第14話 2-7 穴
フォルティが失踪したのは三日前のこと、ジェラルドを尋ねに来た王配の対応をするために、少しの間、フォルティを1人にしたという。侍女たちがちょうど、紅茶のカップを片付けるために目を離した隙に、いなくなっていたらしい。
その時間は、部屋には訪問客はなく、侍女たちは長年ジェラルドの世話をしてきた者たちで不審なところはどこにもなかった。
「いなくなったというのが、この部屋か」
広い空間だから隠れる場所は多くありそうだ。だがくまなく探した結果なら、ここにいる可能性はやはり低い。
「王子宮の全ての部屋を探したんだ。でも見つけられなくて」と、また涙を瞳に浮かべる。宥めるのが面倒なので、念のため探してるふりをしようと部屋の中を一周をしてみる。何か気になるところがあるかもと思ったが——正直、うん、わからない。それでもどうにか手がかりになりそうなものを探していると壁の日焼けに気づいた。壁紙の所々に薄らと変色している場所がある。
「最近部屋の模様替えをしたか?」
と尋ねると、ジェラルドの表情が少し険しくなった。
「……実は、宰相から、調度品一式を贈られたんだ。
呪いが消えたことによるお祝いの品だってことでね」
宰相は、この国の政務を担う閣僚の一人である。また閣僚の中で最も強い権力を持つ者だ。そんな人からの贈り物は、政治的にも大きな意味を持つ。あえてオールセンと同じ調度品を贈ったということは、ジェラルドを次の王へ押し上げようと企んでいるのだと見て取れる。
つまり水面下で次期玉座争いが始まっているということだ。だとしたら、ジェラルドの大事な愛玩物を拉致したのは、ジェラルドに対抗する勢力を推す者の犯行という可能性もあるだろう。ということは、フォルティを拉致した犯人を捕まえれば、宰相からの信頼も得られることに……。
ぐふう、ぐっっふふふっぅうう。
「え、なに? アリシア、気持ち悪い」と、ジェラルドがわかりやすいほどに引いている。
……つい、気持ちの悪い笑みを浮かべてしまった。
口の端に垂れかけた涎を拳で拭い、ぐるっと、部屋の中を眺める。宰相から贈られたという調度品は本棚や食器棚、時計台に、ソファーや応接セットなど、部屋にあるほとんどの家具のようだ。
調度品が同じなので、オールセンの部屋と似ているように見えるが、部屋の広さや、間取りまでもが、まるっきり同じということではないようだ。
若干狭いのか、なぜか壁際に整列している棚の高さはマチマチで、高い食器棚の隣に低い食器棚が二つ並び、そしてまた高い食器棚と低い棚と、剣山のように凸凹としている。そのせいで元の壁紙の色褪せている箇所がくっきりと見えている。
探し物の基本は、無くした時と同じ状況を作り、物を探したほうがいい。イタチのフォルティはジェラルドが不在の時、どんな行動を取ったのか。
そうだ。と、アリシアは椅子を掴んで一番低い棚のそばに置く。 そして椅子の座面を踏むなり、そのまま棚の上へと登った。ジェラルドが何をしてるんだろう?と不思議そうに見上げている。
棚の上に登ると、ちょうど棚は階段のような高さになっていた。さらに隣の棚へと登ると、今度は崖のように高低差がある低い棚が並んでいた。
なるほど、ここは獣の習性として、絶好に楽しそうな場所になっている。狭い棚の上を走り、時に棚と棚の間を飛び越えて、さらに高い棚へと移る。
アリシアは今度は棚を飛び越えて別の棚へと向かって、勢いよくジャンプする。どうにか棚へとしがみついた。グラグラと揺れたが、棚はしっかりと耐震用の補強がされているのか倒れることはなかった。
もしかしたらフォルティは、棚をアトラクションのように見立てて遊んだ可能性がある。とはいえ棚の並びには窓はないので、途中で窓から落ちるようなこともないし、どこかに隠れられそうな場所が……。と、よじ登った棚を観察すると、棚の裏側に正方形の凹みがあることに気づいた。
その凹みはおそらく壁の柱の形や配管に合わせて窪みをつけたものだろう。オールセンの部屋の間取りに合わせてあつらえた家具をそのままジェラルドの部屋に置いたため、変な隙間が生まれた可能性がある。
イタチは魔気抵抗が強く、魔族も好んで飼っていた動物だ。環境適応能力が高く、どんな場所でも住処を作ることができる。そして、狭くて暗い場所を好む習性がある。つまり穴があれば入りたい獣ということだ。
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