第8話 フィフス・ゲーム…戦場まで…1…
私はまたキャプテン・シートから立ち上がって降りると、ブリッジはシエナ副長に任せて天体測定ラボに向かった。
ラボではちょうど『ヴェリディアン
私がラボに入ると、6人とも驚いて振り向く。
「…艦長! どうしたんですか? わざわざ…」
青緑色のナチュラル・ボブを揺らして、ミーナン・ヘザーが訊いた…驚いた表情は直ぐに和らいで、嬉しそうな笑顔を魅せる。
「…いや…戦場予定宙域の詳細な観測と分析を頼みに来たんだけど…やってくれてるんだね…ありがとう…流石だよ…」
言いながら、座っているヘザーの後ろに立って腕を組む。
「…どう致しまして…パティ・シャノン室長にも指示されていましたからね…特に…何をお知らせしましょうか? 」
「…そうだな…先ず…5隻の到達予測ポイントを出してくれ…」
「…分かりました…こちらです…」
「…そうか…うん…やっぱり…ちょっと歪な5角形になるんだね…ねえ、ヘザー…あそこに観えているのはやっぱり…木星で言う『大赤斑』のようなものなのかな? 」
「…そのようですね…でも、規模は『大赤斑』の20倍以上ですが…同じように…固定的に存在している大渦巻です…」
「…ヘザー…現状での最大推力を元に推計してくれ…『ヴェリディアン6』の、どこまで接近できる? 」
訊かれてヘザーは、タッチパネルに両手の指を走らせる。
「…艦長…プレ・フライト・チェックでのチューン・ナップが、最大推力をどこまで引き上げているのか判りませんので…前回までの推力データで計算します…お待ち下さい……およそですが…最上層雲海の下…100mほどですね…」
「…分かった。ありがとう…色々な戦闘のバリエーションが観えてきたよ…ヘザー…分析の終わったデータは、宙図に落とし込んでおいてくれ…」
「…勿論です。アドル艦長…」
「…あとは…本艦より大きい…5倍以上の大きさの岩塊と、それ程に大きくなくても特異な形状の岩塊には、目印を付けて置いてくれ…」
「…分かりました…」
「…まあ…無いと思うけど、惑星系に変動が起ったら報せてくれ…ブリッジに戻るよ…」
そう言って、ヘザーの左肩に右手を置く。
「…分かりました…お任せ下さい…」
その応えを聞いてから、右手を挙げて天体測定ラボを後にした。
ブリッジに戻り、シエナと席を代わる。
「…接近中の2隻について、報告してくれ…」
「…はい…1隻は『サライニクス・テスタロッツァ』と『サンダー・ハルヴァード』がインターセプト・コースに着き『マキシム・ゴーリキー』がバックアップに入っています…もう1隻は『アグニ・ヤマ』と『トルード・レオン』がインターセプト・コースに着いて『ロイヤル・ロード・クライトン』がバックアップに入っています…」
シエナ・ミュラーが澱みなく応える。
「…そうか…それ程の体制がもう組まれているなら、何も心配は要らないな…くれぐれも、戦場予定宙域には近付かないよう…また、他艦も近付けないようにショート・メッセージで流してくれ…」
「…分かりました…」
…『サライニクス・テスタロッツァ』…
…ブリッジ…
「…ローズ…あの2隻…こっちが6隻で追跡している事ぐらい、もう気付いているだろう…早くコースを変えてくれれば、面倒臭い事にはならないし…痛い目にも遭わないで済むんだがな…」
「…そうですね…気付いているとは思いますが、今の処…コースを変えるような気配はありません…もう少し接近しますか? 」
「…あと2時間はこのままで良い…それを過ぎても変わらないようなら、6隻で呼吸を合わせて距離を詰めよう…それまでは先走らないよう、他の5隻に通知してくれ…」
「…分かりました…」
…『サンダー・ハルヴァード』…
…ブリッジ…
「…グラナック副長…他に『ディファイアント』のパワー・サインを追跡しているらしい艦はいないわね? 」
「…はい、エイミー艦長…長距離パッシブ・スキャンで観ていますが、それらしい艦は感知していません…もっとも、他の4隻については判りませんが…」
「…彼らの事は彼らに任せましょう…元々彼らが言い出した事なんだから…こちらが忖度しなきゃならない謂れは無いわ…」
「…分かりました…」
その時、参謀のマルティン・フィーゼラーが報告した。
「…エイミー艦長、ハイラム・サングスター艦長からの通知です…現状は2時間維持し、変化が無ければその後に距離を詰めると…」
「…分かったわ、マルティン参謀…了解したと返信を…」
「…分かりました…」
…『トルード・レオン』…ブリッジ…
「…なあ、シャロン…早えとこ追っ払わねえと、戦場予定宙域の全周に警戒線を張るのが遅れちまうよな? 」
「…落ち着いて下さい、ヤンセン艦長…ハイラム・サングスター艦長からの通知です…現状は2時間維持して、その後変化が無いようなら呼吸を合わせて距離を詰めるとの事です…」
「…そうか…分かった。それで追っ払っちまおう…了解したと返信してくれ…」
「…分かりました…」
…『アグニ・ヤマ』…ブリッジ…
「…まだあの2隻は、コースを変えないか…」
「…ハンプトン艦長、ハイラム・サングスター艦長からの通知です…あと2時間は現状を維持し、その後も彼らのコースに変化が無いようなら、呼吸を合わせて距離を詰めると…」
「…分かった。了解したと返信してくれ…」
「…分かりました…」
「…なに、心配は要らないさ…アドル主宰の邪魔はさせないよ…」
「…はい…」
…『ロイヤル・ロード・クライトン』…
…ブリッジ…
「…グレイス艦長…出来れば僕達で…直接先輩を援護したいですね…」
「…ダメよ、スコット君…本艦が戦場予定宙域に入っても『ディファイアント』の足手纏いになるだけだし…何よりアドル主宰に恥をかかせる事になるわ…今回の私達の任務は、出来るだけ早く戦場予定宙域の全周をカバーする警戒線を張って…監視警戒体制に入る事よ…」
「…はいッ…それは勿論、了解しています…」
「…グレイス艦長、ハイラム・サングスター艦長からの通知です…」
「…どうしたの、フローレンス? 読んで頂戴…」
「…はい…現状の追跡体制は2時間維持し、その後2隻のコースに変化が無いようなら、呼吸を合わせて距離を詰めるとの事です…」
「…分かったわ、フローレンス…了解したと返信して頂戴…」
「…分かりました…」
「…他の4隻の方は判りませんけど、仕方ないスね? 」
「…それは私達が気にすべき事ではないわね…」
…『ディファイアント』…ブリッジ…
「…ナンバー・ワン…『ラムール・ハムール』のブラッドフォード・アレンバーグ艦長に問い合わせて、確認したい事がある…『ラムール・ハムール』のパワー・サインと、彼の姓名…認識・認証アクセス・コードを入力して…双方向での特定指名通信をプログラム…出来たらノーマル・チャンネルをそのプログラムに内包して、通話要請を出してくれ…」
「…分かりました…暫くお待ち下さい…」
「…分かった…頼む…」
そう応えて席を立ち、ドリンク・ディスペンサーに甘くないソーダ水を出させて戻る…その頃合いで繋がった。
「…繋がりました、艦長…向こうにも聴こえています…」
「…ありがとう…やあ、ブラッド…調子はどうだい? 順調に航行中か? 」
「…調子は良いな…極めて順調に航行中だ…全く予定通りだな…それで、何の用だ? 」
「…君ら4隻に、追跡艦はくっ付いていないのか? 」
「…『ディファイアント』はどうなんだ? 」
「…2隻が着いているよ…だが対応は『同盟』の僚艦に任せてる…」
「…そうか…実は俺らにもくっ付いてる…4隻それぞれに1隻ずつだがな…」
「…大丈夫か? 何ならこちらから、2隻ずつでも対応に廻そうか? 」
「…有り難い申し出だが、そこまで世話にはならんよ…到着する迄には、ちょっと反転して追っ払ってやるから心配は要らん…」
「…そうか…それなら良いが…それでな…もしも重巡が乱入して来たら、その時はどうする? 」
「…そりゃ、すっ飛んで逃げるしかねぇだろう…俺達5隻が、例えどんなコンビネーションを採って、弾切れになる迄叩いたところで…とてもじゃねぇが勝てねぇよ…それに重巡宙艦なら、第5戦闘距離の5万倍からでもパワー・サインが判る…チマチマと戦ってる場合じゃねぇ…欲っ気を出してると死ぬぞ。マジでな…」
「…それもそうだな…到着したら、また連絡するよ…」
「…ああ…じゃあな…」
お互い、ほぼ同時に接続を切った。
「…カウンセラー、今の遣り取りをどう観た? 」
「…はい…え…え? どう観たか…ですか? え? アドル艦長…まさか…重巡宙艦が乱入して来ても…勝てる方策があると? 」
「…ああ…あるよ…可能性はある…だがそれは…重巡が乗って来てくれれば…ってのが前提だけどね…ブラッドらには、勝てないと言う思い込みがある…だが、やりようは幾らでもあるし…お誂え向きに場所も好い…彼ら4隻が協力して乗ってくれれば、好い勝負にはなると思うよ…だが結果として犠牲を出さずに勝てるか? と言う事になると…かなり際どいだろうな…まだそんなに息が合ってる訳じゃないから…この戦いの中で、息を合わせられるように…なれば好いね…」
「…アドルさん…」
「…まあ…とくとごろうじろ…ってところさ…」
その後2時間が経過し、追跡艦2隻はコースを変更しなかったので…『同盟』の僚艦6隻はタイミングを合わせて発進…追跡艦に対して第3戦闘距離に着けて威圧したので、程無くして2隻はコースを変更して離脱して行った。
…『サライニクス・テスタロッツァ』…
…ブリッジ…
「…よし! 『同盟』全艦に対し、シークレット・チャンネルにて発信! 『同盟』全艦は『ヴェリディアン6』の惑星圏全体を、左廻りで大きく周回しながら…侵入しようとする他艦に対しての、早期警戒線を張って展開させる! 順番はどうでも良い! 適宜・適切に並んでくれ! 全艦全速発進! 面舵40°! 単一縦深陣を採り、徐々に相対距離を伸ばしてくれ! それでは、発進! 」
いよいよ『同盟』全艦が総力を挙げての、警戒防御円陣の構築が始まった…後に『フォーメーションD』と呼ばれる艦隊フォーメーションである。
「…アドル艦長…『同盟』全艦での、外周警戒線構築が始まりました…」
カリーナからの報告を受けて、メイン・ビューワを観る。
「…そうか…妙なヤツが来なければ良いな…昼食休憩時間までは? 」
「…40分程度です…」
「…そうか…作業の進捗状況をそれぞれで報告してくれ…」
「…先ず、対艦ミサイルのセットアップですが…本数ベースで残り40%です…到着までには、残り20%に出来るかと…次にハイパー・ヴァリアントの通常徹甲弾についてですが…これも個数ベースで残りは約半数です…到着までには何とか…」
「…いや、良いよ。ハル参謀…無理して急がなくて良い…ミサイルのセットアップは残り30%で止めてくれ…7割準備できれば充分だ…それと、徹甲弾のセットアップは65%で止めてくれ…それだけあれば充分だ…重ねて言うが、急がなくて良いから安全に、確実に頼む…ありがとう…感謝しているよ…疲れたら、個室でもラウンジでも好いから休んでくれ…それと昼飯はしっかり食ってくれ…よくやってくれているよ…」
「…分かりました…ありがとうございます…」
「…どう致しまして…明日の戦闘は、早ければ1時間…長くても2時間で決着を付ける…それは約束する…じゃあ、昼飯の時間まで暇だから…手伝って来るよ…」
その言葉を聞いてシエナ副長が血相を変える。
「…止めて下さい、アドルさん! 貴方が行ったら、緊張させて堅くなります…そして妙に急かされて、ケガをするかも知れません…艦長としてそれは余計なことです…どうぞ、ここに居て下さい…ここが貴方の持ち場です…」
「…分かった…そうするよ…君の言う通りだ…ナンバー・ワン…ありがとう…」
「…いいえ…」
そう応えてシエナはみるみる顔を染める。
「…ナンバー・ワン…君は正しい事をしたんだよ…間違っていたのは、私の方だった…指摘してくれてありがとう…だから君が恥ずかしいと思う必要は無いんだよ…」
「…はい…ありがとうございます…」
「…ちょっと、違うんですよね…」
ほぼ同時に、エマ・ラトナーとハンナ・ウェアーがそう言って首を傾げる。
「…え? 何が違うの? 」
私はちょっと狼狽えて、声を上擦らせる。
「…シエナが顔を赤くした、本当の意味はですね…ああ! 今はいいです! 後で言います…」
エマ・ラトナーが言うのを諦めて、また前を向く…マレット・フェントンが肩を竦めた。
「…こう言う事は、まだ鈍いんだから…」
その後…昼食休憩時間に入るまで、私は座って口を噤んでいた…スタッフ達と相談して、私とシエナで先にラウンジへ行かせて貰う事になった…ブリッジに戻るまで…艦長席と副長席はハル・ハートリー参謀と、エレーナ・キーン参謀補佐に座って貰う。
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