第10話
社交会が終わった夜、国王ハイペリオンは執務室にて魔法師団の師団長から先日侵入した賊に関する追加報告を受けていた。
「では、魔力の【固有紋】は検出できなかったと?」
「そうなりますね。残存魔力量が検出限界ギリギリだったことが影響している可能性も否定できませんが。とはいえ、あそこまで綺麗な魔力波長の連続スペクトルは初めて見ました。ありゃ誤測定とかってレベルじゃないでしょうね。」
魔力には行使する人ごとに、その波長のスペクトルにところどころ欠落が生じる。
その欠落した魔力の波長を固有紋とよぶ。
イメージするなら、フラウンホーファー線といったところだろう。
もっとも吸収されるわけではなく、最初から欠落している点で魔力紋とは異なるが。
「...なるほど。となると、エルミートと名乗った輩は固有紋を消す技術を持っているとみていいのだろうか?」
「ほぼ確定してよいかと。余剰魔力をほぼ出さないため検出が困難なことに加え、固有紋を消す特殊技能...。いやー、ぜひとも会って教わりたいですね!」
研究畑出身の師団長の呑気な言葉を聞きながら、国王は頭痛をこらえていた。
(敵なのか味方なのか、そこが一番の問題点だ。マーダー・インクにエルミート・トランセンデンス...。さらに、最近魔王軍の活動が活発化していると聞いている。)
思わずため息がこぼれそうになるハイペリオン。
この師団長に文句の一つでも言ってやろうかと思っていたまさにそのとき、突然窓ガラスが震えるほどの爆発音が響き渡った。
「な、何事だ!?」
「急ぎ確認してきます!」
そう言い残して師団長が部屋を退室し、走り去っていく。
突如として響いた爆発音に城内は騒然とする。
早急に情報の収集・共有が行われ、どうやら先ほどの爆発音は城下の主に貴族が宿泊している「コーキナ・ホテル」で起きた爆発によるものと判明した。
爆発前に魔力を感じたとの報告があったため、魔法師団を現場の調査に向かわせることに決めた。
ハイペリオンが調査を命じようとしたとき、今度は思わず寒気がするほどに強烈な魔力を感じることとなる。
とても人間が放てるとは思えないその魔力に、その場にいた皆が思わず窓からその方向を確認する。
窓越し見る人々の瞳に映ったのは、夜の王都周辺で立ち昇る巨大な火柱だった。
人の力が成したとは思えないその光景に誰もが唖然としていると、しばらくして今度は天まで届くほどの光柱が立ち昇った。
「神話の戦い」と、そう評しても過言ではない出来事に放心状態で誰もが動けないなか、いち早く立ち直った魔法師団の師団長は我慢できない様子で
「うおおお!!事件は現場で起きているんだぁぁぁ!!」
との謎の叫び声を残し、普段の彼からは考えられないほどのスピードで走り去っていった。
その言葉を聞き、ようやく他の者たちも思い出したかのように硬直が解けて動き出す。
「第三魔法師団を師団長の下に向かわせろ!あやつを一人で行かせるな!」
とりあえずこれで師団長の問題は片付いた。
それにしても...。
「...いったい何が起こっておるのだ。」
◇ ◇
時間的には少し前に戻る。
王都の時計台の上にその男はいた。
マーダー・インクのメンバーの一人で、名をフランク・アバンダントと名乗っている。
最近組織で問題となっているメンバーの失踪・殺害について調査しつつ、ハリー・ストラウスから引継いだターゲットの暗殺任務を達成するためフルイド王国を訪れていた。
調査の結果、最初にこの国で失踪したシーモア・マグーンが死亡していたことが確定した。
しかし、その現場を見た人々の証言がめちゃくちゃだったため参考になる情報は僅かしか得られなかった。
というのも、その証言が
「馬車を襲った盗賊たちが瞬きをした後にはバラバラになっていた。」
「その後、首から上が不明瞭で全く顔の見えない人物が盗賊の死体から何かを持って行った。」
「子供ほどの身長の何者かが素手で盗賊を切り刻んだ。」
とのことだからだ。
正直何を言っているのか分からなかった。
ハリー・ストラウスは対人戦闘能力はあまり高くないものの、あらゆる武器を使いこなし対応力が非常に高く、間違いなくこの世界では上位の実力者だ。
また、シーモア・マグーンは身体能力にまかせた派手な戦闘を好む対人戦闘能力に全振りしたような男で、上位の実力者の中でも相当上澄みだろう。
...まぁそんな彼はまるで暗殺者には向いていなかったが。
加えて彼は転生者であり、魔法を使用しながらの肉弾戦に特化している。
そんな彼らに傷を負わせるどころか殺害するなど、人の範疇を超えているとしか思えなかった。
ましてや証言にあった子供などにはまず不可能であり、おそらくは強力な能力を持つ転生者か人外の化物の仕業であろう。
それがフランク・アバンダントの出した結論だった。
調査結果を組織に報告し終えた彼は、この国で最後の任務に取り掛かった。
彼の能力により魔力が物質化し、引き金のない長身のスナイパーライフルが形成される。
狙いはコーキナ・ホテルの一室、スリム・オイラーが宿泊している部屋だ。
火属性が付与された多量の魔力が、能力によって無理やり超高密度の弾丸状に圧縮される。
弾丸を装填し終え手慣れた様子で身体を用いて銃身を固定しつつ、弾道を予測して微調整する。
狙いが定まると同時に新たに魔力が圧縮されてチャンバーに供給され、それが急速に膨張することにより弾丸が音速を超えるスピードまで加速する。
彼の予測した通りに空気を裂き進む弾丸だったが、ホテルに着弾する直前でなぜか空中に衝突し爆発した。
まるで見えない壁に沿うかのように、爆炎や爆風までもが上空へと舞い上がる。
混乱する彼だったが、何者かに防がれたことを理解すると同時に逃走を始めていた。
逃走までの判断がとても早く、なおかつ逃げ足がとても速いことからこれまで一度も捕まったことがない彼は、今回も捕まる前に逃げ切れるとそう思っていた。
そのため、逃走する自身を時計台から見つめている狂人の視線に気づくことはなかった。
王都を出てしばらく走ったところで、逃げ切れたことへの安堵から休憩しようと減速した彼は次の瞬間かつてないほどに警戒心を引き上げることになった。
(なっ...!!この距離まで俺が気配を感じ取れなかった...!?)
気付くと目の前にジャパニーズニンジャといった格好をしてアイセーフティをした壊滅的なファッションセンスの人物が現れたのだ。
一瞬たりとも油断せず警戒している彼に、その人物が中性的な声で言葉をかける。
「初めまして『スナイパー』さん。なかなかに面白い演出だったね。」
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