14話 空の部室
部活休止期間中ということもあり、てっきり文化部棟の扉は鍵をかけられているんじゃないかと思っていたけれど、そんなことはなかった。音楽室や美術室があるんだから当然か。「部室の鍵は開きっぱなしだよ」としか、つみきさんからは聞いてなかったので、無駄足だったらどうしようこれじゃただの腹痛野郎じゃないか、と心配したけど杞憂で済んでよかった。校舎の鍵なんていち生徒が借りれる気がしない。
誰もいない、無音の旧校舎を一人で歩くのは、悪いことをしているような奇妙なスリルがあった。開いてる校舎を生徒が歩くこと自体はともかく、世間的に非難されることをこれからやろうとしてるので、それが僕のなけなしの良心を咎めてるのかもしれない。
無人の旧校舎なんて、それこそホラーの舞台になりそうだ。
「舞台も何も、殺人の舞台になったんだけどさ……」
空に言葉を投げても誰も反応しなかった。
僕が部室へ向かう時は大体誰かと一緒だったので、それだけになんとも虚しく感じる。
誰かと一緒だったと言うか、大体鼠ヶ関に誘われて行ってた気がする……というか、これまでに自分の意志で部室に向かうことなんてあったっけ?
階段を上りながら暇な頭で記憶を辿ってみたけれど、そんな記憶はなかった。僕の頭が都合よく改竄していない限りはこれが初めてのことらしい。真夢先輩ラブと語っておきながらなんて失態だ。……いやまあ、部長と仲の良い姿を見せられるから足が向かなかっただけなんだけど。
誰が誰と恋愛しようと自由だけど、真夢先輩が他の人間と仲良くスキンシップを取ってる姿は見たくない。そういう気持ちは間違いなくあった。
なるほど、そういう意味では僕も動機のある立派な容疑者か。これだけで犯人と決めつけられちゃ堪らないが。
動機と言うなら、鼠ヶ関は誰とも馬が合いそうもないのによく部活に参加してたな。根が真面目だからサボることをよしとしなかったんだろうか。サボったところで何の影響も無いのに、毎度毎度僕を連行しやがって。女子三人に男子一人は肩身が狭いし気を遣うってことを分かってほしい。顔を出すたびに構ってくる小学生みたいな部長の相手とか、本当に大変だったんだから。
そんな部長も、もういない。
小学生みたいに煩い声も、性格も、人間性も。残ってるのは思い出くらいだ。
一月早い卒業だと思えばメランコリックな気分も晴れるだろうと思ったけれど、部室に近付くと、らしくもなく過去を振り返ってしまうらしい。十年も経てばそんなこともあったなぁと感傷に浸るようになるんだろうか。小学校の思い出なんてちっとも思い出せないけど。
部室の前に到着したところでドアを二度、ノックする。
当然、反応はなかった。
部長の亡霊が化けて出たらそれはそれで面白そうだと思ったけれど、現実に亡霊なんていなかった。
亡霊もいないし効果のある黒魔術も無い。
あったら世の中完全犯罪だらけだ。
非科学的なトリックなんて誰に証明できようか。
ドアノブを捻り、引いて開ける。
薄暗い部室は、あの日と殆ど変わっていなかった。
そう感じたのは腐敗臭のせいだ。
部長の死体や肉片、血肉の染みた膝掛こそ無くなっていたものの、床に染みついた血溜まりの跡はそのまま清掃されることなく残っていた。どこでどんな風に倒れていたのか、ありありと見える。
僕は鼻を覆ったまま息を止め、部室へ踏み込むと同時に急いで部屋の窓を全開にした。換気をしないとこの部屋で調査なんて、とてもじゃないが出来る気がしない。
旧校舎の暖房が独立してて助かった。部屋が暖まってたら臭いはこの程度じゃ済まなかったはずだ。ドアが閉まっていても臭いは漏れ出てただろう。そうなれば異臭騒ぎに――はならないか。今週から部活休止で、僕らが部室に来なければテスト明けまでずっと気付かれなかったことだろう。
なんて言うのはさすがに大袈裟か。夜遅くまで帰ってこなければ親御さんから連絡が入るだろうし、ゲートの履歴から部長が下校してないことが分かるから、遅くとも翌日までには発見されるはず。
……じゃあ今回僕たちが見つけたのは、犯人にとってイレギュラーだったのか?
黒魔術なり錬金術なりの途中で僕らが部室にやってきたから、犯人は慌てて鍵をかけて、僕たちが鍵を取りに行ったのを見計らって現場をそのままに部室を脱出した。鍵をかけた方法は……いくらでもあるか。なにせ古典的なミステリでは見飽きたってほどに登場したサムターン錠だ。針と糸があればいくらでも密室は作れるし、教師なら合鍵やマスターキーを持っていても不思議じゃない。だからこそ、つみきさんは密室について触れなかったんだろう。犯人像は僕らだけど。
こういうのハウダニットって言うんだっけ。
警察にとっては『誰が』『どうやって』が重要であって、動機は容疑者を絞る程度の優先度だと、ものの本で読んだことがある。よっぽどの動機じゃなきゃ事件そのものを見逃されることはないだろうし、それもそうか。
なんとなく明かりを点けずに部室を適当に調べてみたけれど、何の成果も得られなかった。証拠物件は全部警察が押収してるんだから当然か。いくら急かされていたとはいえ、中学生でも見つけるようなものを見落としてたりしたら警察は怠慢の誹りを免れない。
明かりを点けて改めて部室を見渡した。
部屋の真ん中の真っ黒な血溜まりの跡が、ブラックライトを当てるまでもなく際立ってる。どれだけ掃除したって床を張り替えない限りは残り続けそうだ。そこまでしたって臭いは部屋全体に染み渡ってるだろうし、もう二度と部室として使われることは無い気がしてくる。少なくとも、僕らが在籍してる間は部室として使われることもないだろう。
いっそクリーニングするならこの辺の置き土産も一緒に処分してもらいたい。
変に残ってると真夢先輩辺りが未練に囚われてしまいそうだし、そうでなくとも後人に残しておくようなものは本来何もない。名を遺した偉人ならいざ知らず、見知らぬ他人の悪ふざけと青春の思い出ほど興味の湧かないものはない。
身体を翻し、開けっ放しにしてあるドアの内側ノブに目を向ける。部長が首を吊った(吊るされたが正しいのか?)というドアノブには薄い傷がいくつも付いていた。どれが新しい傷でどれが紐の跡かはちっともわからない。
ためしにドアに背を預けるように座り、ドアノブから首までのおおよその長さを手で測ってみた。
なるほど、この高さなら僕でも首を吊れる。
首を括る機会なんて将来に渡ってこないとは思うけど、知識として入れておこう。
「……なにをしていらっしゃるのですか?」
首を括る前に心臓が止まるかと思った。
ドアの後ろから覗くように、鼠ヶ関がまたもしても突然現れた。
ひょっとしてコイツは、お淑やかという言葉の意味を履き違えてるんじゃなかろうか。物静かは存在感を消す事とはイコールじゃないと、どうにか覚えて欲しい。
鼠ヶ関は初めて見る氷柱よりも冷たく尖った視線で僕を突き刺しながら、
「なにをしていらっしゃるのですか?」
と、もう一度尋ねてきた。
この場所でこんなことをしてればそんな目で見たくもなるか。
僕はそんな目に臆することなく、
「事件の調査だよ。気になることがあってな」
と、座ったまま余裕ぶって答えてみせた。
ここで慌てて立ち上がれば、やましいことも無いのに怪しまれて変な疑いをかけられただろう。その場しのぎの時ばかり頭が回るのが僕である。
そんなことよりも。
「鼠ヶ関こそ、なんでここに?」
「…………」
僕に聞き返されることをちっとも想定していなかったのか、鼠ヶ関は目を逸らした。
あまりにも疑わしい行動だった。
・意味もなく事件現場に訪れて。
・理由を尋ねられたら目を逸らす。
詰問されても文句は言えないくらいに怪しすぎる。疑ってくださいと言ってるようなものだ。真面目だから嘘や誤魔化しが下手だとか、そういうレベルじゃない。疑わしすぎて犯人じゃないパターンにすら思えてくる。現実は怪しい人間が犯人だけど。
怪しくない人間が犯人なのは誘拐犯くらいだ。
僕はおもむろに立ち上がり「ここに来たってなにも良いことはないぞ」と、らしくもなく助け舟を出した。
なんとなくだけど、鼠ヶ関は犯人じゃない気がした。
なんとなくの理由はなんとなくだ。友情とか仲間意識とか、なんかそれっぽい青春な雰囲気とでも勝手に言っておけば刺さりそうな、それくらい適当でいい加減な判断だった。
……自分で言っといてなんだけど、いかにも序盤の町で道を塞いでるNPCが言いそうな台詞だ。
ストーリー進めるといつの間にかいなくなってるタイプ。
何も情報を得てない僕はまだ動くわけにはいかない。なんのフラグも立っちゃいないのだ。
未だ回答の無い鼠ヶ関を無視してもう一度中へ入ろうとしたところで、無言で僕の腕を掴んできた。
せめて予備動作で音を出すとかしてくれ。
危うく変な声を上げるところだったじゃねえか。
「ぱずるさんは怖くないのですか?」
不安混じりの声音で鼠ヶ関は言った。
お前以上に怖いものは無えよ。
と、喉まで出かかって必死で飲み込んだ。鼠ヶ関的には恐らくシリアスなんだろう。顔が真剣だ。
……いや、こればかりは僕が真剣になれてないだけか。ふざけていい場所じゃないことくらい、考える前から分かりそうなものなのに。
「人が殺されてるのに怖くないのですか?」
「怖い怖くないで言えば……怖くないな」
枕の上を這いずるカメムシでも見つけたような目で見られた。
強がりでもなく事実を言っただけなのに、なんて厳しい目だ。
「僕は無神論者だし、幽霊も黒魔術も無いと思ってるからな」
部室に入るのを諦めて対話に応じる気になったと理解した鼠ヶ関は、ようやく僕の腕を離した。
「大体、部長の亡霊なんて出てきたところで何も怖くないだろ。万が一にも後輩を呪ったりはしないだろうし」
「……殺人犯がいるかもしれないのに、悠長なことを仰るのですね」
「その台詞はやめとけ。続く言葉がフラグになるから」
「フラグ?」
鼠ヶ関は首を傾げた。
どうも通じなかったらしい。まあ、自らのこのこ現場に顔出しといて「部屋に戻らせてもらう」なんて言うはずもないか。
「殺人犯がいるからこそ、僕は何とかしたいのさ」
「何とかするのは大人の役目ではありませんか。それともぱずるさんには何か、大人には真似できない秘策がおありですの?」
「そんなものは無い」
鼠ヶ関は何も言わず、じとーっとした半目で返された。
目は口程に物を言う。
「漫画やアニメじゃないんだ、ただの中学生にそんなすげー能力なんて無えよ。そりゃ中にはいるかもしんないけど、お前の知ってる通り、僕はただの凡人――」
「わたくしはお前ではありませんわ」
こんな場所でも鼠ヶ関はそんなことを言う。
「……悪かったよ、
「下の名前で呼ばれただけで気をよくするほど安い女でもありません」
僕の思惑はバレバレだった。
「何とかとは、具体的に何をなさるおつもりなんですか?」
真っ直ぐにこちらを見据えてくる鼠ヶ関は、普段よりも強固な意志を持っていた。
真面目さに頑迷さまで加わったときの面倒さを僕はよく知っている。地頭がいい奴となれば尚の事。
「よもや鮫先輩の敵討ちなんてお考えではありませんよね? 明治には敵討禁止令が既に公布されてますわよ」
「敵討なんてそんな面倒で危険なこと、僕がするように見えるのかよ」
「男子三日会わざれば刮目して見よと言いますもの。わたくしが知らないぱずるさんに成長していても不思議ではありませんわ」
「たった三日でそんなに成長するんだったら是非とも身長が伸びて欲しいね」
「何が目的なんですの?」
「さっき言った通りだよ」
「いいえ、ぱずるさんは何も仰ってませんわ」
鼠ヶ関ははっきりと続けた。
「わたくし、相手の会話を聞き流すような無礼はいたしませんわ」
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