第7話

(暗闇での戦闘はよかったけど、まさか自分から衛兵に姿を曝すとは予想外だった。)

(だけど、僕以外の黒髪の子を発見できたのは大収穫だな!)


エルミート・トランセンデンスこと、主人公ネイピアスは先ほどの出来事を振り返り、余韻にひたっていた。


(それに、改良版の不確定性原理イリュージョンと【事象の地平線ボーダーライン】の実戦テストもできた。いやー、王城に侵入してよかったー!!)


説明しよう!

改良版の不確定性原理とは、従来の不確定性原理イリュージョン理想流体アイデアルを組み合わせることで、見た目の偽装すらできるようになった不確定性原理イリュージョンである。

今回でいえば理想流体アイデアルで忍び装束を形成し、その表面に魔力を纏わせ不確定性原理イリュージョンにより反射率と吸収する光の波長を調整することで、まるで本物のような見た目を再現できるのだ。


そして、事象の地平線ボーダーラインとは魔力の遠隔操作の練習をしていたらできるようになった魔法である。

あるとき、「属性が五行に対応しているなら、木属性の上位のエレメントである【風属性】もいけるのでは?」との考えに至った。

さらに、魔力の遠隔操作を練習したことで、ある程度の範囲であれば自在に操作できるようになった。

これらを組み合わせたのが事象の地平線ボーダーラインだ。

具体的には、超高密度の風属性の魔力を限りなく薄く伸ばし、魔力の壁で対象を隔離する

すると、魔力に触れたものがはじかれることで完全に領域内部を隔離できたのだ!


初めて実戦で用いたとは思えないほど満足のいく完成度だったことで浮かれており、最後に名前を聞かれた際に思わずノリで答えてしまったのは失態だろう。


(あそこは名乗らずに意味深に「フッ...」とか軽く笑って立ち去ったほうがミステリアス感でてロマンあったよなぁ...。)

(というかなんて名乗ったっけ?僕の名前に関係した名前だったと思うけど...。)



◇ ◇



王城の執務室にて、前日の事件の詳細な報告および対策会議が行われていた。

フルイド国王や宰相、騎士団長、魔法師団長など錚々たるメンバーの中、王子や王女に加えて当然ながら当事者のセレネの姿もあった。


「では、城に侵入した賊は2名だったと?」

「はい、おそらくは。少なくとも、私が確認した人物は2名でした。」


宰相の問いかけにセレネがそう答える。

その返事を聞き、うれしそうにニタっと笑った宰相が、その口撃の矛先を騎士団へと向ける。


「最低2名の賊の侵入を許すとは...。騎士団の空気が緩んでいるのではないかね?」

「...賊は相当な手練れでした。下々の衛兵では練度が足りなかったのでしょう。今後はより精進いたします。」


「精進すると言われていも、喫緊の課題なわけだが、短期間でその賊に対処できるほどに練度の向上が見込めるのかね?これだけ予算を割いておきながら、この体たらくとは...。」

「...申し訳ございません。」


ギリッという擬音が聞こえるほど歯を食いしばりながら、副騎士団長がそう答える。

騎士団長は何やら考え込んだ様子で答弁に参加せず、静かに座っているだけだ。

宰相は、魔王軍による侵攻を防ぐという口実で騎士団に多額の軍事費が割かれている現状に納得がいっていないようだ。

軍事費の内訳のうち、騎士団よりも兵器開発により多くの予算を割きたいというのが彼の要望だった。


「まぁまぁ...結果的に撃退できたのだからそこまでにしましょう。それよりも、気になるのは賊の正体です。正体は判明したのでしょう?」


宰相の口撃を宥めてそう話題を切り替えたのは、第二王女オーロラだった。

彼女としては、どうやら賊の正体が気になるようだ。


「...1名だけならば。何人もの近衛兵を殺傷した後にもう片方の賊に殺害された人物ですが、マーダー・インクのメンバー、ハリー・ストラウスだと判明しております。」

「あのハリー・ストラウスか!?我が国にいたのか...。」


副騎士団長の報告に思わずそう声を上げたのは、フルイド王国国王ハイペリオンだった。

他の者たちも動揺を隠せない様子で、部屋の中がざわついた。


暗殺組織マーダー・インク。

世界中にその構成員が展開していると噂されている国際組織だが、その事実は不明である。

構成員の人数・年齢・種族の一切が不明だが、数少ない判明しているメンバーがいる。

判明しているメンバーについては国際的に手配書が出されているものの、全員が圧倒的な強さを誇るため賞金目当てで挑む者すらもはやいなくなった。

そのことから、依頼されたが最後必ず死が訪れると怖れられており、知らぬ者がいないほどの悪名高い組織である。


「...待て。ハリー・ストラウスが殺されたと、今そう言ったか?」

「ええ、殺されたのはハリー・ストラウスで間違いありません。」


これまで沈黙を貫いてきた騎士団長が、国王の問いにそう答えた。

ふたたびざわつく室内。

騎士団長がゆっくりと口を開き、その重い声でセレネに問いかける。


「...セレネ様、あなたはもう片方の賊がハリー・ストラウスを殺す場面をご覧になっていたのですよね?」

「はい、最初から最後まで目の前で行われた戦いは見ていました。」


「お辛いかもしれませんが、どうかそのときの状況を詳しくお教えください。」

「分かりました。」


そう頷き、セレネは昨晩の戦いについて話し始めた。

話が進むにつれて、だれもが信じられないといった顔になっていった。


「賊はエルミート・トランセンデンスと、そう名乗ったのですね?」

「ええ、たしかにそう名乗りました。」


「...聞いたことのない名だ。すぐに調査をさせます。」


騎士団長がそう言い副騎士団長が退室しようとしたとき、それまで様子を伺っていた魔法師団長が我慢できないといった様子で口を開いた。


「ちょっといいかい?賊が使った魔法について聞きたいんだけど...。」

「ええ、どうぞ。」


「セレネ様のお話の中に出てきた魔法だけど、僕には全く属性の見当がつかないんだよね。もうちょっと詳細に教えてくれないかな?」


それから、セレネはあの魔法の効果やそのための魔力操作について詳細に説明した。

説明が進むにつれて、魔法師団長の顔が次第に面白いほどひきつっていった。


「聞いたことのない強力な魔法だけでなく、発動を感知させないほどの隠密性...。ほ、本当に人間だったのかい?」

「...おそらくは。それに、エルミートと名乗った人物ですが、声と身長からして私とほぼ同年代かと思われます。」


その言葉を発した瞬間、会議の空気が凍り付いた。


「ハァ!?そんな化物が成長途中だってこと!?...ドワーフの可能性もあるんじゃない?」

「ドワーフの可能性はもっと低いでしょう。彼らの魔法技能は人間よりも低いですから。それに、彼はドワーフが嫌う剣を扱っていました。」

「...ほう。セレネ様には、その賊の剣はどう映りましたか?」


剣について言及したところで騎士団長が興味をもった。

剣聖に次ぐ実力とまで言われる彼は、エルミートの剣に興味をもったらしい。


「美しい。この一言につきます。」

「...美しい?」


「はい。決して派手さはないものの、無駄を排除し、相手を倒すために最適な軌跡を最小限の力で結果的に最速で剣が通っていく。見えているはずなのに見えない、そんな無理のない自然な動きでした。剣を振るというよりも、剣が通りたい軌道に合わせて身体を動かしている。そんな印象を受けました。」

「...無駄のない剣か。面白い。」


騎士団長の口に獰猛な笑みが宿る。

変な空気が会議に流れかけたところで、宰相が軌道修正に動いた。


「...マーダー・インクですら問題なのに、魔法と剣を極めた素性の分からぬ化け物が我が国にいるという事実がさらに大問題なのですよ。いっそ社交会を中止するべきでしょうか?」


国王に対して、宰相はそう伺いを立てた。

だが、国王から帰ってきたのは否定の言葉だった。


「いや...既に開催まで2日をきっている。貴族たちの反発を考えると中止するには遅すぎるだろう。それに、もし賊どもが問題を起こしても騎士団と魔法師団で対処できるように、できる準備はさせておく。必要な物や予算があれば宰相に知らせた後に、我に報告せよ。」

「...かしこまりました。仰せの通りに。」


...最後に宰相の負担が増え、会議は終了したのだった。

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