第3話:ゲーム制作の組織力
藤堂部長のオフィスを出た後、
タブレットに表示された、AIが設計した「プロジェクト・ミダス」の企画書が、今はやけに色褪せて見える。
完璧なロジック、データに裏打ちされた効率性…それが、部長の言う「面白さ」「魂」「最大公約数」という言葉の前では、いかに空虚なものだったか。
自分が、ゲームデザイナーとして最も大切な「プレイヤーの心に何を届けたいか」を、データ分析という名の万能薬に預けてしまっていたことを痛感した。
AIは過去の成功パターンを学習し、無難な最適解を出すのは得意だ。
だが、人の心を揺さぶる斬新なアイデアや、まだ見ぬ「面白さ」は、AIの学習データには存在しない。
それは、人間の内から湧き上がる情熱や、仲間との化学反応の中で生まれるものなのだ。
藤堂部長の言葉が蘇る。
「ゲームのハンドルを握るのは、君自身なの」
「君自身の情熱よ」
先ずは安直にAIに頼ってしまった部分を是正しなければならない。
いや、AIを否定することが正義な訳でもない。否定ではなく、その役割を明確にしなければならないと考えた。
AIが「世に溢れている情報を平均化して」必要と思われる問いに対して、大多数が求めている答えを「予想」して提示している…と言う点において、要は画期的なアイデアではなく、
参考データとして大いに利用すべきだが、そこからどれだけオリジナル部分を足し引き出来るのかが新たな構築される部分で、完璧に無から有を生み出すような創造的なクリエイティブではなく、自分の体験や感覚にハマる部分を尖らせる…ことが必須になる。
その個性は、自分一人がそう思うだけでも逆に
そのことをAIに聞いても答えはもらえない。それも分かっている。
ゲームデザイン室のメンバーは皆忙しい。
ゲームプランナーの仕事は、単純にゲームのシステムを考案し、仕様書を作成したら終了ではない。実装に際してプログラマーと打ち合わせをして内容が伝わり、システムに破綻が起きないか確認して実装後、想定通りの動きをするかチェックする。
その際にバグが発生する、処理の先に想定される対応が無ければゲームは止まったり不自然な動きをする。
そういったチェックは、デバッガーの仕事と思う人も居るかもしれないが、そうした専門家が通しのチェックを行うのはゲーム完成が近い時期に入ってからで、初期の段階やパートに分かれた実装に関してのチェックはゲームデザイナーの仕事だ。
同期のメンバーは、別プロジェクトに配置されてそれぞれの得意分野を生かして製品の完成の為に勤しんでいる。
和也はたまたまかもしれないし、適正を研修で判断されたかもしれないが、最初にも述べたが、研修後にアサインされたRPGのイベント設計がハマり、成果を出せたことでプランニング提出のチャンスを貰ったのだ。
ゲームデザイン室の室長は、そのRPGタイトルのディレクターも兼ねていた六本松さんだが、追い込みで休日返上で納品近くで戦っていたため、今は代休消化のためのリフレッシュ期間で不在だ。
ダメ元で、今日の結果をメッセージで送ったところ、すぐに返信があり「通話で話せるか?」と言われたので、通話スペースに向かう。
通話スペースは、社外の都のやり取りも多いプランナーチームのプロジェクト混戦を避けるためにネット会議用の昔はよくあった電話ボックスみたいな小スペースで一応簡易的な防音と後ろが映らない壁を背負えるようなブースになっている。
「六本松さん、すいませんお休みのところ…」モニタ越しに映る上司は少し眠そうに見える。
「あーあー気にしないで天丼。ちょっと娘がね…」
「俺のことはロクさんとでも呼んでくれ…」と言ってくれたが、上司で大先輩なので迂闊にそんな呼び方は出来ないと思い、未だに
「部長に企画書見てもらったんだって?」
「はい、フルボッコ喰らいました」
「わはは…休みだったから悪いけどそのまま通しちゃったんだわ…お前なら行けるだろうって思ってな」
「む、無責任っすね…」
「何ってんの…信用してやってんじゃないの」
六本松さんは軽い…が、その親しみやすさが、個性あふれるゲームデザイナーたちを上手くまとめるコツなのだと教えてくれたことがある。
「どんな企画出したのよ?」
「え、本当に何も見てくれてないんですか?承認コードは受け取ってるって…」
「休みなんだから…いいだろ。お前だって俺の休み明けなんか待てなかっただろ?」
「まぁ、確かに…」
和也は企画書の内容を口頭で多少掻い摘んで説明した。
六本松さんは黙って聞いていた。
「…と、そんな感じで藤堂部長には言われた感じです」
「なるほどねー天丼、お前の強みを極めて行こうって感じで突っ走った結果自分でも制御できなかったんだな?…AI使っているつもりが使われたみたいな」
「まさに、天童部長の指摘もそこに集約していたのかなと…」
「いいんじゃねぇの?…武器の遣い方間違えただけだろ?」
六本松さんはちょっと揶揄して聞いてくるときは引っ掛けのことが多い。あえて和也は少し外した答えを言って探る。
「そうなんでしょうか…なんか、構えた武器が間違えていたみたいな印象ないですか?」
「違う違う、武器しか見えたなかったんじゃね?って話だよ」
「つまり、武器をどう使うのかっていう戦法みたいなものが見えなかった?」
「はは、分かってんなら良いよ。やっぱ天丼は頭いいな…気づいてんなら使い手の部分を明確化するしかないだろうな…」
言いたいことだけ言った六本松さんは娘が騒ぐから…と通話は終了した。
和也は、立ち上がった。
六本松さんは露骨な言い方はしなかったが、ヒントはくれた。これまでデータと一人向き合うことが多かった彼だが、今必要なのは、同じ船に乗る仲間たちの声だと、ツールに依存するのではなくツールを使う人たちの声を、集約すべきだという話だと理解した。
AIは情報収集や分析のツールとしては役立つだろう。しかし、その情報を血肉とし、具体的な形にし、魂を吹き込むのは、人間、それも多様な才能を持つチームなのだと、考えて各ポジションのスタッフに話を聞くべきだと考えた。
では…と、スタジオの中を見渡しセクションリーダーに会いに行くことを決める。
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