まれ」
国王陛下が一言、声量を上げて場を制した。枢機卿はおろか、第一騎士団長やレナードすら、その声を深く胸に沈み込ませる力があった。
「民無くして、国はない。卿の言い分は
国王陛下の瞳が自分を射抜く。それを真正面から見据えて、カヴァコスは腹に力を入れる。
「王と人民に誓って……必ずや」
ここで引けば、王国どころか第三騎士団と周辺の家系までも王国の鼻つまみ者となろう。それを受けて、ノヴァーク国王が厳かに声を上げる。
「ノヴァーク国王軍、大陸魔導士連盟……そして同盟国にも伝令を。紛争中のフューン・オーデンセには停戦を申し入れよ。ユーマンスの講和条件は不利だろうと全て呑もう」
「陛下! それは……!」
「アーヴェントロート卿……貴殿の
枢機卿が何かをいいかけて口を開こうとするが、その口を真一文に引き絞った。そう、我らがノヴァーク国王陛下は譲らないと決めたことは譲らないのだ。
「我が国だけでなく、厄災を憎む全ての同士とともに、この国難を乗り切るぞ」
王がお命じになった、レフリア神の担い手たる我が君が! それは発言力の足りない自分自身を恥じる意味もあったのかもしれないが、今のレナードにはそれすら気高く思える。
レナードには未だかつてない忠誠心を持った。私は王国のために死のう。
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